6章 16.龍を斬る
勇者選別予選トーナメントを順当に勝ち上がっていったマリスは、遂に決勝戦まで上り詰めた。
本戦に出られるのはトーナメント上位2名。この時点でマリスは本戦出場の資格を得ているので、もう戦う理由はあまりない。
強いて言うなら、1位と2位では本戦でのアドバンテージが少し違うくらいのものだろうが、その辺りは詳しく説明されていないので不明である。
「……よし、いくか」
そんな気負う必要のない決勝ではあるが、マリスはこの予選トーナメントで今1番緊張していた。その理由は試合前の約束にある。
「来たな、マリス」
決勝の舞台に上がったマリスの前には、既に対戦相手であるディークが待ち構えていた。
「当然さ、君と剣を交える前に負ける訳にはいかないからね」
「ふん、どうやら剣の腕は衰えてはいないようだな」
マリスにとって勇者選別は重要なことではあるが、同じかそれ以上に同期でライバルであるディークとの対決も重要なものであった。
だからこの決勝戦は、既に予算通過が確定しているただのエキシビジョンマッチとはいえ、一切手を抜くわけにはいかないのだ。
「ディーク、悪いけどこの戦いは勝たせてもらうよ。僕の目標の為にもね」
「目標……?ああ、確か最強の騎士を目指してるんだったな。だがそう簡単にいくと思うなよ。俺はここでお前に勝つ!」
マリスとディークの訓練士時代の戦歴は、僅かな差でマリスが勝ち越している。
騎士になってからはほとんど顔を合わせることもなくなり、そのことをディークは根に持っていたのだ。
だからこそこの公の舞台で、彼らはどちらが上かを確かめるつもりでいた。
「第4トーナメント決勝、マリス対ディーク……、試合開始!」
「はああぁぁ!」
「うおぉぉぉぉ!」
審判による試合開始のコールと共に、マリスとディークは己の武器を激しくぶつけ合った。
マリスの武器は可変式片手剣。片手で持てば片手剣、両手で持てば両手剣へと変化するマリスだけのオリジナル装備だ。
対するディークは片刃の両手剣、すなわち刀だ。普通の両手剣とは違い技術が必要な扱いの難しい武器であるが、この世界ではもう1つの理由からこの武器の使用者は限りなく少なくなっている。
「どうした、貴様腕が訛ったんじゃないか?」
「まさか、君こそ刀のキレが落ちてる気がするけど?」
「バカを言うな。俺の刀は貴様を斬るためだけに研ぎ澄ませてきたんだ!」
「はは、それは怖いな。悪人の為に研ぎ澄ませてくれよ」
マリスは片手剣と両手剣を交互に切り替え、変幻自在の剣技で戦う。ディークはそれらの刃を全て捌ききり、隙を縫うように太刀を放つ。
だがそうした攻防も会話をしながらであり、そのことからまだお互い余裕があることが伺える。
「最強を目指すなら俺ごときでつまづいている暇はないぞ!」
「っ、分かっているさ!」
ディークの挑発を受けたマリスは、それに乗る形でこの均衡を破るために動く。
鎧に魔力を注ぎ高速で距離をとったマリスは、左右に素早く動き回りディークを翻弄させると、両手で剣を強く握る。
その瞬間、マリスの剣が強い輝きを放ち出した。
「両手剣起動!『長刃斬撃』」
マリスは両手剣の必殺技を起動させたと同時に、横薙に斬りかかる。
数倍に伸びた切っ先は長距離からディークを狙う。
「むっ、ついに必殺技を使ったか……!」
ディークは迫り来る長剣を刀で受けるが、必殺技の起動により強化されたマリスの魔剣には対抗できず大きく吹き飛ばされる。
「よし、このまま押し切る!」
土煙を上げて地に倒れるディーク目掛け、マリスはトドメを指すベく追撃する。
まだ必殺技の効果が残っている長剣を上段に構え、天高くから強烈な一撃を放った。
「……刀起動!『龍推線』」
『ギアァァァ!』
しかし、マリスの一撃はディークが放った必殺技によって防がれてしまった。
土煙をかき消すように現れたのは、透き通る水のように美しい蒼龍だ。
龍はマリスの長剣に食らいつき砕き割ると、その勢いのままマリスを襲う。
「ぐっ、もう使ってきたか……、シールド起動!」
マリスは迫り来る蒼龍を盾で防ごうとするが、あまりの衝撃に少しも踏ん張ることが出来ず、大きく吹き飛ばされた。
地面を転がったマリスは舞台のふちギリギリでどうにかとどまる。だが体に受けた衝撃から、なかなか立ち上がることが出来ずにいた。
「いいザマだなマリス」
「うっ、龍推線、いつの間に使いこなせて……」
「ふん、俺だって別に遊んでいた訳じゃないのさ」
太刀専用の必殺技龍推線は、斬る動作に合わせて魔力を龍に変化させて放つ放出系の技だ。
その威力は騎士の持つ武器の中ではダントツであり、防ぐことは困難である。
しかし、それだけ強力であるからこそ、龍推線には大きなデメリットがあるのだ。
それはコントロールのしにくさ。龍推線は威力を極限まで高めたが故に力の暴走が起きやすく、熟練の騎士でも狙った所に命中させることは出来ない。
味方への誤爆も多く、それ故に使い手は騎士の中でも片手で数える程しかいなく、その内の1人がディークということである。
「マリス、貴様を倒すため剣技を極めた俺は更に上の必殺技を放つことが出来る。見よ!これが今の俺の最高の剣技だ!」
ディークはそう宣言すると、刀を耳の横に立てた八相の構えのまま魔力を注ぐ。
その挙動に危機感を覚えたマリスは、軋む体にムチを打ちどうにかなるさ立ち上がり片手で剣を構えた。
「いくぞ、刀起動!『龍推線弐の太刀』」
ディークはそう高らかに宣言すると同時に、刀を十字に2度振るう。
その瞬間刀で斬った箇所から魔力が迸り、2頭の龍がその姿を現したのだ。
『『ギアァァァ!』』
2頭の蒼龍はマリスを見定めると、ぐるぐるととぐろを巻きながら急速で接近した。
これをまともに受ければマリスの敗北はま逃れないどころか、死すらも有り得る。
しかし、そんな中でマリスの精神は静かな水面の様におだやかであり、口元は薄く微笑んでいた。
「……僕は、負ける訳にはいかないんだ。片手剣起動!『鋭刃斬撃』」
迫り来る2頭の蒼龍に対し、マリスは片手剣の必殺技を起動させ大きく飛び上がった。
鎧の効果で加速した跳躍で一気に龍との距離を詰めると、その勢いのまま体をひねらせながら巨大な口に突っ込む。
「……!」
辺りには一瞬の静寂が訪れ、ディークはゴクリと音を立てるように息を飲んだ。
その次の瞬間、龍の首が綺麗なラインを描いて見事に輪切りされた。
その中からはマリスが姿を現し、もう1頭の龍に狙いを定める。
「ちぃっ!やれ、蒼龍!」
『ギアァァァ!』
ディークは咄嗟に龍に指示を出し操るが、残念ながらマリスの剣速はそれを上回っていた。
「はああぁぁぁ!」
マリスは渾身の一撃をもって龍の脳天めがけ剣を振るい、それは豆腐でも斬るかのようにすっと龍の頭に入っていく。
そしてそのままマリスが地面に着地した時、蒼龍は縦に真っ二つに割れて、遅れて地に落ちてきた。
「ふぅ、危なかったな今のは」
マリスは大きく息を吐くと、肩を上下に揺らしながらディークに視線を合わせる。
「まさか、あれを斬るのか……!」
ディークはマリスの龍を斬る姿には、さすがに驚かされていた。
あれを斬れる人間など自分の隊にも敵にもいない。撃てば確実に勝利を導いてくれる正に必殺技だと言うのに、それを目の前でやられたのだから仕方の無いことだろう。
「さぁ、まだまだいくぞディーク!」
「……ふん、上等だ!」
マリスの剣技に一瞬気圧されたディークだったが、しかし当の相手の表情にそんな気持ちも緩んでしまった。
なぜなら、マリスはこの戦いをめいいっぱい楽しんでいる様に笑っていたのだから。
その表情に気を抜かれたディークだったが、おかげで肩の力が抜けた彼は戦いを継続させる。
こうしてマリスとディークによる決勝は思いもよらぬ壮絶なものなった。
最終的に僅差で勝利を手にしたのはマリスであったが、試合が終わった後には同じ第4トーナメントの対戦者だった者達から暖かい拍手が送られたのだった。
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