6章 15.女の戦い

 マリスは勇者選別予選トーナメントの1回戦を突破し、その後も順当にトーナメントを勝ち上がっていった。


 そんな中第2トーナメントでは、今まさにアマネが戦闘を開始しようとしている。




「アマネ―、あんたたまたまマリスと同じ隊になれたからって調子乗んないでよ?」




 第2トーナメント2回戦第3試合でアマネの対戦相手となったメイダは、明らかに苛立ちの籠った目線で睨みつけてくる。




「別に乗ってないよ」




「はっ、どうだか。あんたが魔獣バカでそういうのに興味ないのは知ってるけど、抜け駆けとかしたら許さないから」




「抜け駆け?何の話をしてるの?」




 メイダは明らかに喧嘩腰であるが、その当の本人であるアマネはあまりピンと来ていない様子だ。その態度がますますメイダの怒りを逆なでしていく。




「あーもう!あんたのそういう態度がムカつくって言ってんのよ!」




「そんなこと言ったって分からないものは分からないんだから仕方ないでしょ!」




「お、おい君達、そろそろ試合を始めたいんだが……」




 2人の口論は徐々にヒートアップしていく。審判も早く試合を開始させたいのだが、メイダとアマネの態度に委縮し強く出れずにいた。




「……いいわ、ならこの戦いで白黒つけましょうよ。勝った方がマリスと同じ隊になれる!これでどう?」




「いいわよ!その勝負受けて立つわ!」




 メイダとアマネの喧嘩は行くところまで行き、最終的に勇者選別とは全く無関係の賭けが決まっていた。




「おいおい、隊長の同意もなく勝手に隊を変えれるわけないだろ……」




 そんな2人の様子に、審判は呆れて溜息しか出ない。


 部隊の変更は隊長の同意が無ければ不可能なのだが、今の2人にはそんなこと頭の中からすっぽ抜けていた。




「よし決まりね!ああ、これでようやく毎日マリスと一緒に居られるわぁ~」




「ちょっと!まだ勝ったわけでもないのに勝手なこと言わないでよね!」




「ふん、どうせ私が勝つんだからいいでしょ別に。何してるの審判!さっさと試合始めなさいよ!」




「はいはい……、それじゃあ2回戦試合始め!」




 2人のせいで試合が始められなかったというのに、その当の本人に早く始めろと言われ、審判は若干イライラしながら気だるげに試合開始のコールをする。


 こうしてアマネとメイダの戦闘は開始したのだった。その目的は勇者選別ではなくマリスを奪い合う女の戦いである。




「それっ!」




 アマネは審判の合図と同時に長柄槍を突き出し速攻を仕掛ける。




「ふん、そんな攻撃読めてるのよ!」




 しかしそう来ることを予測していたメイダは素早く体を沈めて槍の下に沈み込むと、そのままの姿勢で腰に手を回しながら駆け出す。


 地を這うようなその体勢は、まるでトカゲのようであった。




「うわー、メイダその構えトカゲみたいだよ」




「うっさいわね!そんなこといちいち言わなくていいのよ!」




 アマネの余計な一言にメイダの怒りはさらに増す。彼女は遂にアマネの懐まで接近すると、腰から2本の短剣を引き抜いた。


 メイダは短剣二刀流の使い手で、柔軟さと素早さから繰り出される連撃は芸術の域に達しているのだ。




「むっ、速い……」




「槍なんてこうして接近されれば何もできないのよ!この勝負私がもらっ、わぶっ!」




 水色に発光する2本の短剣を振るい勝利を確信したメイダだったが、横から不意に強い衝撃が顔を襲い地面に転がる。


 何が起きたか分からないままどうにか体勢を立て直しアマネに視線を合わせた彼女は、先頬受けた攻撃の正体を悟り目を疑った。




「ふぅ、今のは結構危なかったかな。メイダの戦法忘れてたよ」




 アマネは一息つきながら額に流れる汗をぬぐう。そんな彼女の右足は、振りぬかれたかのような体勢で止まっていた。


 そう、アマネはメイダの攻撃を退ける為に足で顔面を蹴り飛ばしたのだ。




「あ、あんた、何よそれ……?」




「ん?何って、ただの蹴りでしょ。そんなに驚かなくても――」




「はぁ!?蹴りってあんた、そんなの騎士のすることじゃないでしょ!いくらあんたとわいえ騎士道精神も忘れちゃったの!?」




「あー、そう言えばそんなものもあったわね……」




 昔から騎士の戦いにおいて、己の持つ武器以外は攻撃には使わないというのが暗黙の了解であった。


 足技を使うのは反則という訳ではないが、それは己の武器と実力を信じなかったということで、騎士達の間では中傷の対象となる。




「まぁ実際戦場に出たら、そんなモノ何の意味もないって分かっちゃったからね。私はもうそういう信条みたいなの辞めたんだ」




「……騎士が聞いて呆れるわね。やっぱりあんた達の隊にマリスは置いておけない。この勝負に勝って私の隊に引き抜くわ!」




 アマネは灯達と共に帝国の魔法使いと戦い、魔人や獣人族達とも何度も共闘してきた。その中で騎士道精神なんて自己満足なモノが、何の役にも立たないということを直感的に学んでいたのだ。


 アマネの考えは多くの騎士の反感を買うだろうが、それでも戦ってきた末に導きだした答えなのだから、もう変わることは無いだろう。




「さぁ、どんどんいくわよ!」




「かかって来なさい。あんたの精神、打ち砕いてやるわ!」




 話は終わりだとばかりにアマネは槍を水平に構え突撃する。そんな彼女にメイダも短剣を逆手に持ち替え迎え撃った。


 2人の刃は中空で衝突し、激しい火花を散らす。


 つばぜり合いで拮抗する中、メイダが先に仕掛けた。




「ふん!」




 メイダは先程蹴られたお返しとばかりに、短剣の1本をアマネのかを目掛け投擲する。


 この動きは流石に予想していなかったらしいアマネは慌てて顔を背けるが、頬には赤いラインが入る。




「よそ見してる暇はないわよ!」




「くっ……!」




 短剣を避ける為一瞬視線を外した隙に、メイダはアマネに急接近していた。もう彼女の短剣は喉元近くまで迫ってきている。そして二度も同じ手は食わないとばかりに蹴りにも警戒は十分。


 これで勝利は確実。そう思った時だった。




「もらっ――」




「ここだ!」




 メイダの短剣が首すれすれまで迫った時、アマネは鎧を起動させ地面を強くけり、空中へ回避したのだ。


 この一撃で仕留めきれることを確信し、更に蹴りを警戒しすぎて足元に意識が集中していたメイダは、当然その動きにはついていけていない。




「えっ、どこ……?」




「こっちだよ!」




 姿を見失い混乱しているメイダに対し、アマネは大声で叫びながら自身の握る槍を投擲した。


 アマネはメイダと違い槍は1本しか装備していない。だからよもや唯一の武器を手放すなんて発想はメイダには無く、またしても回避で出遅れた。




「しまっ、服が!」




 体を捻らせどうにか直撃は避けたが、鎧の隙間から見える服が槍に引っかかってしまい、地面に縫い付けになって身動きを取れなくなった。


 そして、そんな無防備な相手をアマネが見逃すはずがない。




「もらったぁー!」




「ちょ、まって――」




「はあああぁぁぁぁ!」




 狼狽えるメイダなど全く気にすることもなく、アマネは落下速度を上乗せさせた拳を全力で振るう。


 地面に縫い付けられ回避出来なかったメイダは、その強烈な一撃を腹にくらい一瞬で意識を刈り取られた。




「よっし、私の勝ちね!マリス君、あなたは私が守り切ったわよ!」




 アマネは感情が昂っていたのか、自分でもよく分からない勝鬨を上げた。




「し、勝者アマネ!」




 アマネとメイダ、女同士の戦いを制したのはアマネであった。


 こうして彼女は次の戦いへと駒を進める。


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