6章 11. 妙に体がポカポカする

 どうあってもメルフィナ王女だけは傷つけさせる訳にはいかない。


 皇帝は死に、第1王子もすでに死んでいるという事実を聞かされた今、彼女だけは守り切らなきゃいけないんだ。


 それが今ここにいる俺の使命なのだから。




「うがあぁぁぁ!」




 そう思った時、毒に侵され動かなくなっていたはずの体が不意に動いた。


 ちらりと右下に視線を落としてみると、プルムと融合してスライムの触手と化していた右腕が大地を支え、俺を立ち上がらせてくれていたようだ。




「プルム……!」




『!(頑張れ灯!)』




 文字通りプルムに背中を押された俺は、重い体を意地だけで踏ん張りメルフィナ王女と、襲い掛かってくるエミヨンの前に立ち塞がる。




「貴様!まだ動けるとは驚いたな……。だがそれだけだ!」




「ぐふっ!め、メルフィナ王女だけは、やらせない!」




 エミヨンは腰に構えていたナイフを俺の胸目掛け突き出してくる。


 対する俺は血反吐を吐き震える膝を踏ん張って堪え、右拳を力の限り強く握り全力で突き出し迎え撃つ。


 だが今の俺は毒にやられて本来の力の1割も出せていない上に、融合しているのは肉弾戦には不向きなプルム。当然敵のナイフを止められるわけもない。




「くはは!そんな軟弱な腕で何が出来る!?」




「ぐう!くそっ、押される……!」




 俺は全力で拳を突き出し踏ん張ろうとするが、その度にエミヨンのナイフはずぶずぶとスライム状の腕を突き進み距離を詰めてくる。


 このままでは右腕が弾け飛んで、押し切られるのは時間の問題だ。そうなれば俺の背後にいるメルフィナ王女にまで危険が及んでしまう。


 それだけは、それだけはなんとしても阻止しなければ。




「やら、せるかあぁぁ!」




 しかし突然、絶体絶命の窮地の中なぜか右腕を裂くエミヨンのナイフの勢いが徐々に弱まり、更には少しずつ押し返してきたのだった。




「なっ、力が戻っているだと!?」




 この時俺の体は毒に侵され、立っているのも不思議な状態であった。


 しかしそんな極限の状態であるからこそ、俺は本能だけで無意識に魔力操作を行っていたのだ。




 プルムから分け与えられた魔力は地面を踏ん張る両足、そしてナイフを支えている右腕に寸分の狂いもなく、最大限に力を発揮されるように分配され、その結果エミヨンの力を上回ることに成功した。


 この土壇場で俺は魔力操作を完成させたのだ。




「これなら、いける……!うぉらあぁぁぁ!」




 起死回生の力を手に入れた俺は、右腕に全力で力を込める。


 ここで押し切れなきゃ確実に負けだ。




「ぬうぅ、やるではないか。ならば私も本気で挑むとしよう!サーペントファング!」




「ぐおぉ……!」




 ようやく盛り返してきたと思った直後、エミヨンが魔法を唱えた瞬間彼女の突き出すナイフに半透明の紫色をしたヘビの幻影が現れた。


 そして、幻影のヘビがその口を開け鋭い牙をむいた瞬間、彼女の突き出す力が急激に増加する。




 どうやらエミヨンが唱えたのは、肉体強化系の魔法だったようだ。


 ようやく勝ち筋が見えてきたと思ったというのに、まだ隠し持っていた手札を切られ再び劣勢に追い込まれる。


 実質的に魔力操作の上位互換である肉体強化系の魔法相手では、俺の勝ち目はゼロに等しくなった。




「くはははは!貴様もここまでよく耐えたが、この勝負私の勝ちだ!王女諸共ここで死ね!」




「ま、だ、まだ、だ……!」




 エミヨンは勝利を確信したようで、頬を紅潮させ心底楽しそうにナイフに力を込めだす。


 俺は曲がりかけの右腕には左腕も添え、片膝を地につきながらもどうにか耐えている。


 防具も魔力も纏っていないいない左手は気づけば血だらけとなっており、ナイフはもうあと数ミリで俺の服を切り裂き胸に届こうかという距離まで迫っていた。




 そんな状況でも俺は一切諦める素振りを見せず、エミヨンに食らいついている。


 少し前まではただの高校生だった俺がなぜ他人のために命を懸けているのか。その理由は分からないが、でも今ここで諦めたら俺は一生この時のことを後悔する。それだけははっきりと理解していた。




「負け、られないんだ……!」




「ここで諦めるわけには、いかないんだ!」




「絶対に……、勝つ!」




 エミヨンのナイフはとうとう俺の服を裂き、肌に触れ赤い血が垂れ始める。




 それでも諦めず対抗していたその時、周囲から妙に鮮明に魔獣達の、仲間達の声が響いてきた。




「クウー!」、「「「ブオォー!」」」「ギギッ!」、「シャー!」、「ピイィー!」、「コォーン!」、『!』




 俺と一緒に毒に侵され身動きが取れなくなっていたクウ達や、重力魔法によって動きを封じられていたグラス達。


 更にはメルフィナ王女の友達であるマナや融合しているプルムの声まで、この場にいる俺の魔獣達の、仲間達の声が、体の中に透き通るほど清く入ってくる。




「な、何だ、これ……?」




 その瞬間、俺の体の奥底から不思議なほど力が溢れ出て来るのを感じた。


 それがなんなのかは分からないが、今はその強大な力を思う存分使わせてもらう。




「き、貴様何だその姿は!一体何をした!?」




「へへっ、妙に体がポカポカするな。まぁなんでもいいや、今はこの力、思う存分お前にぶつけさせてもらうぜ!」




 エミヨンはさっきまでの余裕そうな表情とは一転して、急に青ざめ目を見開いて俺の体を凝視していた。


 その意味は分からないが、今はこの妙な力が消える前にこいつをぶっ飛ばすことだけ考えていればいい。




「どぉらあぁぁぁ!」




 俺は突然溢れ出た力をただ思い切り、エミヨン目掛け振り抜く。


 彼女もナイフで必死に抵抗していたが、そんなものは一瞬にして砕け散り、その勢いのまま彼女自身も姿が見えなくなるほど遥か後方へ吹き飛ばされていった。




「ば、馬鹿な……、エミヨン様が負けるなんて……!」




「やった、か……」




 エミヨンがやられたことに驚愕するフリーの声を耳にしながら、俺はなすがまま前のめりに倒れ込む。


 もう指の先を動かかすのも困難なほどボロボロになった俺は、意識が朦朧とする中空に黒い十字型のような影が見えるのに気がついた。




























 ――




























 フリーはエミヨンが吹き飛ばされ、木々がなぎ倒されたことによって出来た道を眺めながら1人呆然としていた。


 しかし、すぐにこの場で無事に立っているのは自分1人だということに気づいた彼は、目の前で無防備に佇むメルフィナ王女に目をつける。




「大丈夫、エミヨン様があの程度でやられるはずないっす……。それより今は、このチャンスにメルフィナ王女の息の根を止め――」




「そこまでです人間」




 しかし、フリーが両手をメルフィナ王女に構え魔法を発動させようとした時、天から雷のような怒号が響き渡り動きを封じられた。


 それは、怒号に萎縮して動きを封じられたのでは無く、文字通り体が1歩も動かなくなったということだ。




(な、何で急に。馬鹿でかい声が聞こえたかと思った瞬間、体の自由が効かなくなった……!?)




 突然のことに理解が追いつかないでいるフリーをよそに、その声の主は天から優雅に舞い降りてきた。


 その姿を見た瞬間、フリーは動かない瞼をわなわなと震わせながら驚愕する。




 そう、そこに舞い降りてきたのは、この世界全てにおいて最強の一角である伝説の竜、タイムドラゴンであったのだ。


 漆黒の翼と、鏡のように反射する純黒の鱗が全身を包む、黒一色のドラゴンを前にフリーの思考はもう追いつかなかった。




「魔道具を全て揃えず限界を超えるとは、本当に恐れ入りました……」




 タイムドラゴン、リツは呆然と立ち尽くすメルフィナ王女とその前で倒れ込んでいる灯を庇うように地に降り立つと、呆れ混じりの声音でそう呟く。


 しかし、その表情はどこか嬉しそうに微笑んでいるようであった。


 それの意味を知るものは、残念ながらこの場には誰もいない。


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