6章 12. 思いを寄せる獣人族の乙女達

 灯は自身のうちから湧き上がる力になされるがまま、全力の一撃をエミヨンにぶつける。


 その結果どうにかエミヨンを撃退することには成功したが、全力を尽くしたせいで意識を失うこととなった。




 そんな彼の決死の一撃より、数刻前のナーシサス諸島では――




「ふ、船だ!帝国の船隊が攻めてきたぞ!」




 ナーシサス諸島沖に突如現れた帝国の船隊を目撃した見張りの獣人族は、顔を青ざめ息を切らして大慌てで会議室の扉を開いた。




「帝国の魔法使い共、いつか来ることは分かっていたがもう来たのか……」




「よし、予定通り人質を用意するのじゃ!」




 しかし突然やってした帝国の船隊に対し、族長であるジェイとガロンはかつてディボーンが襲ってきた時とは比べものにならないほど冷静に対応していた。




 それは先の戦いによって、多くの帝国兵を捕虜に出来たことも要因ではあるが、それ以上に今も尚帝国本土で必死に自分達の仲間を救出するため情報収集をしてくれている仲間達がいることが大きい。


 今も仲間達が命懸けで戦っいるというのに、最も当事者である自分達が怯えている暇などないのだ。




「行くぞお前達!俺についてこい!」




「「「おぉー!」」」




 兎人族の族長であるジェイを先頭に、ナーシサス諸島に住む獣人族の戦闘員は武器を片手に舟を目撃したという浜辺へ集結する。


 だがそこで彼らが目にしたのは、全く想定外のものであった。




「ボアァァ!」




「おーい!」




「皆―、帰ってきたぞー!」




 なんと、帝国の船隊に乗っていたのは同胞である獣人族であり、その船隊を引いていたのは灯の仲間の魔獣であるイナリだったのだ。


 海の王者シルバー・シーゲイツが船を引いているというのも驚いたが、それよりも驚愕したのは帝国に囚われていた同胞が帰ってきたことである。




「お、お前達、一体どうして……!?」




「へへっ、魔人様が奴隷だった俺達を救い出してくれたんだ!」




 突然の仲間の帰還に驚きを隠せないでいるジェイをよそに、岸辺に着港した船隊から続々と獣人族は下船しだす。


 つい先程まで帝国の魔法使い達と1戦混じえる覚悟をしていたせいか、状況を飲み込めずにいる彼らに1人の獣人族が手紙を手渡す。




「これは?」




「俺達を助けてくれた魔人様と一緒にいた人間が渡してきたんだ。これを族長に渡してくれってな」




「まさか灯殿からの手紙か!?」




「さ、さぁ?そういやバタついててそいつの名前までは聞いてなかったな。なんで魔人様と一緒にいたんだ?」




 ジェイが手紙を手渡してきた獣人族の男性の肩を強く掴み、それを渡すよう頼んだ人物について詳しく聞こうと詰め寄るが、彼は詳しくは知らなかったらしい。


 しかし帝国でそう都合良く知り合いが増えるとも思えないし、ましてや我々に手紙を送る人間に心当たりなどないので、十中八九灯だろう。




 彼はそう当たりをつけた時、後ろで話を聞いていた娘のラビアが突然真横に飛び出してきて、ジェイから手紙を奪い取ってしまった。




「それ灯様からの手紙でしょ!?かしてお父様!」




「お、おいラビア!」




 ジェイは突然手紙を奪われたことに憤慨するも、ラビアは手紙を手に取ると既に数十メートルも遠くへ逃げていた。




「全くあいつは……」




 娘に手紙を奪われたことに溜息をつくジェイではあったが、彼も娘の灯に対する気持ちは理解していたので、強く問い詰めるようなことはしなかった。


 そしてそんな彼女の後を、彼女の妹であるネイアと犬人族ガロンの孫であるアイラが追う。


 彼女らもまた、灯に思いを寄せる獣人族の乙女達である。




「お姉様、早く手紙を!」




「読んでくださいラビア様!」




「分かってるわ、もうちょっと待って……、よし!」




 ラビアは2人の少女に急かされながら手紙の包みを開けると、その内容を口に出しながら読み始める。




 ―――――――――――――――――――――――


 ナーシサス諸島で暮らす同胞達へ




 この手紙が届いた頃、そこには数千人の獣人が一緒に到着したことだろう。彼らは俺達が帝国で調査をしている際保護した者達だ。


 人数が多過ぎて帝国内で匿うのは難しいと判断した為、イナリを力を頼り先駆けてそちらへ送ることにした。長旅による疲労や空腹で苦しんでいる者もいる可能性があるので、その対応はそちらに任せる。


 こちらも順調に獣人族達の状況を掴んできているので、引き続き調査を続ける所存だ。


 もう少しの間待っていてほしい。




 追伸:長旅でイナリも疲れてるだろうから、あいつの世話もよろしく頼む。




 竜胆灯


 ―――――――――――――――――――――――




 手紙に書かれている内容を読み終えた頃、3人の目には大粒の涙が溜まっており、ボロボロととめどなく流れてきた。




「あ、灯様……!」




「私達なんかのために、ここまでしてくれるなんて……」




「ありがとう灯様……!」




 だが、それも仕方ないだろう。


 知り合ってまだ1年も経っていない人間である灯が、獣人族がどれほど策を練ろうと奪還出来なかった同胞をこうも早くに救出してみせたのだから。


 彼女達の心は今、感謝、嬉しさ、尊さ、そういった感情で溢れていたのだから。




「さぁ、急いでこの内容を父様達に知らせなくちゃ!」




「うん、それにここまで皆を運んできてくれたイナリ様にもたくさんご飯あげないとだしね!」




「早く行こ!」




 しばらくの間涙を流し続けた彼女達は、ようやく気持ちが落ち着くと駆け足でジェイの元へ手紙を届け、その足で浜辺にいるであろうイナリの元へ走る。




 だがすでにそこには、イナリはもう居なかった。


























 ――


























 灯の指示通り救出した獣人族達をナーシサス諸島へ送り届けたイナリだったが、彼は心の内に妙な胸騒ぎを覚え到着したその足で諸島の果てへと泳ぎだす。


 その目的地は、伝説の竜リツが住む竜の島だ。




 最高速度で泳ぎ10分もしないうちに竜の島へ辿り着いた。


 灯を送っていた時は30分以上はかかっていたが、その時は灯達を乗せていた為体の上部が海から出ていたこともあり、本来のおよぎが出来ていなかったのだ。


 何も背負うことも引くことも無く自由に泳げるようになったイナリなら、この程度の距離は散歩も同然なのである。




「ボアアァァ!」




 島の岸に顔を出したイナリは大声で吠えてリツを呼び出す。


 程なくして、全長30m以上はある全身黒光りする鱗を纏ったリツが姿を現した。




「おや、あなたは確か灯の仲間でしたね。彼は今帝国へ向かっていると聞いてましたが、どうしたのですか?」




 モンスターピアスが無くとも人の言葉を扱えるリツは、単身竜の島に現れたイナリに対し小首を傾げながら尋ねる。




「ボアァ!ボアッ!」




 不思議そうな顔をしているリツに、酷く慌てた様子でイナリもは何かを伝えようとした。


 だが、彼自身胸騒ぎの正体が分かっている訳でもなく、なぜリツを頼ってここに来たのか明確な理由は見出さていない。


 ただ本能の赴くまま、己の直感に従いここへやって来たのだ。




「ふむ、その様子からするに灯に何かあったのですか?」




「ボアァ!」




 リツのその言葉に力強くイナリは頷くとそれでようやくリツも彼がここへ来た理由をぼんやりとだが把握してきた。


 だがそれでも詳しい情報がある訳では無いので、自分がどう動けばいいのか分からず考え込んでしまう。




「どうしたものでしょうか……」




 リツは体も大きく存在感が強いので、少し外の世界へ出ただけで人々は騒ぎを起こしてしまうのだ。


 だからそう簡単に自分が出向くわけにも行かないだろうと悩み込んでいる。




 だが、そんな時であった。


 対応に悩んでいるリツの目の前でイナリの体が、突然全身を包むように淡い紫色に発光しだしたのだ。




「ボ、ボアァ!?」




「こ、これは……!」




 その光は当然イナリが発光したものでは無いし、そもそもシルバー・シーゲイツにそのような能力は無い。


 突然のことに困惑するイナリだったが、リツだけはその光に見覚えがある様子だった。そして、自分の胸元にも違和感があることに気づく。




 程なくしてイナリを包んでいた薄紫色の光は収束して消えたが、その光景を目にしたリツは1つの決心をしていた。




「どうやら、さすがにじっとしている訳にはいかないようですね。いいでしょう、今すぐ灯の所へ向かいます!」




「ボアァ!」




 イナリの発光の正体に何か感ずいた様子のリツは、灯の居るであろう帝国へ向かうことを決心する。


 彼女は報告に来てくれたイナリに礼を言うと、数匹の竜をお供に連れて天高く羽ばたき始めたのだった。

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