6章 13. 俺達は彼女に救われた
灯の身に異変を感じたリツは帝国上空へとやってきた。
だが帝国本土は広大であり、灯がどこにいるかなど彼女には知る由もない。
それでもリツからは、不思議と焦る様子は感じられなかった。なぜならリツは、時間を司る竜だからである。
「お前達、帝国本土をくまなく探し灯を見つけるのです」
「ギラァァァ!」
「バルルッ!」
リツはお供に連れてきた数匹のドラゴン達に指示を出し、帝国を端から虱潰しに探していく。
いくらドラゴンとはいえそんな探し方をしていれば何日かかるか分からなそうなものであるが、リツは時間を操作することでドラゴン達の動きを何十倍も速くしている。
この能力があれば例え雷が落ちてこようと止まって見えてしまう、まさに最強の名に相応しい力なのだ。
「ギラアァー!」
そうして灯を探し続けること数秒、北の地区を任せていたドラゴンが早速目的の人物を発見した。
リツは漆黒の翼をはためかせ、灯を発見したという場所へと急行する。
「魔道具を全て揃えず限界を超えるとは、本当に恐れ入りました……」
灯の居る場所へ、文字通り光の速さでやってきたリツの第一声がそれだった。
その言葉は下にいる者達には誰1人として聞こえていなかったが、仮に聞こえていたとしてもその意味を理解出来る者は居なかっただろう。
それを知っているのは、最後の魔道具を持つリツだけである。
「な、何でこのタイミングで伝説の竜が現れるんすか……!」
フリーは自分以外誰も立っていないその場で勝利に身を震わせていた。
だというのに、今は上空に伝説の竜が現れたことにより、別の意味で震えている。
「くそっ、せめて無防備なゼクシリア王子とメルフィナ王女だけでも仕留めてやるっす……!」
フリー体の芯から恐怖で震えていたが、どうにか堪え2人目掛け両手を突き出す。
「くらえ、グラビティアロー!」
フリーがそう呪文を唱えた瞬間、彼の手から無数の真っ黒な矢が放たれた。
重力魔法に
よって軽量化されたその矢は、王子達目掛け一直線で襲い掛かる。
しかし、フリーの放った矢は2人に届くことは無かった。
「……!」
矢はあと少しで王子達に命中するという所で、突然空中でピタリと動きを止めたのだ。
しかも止まったのは矢だけでは無い。この場にいる全てが、動きを停止させられたのだ。
そのことにフリーは思わず声を上げて驚きそうになったが、そこで自分の喉すらも動きを封じられていることに気づく。
「おやめなさい人間。その者達を傷付けることは許しませんよ」
そんなとてつもない現象を起こした張本人であるリツは、極めて冷徹な声と共にフリーを睨みつけながら、ゆっくりと地に降り立った。
「これだけの者達が揃っていながら負けるとは、帝国もなかなか侮れないものですね。お前達!彼らを連れて撤退しますよ!」
「ギラアァー!」
「バルルッ!」
リツは地に伏せる灯や魔人達を見つめながらそう呟くと、上空で待機していたお供達にそう指示を出す。
この状況なら伝説の竜である彼女にかかれば、一瞬で争いにカタがつくだろう。
だが、現状リツにはそこまでする義理はない。
今は旧友である魔人や、竜王の生まれ変わりのような存在である灯を助ける以外、彼女に目的はないのだ。
リツはお供達が灯や魔人、魔獣達、更には一緒にいたと思わしき王子達を回収したのを確認すると、最後に再び天高くへと羽ばたき始める。
「さようなら」
最後にリツはそう言い残すと、能力を解除して自身の故郷である竜の島へと飛び去ったのであった。
リツの姿が見えなくなった辺りで彼女の能力は解除され、フリーは体の自由を取り戻す。
「逃げられたっすか……」
フリーは自分で放った矢が空を切る音を聞きながら、ぽつりとそう呟くことしか出来なかった。
――
微かに聞こえる周囲の喧騒を耳にし、俺は思い瞼をゆっくりと開けた。
その勢いのまま寝そべっていた体も起き上がらせようとするが、残念ながらそれは叶わない。
俺の体はなぜか鉛のように重くなっており、手を動かすのもしんどかったのだ。
「こ、こは……?」
声を出してみて気づいたが、喉も力が入りにくい上にがカラカラでかなり掠れていた。
まだ寝起きだからか前後の記憶がはっきりとしないのだが、一体何があったのか。
「っ!灯様、目を覚ましたんですね」
「その、声、メル……、ナ、王女?」
「はい、そうですよ。とりあえずほら、このお水を飲んでくださいな。落ち着きますから」
メルフィナ王女はそう優しい声を掛けながら、細くて柔らかい手で俺のからだを支えて起こしてくれた。
そして横に置かれていた水差しからコップに水を注ぐと口元へ運んでくれる。
俺は彼女になされるがまま、水を一気に飲み干した。
「ふぅ、ありがとうメルフィナ王女」
喉も潤いそのおかげで重みも少し取れたからか、声はしっかりと出るようになった。
ただそれでも、まだ長文を話すのは苦しいが。
と、そこで意識があるだいぶ鮮明になってきた俺は、ようやく何が起こっていたか思い出してきた。
「そうだ、俺達帝国の奴らと戦ってて、それで毒に侵されて……!」
少しずつ記憶を辿っていって、俺はあの場にいるほとんどの仲間が毒の波を直撃してそれに侵されていたことを思い出した。
それに気づいた途端、俺は皆の安否が気になって居てもたってもいられなくなり、立ち上がろうとする。
だが俺の気持ちに反し体はだるく言うことを聞いてくれない。
「灯様!まだ動いてはいけません!」
俺は足元がふらついて倒れかけたが、そばにいたメルフィナ王女に支えられてどうにか踏みとどまった。
「申し訳ない……。それより皆の無事を確かめないと!」
「大丈夫ですから。皆様シンリー様の解毒術によって今は元気にしておられます」
「……そうか。良かった、皆無事で」
大慌てで皆を探しに行こうとしたが、そんな俺を制するようにメルフィナ王女は簡潔に現状を説明してくれた。
その話を聞いて、皆の無事を知った俺は落ち着きを取り戻す。
「一番酷かったのは灯様なんですから、大人しくしていて下さい」
「はは……、なんだ、俺が最後だったのか」
メルフィナ王女は俺を悟るように叱りつけ、寝床に戻そうと促す。
目が見えないせいかボディタッチが多く、健気に献身している様子がとても微笑ましい。
しかし、それにしても俺が1番最後だったとは、なんとも情けない限りだ。
いくらクウ達の力を借りて強くなれたとはいえ、所詮はただの高校生の延長に過ぎないということか。
「そういや、ここどこなんだ?」
なんだかんだありつつも冷静さを取り戻した俺は、そこでようやく周囲の景色に目をやる余裕が出来た。
天井はゴツゴツとした岩肌が剥き出しになっており、俺の寝ていた場所も簡易な布が敷かれているだけでその下は地面だ。
見た限りだと、どこかの洞窟っぽい雰囲気である。
「ここは、竜の島という所らしいです」
「は、竜の島……?」
てっきりどこかの洞窟へ避難したかと思っていた俺は、メルフィナ王女の口から出た意外な言葉に理解が追いつかなかった。
だってもし彼女の言う竜の島が俺の想像している場所と同じなら、ここはナーシサス諸島ということになるのだから。
「ちょっと待って、じゃあまさか――」
「灯、目が覚めたようですね」
俺が言い終わるよりも早く、聞きたかったことは向こうからやって来きた。
俺の眠っていた洞窟に首だけ入って覗いてきたのは、漆黒の鱗を纏う伝説の竜、タイムドラゴンのリツである。
その瞬間俺は直感で理解した。
あの時気を失う前に天高くで見えた影はリツのものだったということ。そして、俺達は彼女に救われたのだということを。
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