6章 10. 赤紫色の津波

 キール、マーク、カローラの3人を撃破した俺達は本命であるエミヨンとフリーの前に並ぶ。


 皇帝陛下を殺し、メルフィナ王女や帝家を馬鹿にしたこいつらだけは絶対に許すことは出来ない。


 奴の顔をみるだけで、俺は心の奥底から怒りが込み上げてくる。




「ふむ、魔人相手なら敵わなくとも仕方ないと思っていたが、よもやそれ以前の話だったとはな。情けない奴らだ」




「まぁまぁ、彼らは皇帝を仕留めた功績があるんですし、それにあいつもアディマンテを倒した男っすよ。大目に見てあげましょうよ」




 エミヨンは自分のために戦って敗れたキール達を労おうとすらしない。


 フリーは一見そんな彼らをフォローしているような言動だが、奴はニヤニヤと人を馬鹿にしているような表情をしている。




「……お前ら、それが仲間の為に命をかけて戦った奴らに言うことなのか?」




「馬鹿を言うな、この帝国においては実力こそが全てなのだ。敗者は愚弄され、勝者は讃えられる。それこそがこの国の絶対の掟だ」




「お前は国のルールを悪用しているだけだろうが。部下や仲間は奴隷じゃないんだぞ」




「知ったことか、私が手下共をどう扱おうが私の勝手だろう。奴らも強者の役に立てて満足さ」




 敵であり皇帝陛下を殺した張本人であるカローラ達だったが、それでも1ヶ月間は指示を仰いだ帝国での師匠でもある。


 そんな彼らの扱いに怒りを覚え苦言を呈したのだが、俺の言葉などエミヨン達には届くはずもなかった。




「今まで色んな人間を見てきたが、お前みたいなクズは久しぶりだな……」




「えぇ、こんな奴に負けられませんわ」




「うん」




 エミヨンの言動には、重力魔法によって自由を奪われていたガンマ、シーラも怒りを露わにしドロシーもそれに賛同する。




「うぉぉー!こんなもの……!」




「魔人であるわたくし達を、こんな魔法で封じられると思わないことですわ……!」




「私も……!」




 ガンマ、シーラ、ドロシーの3人は膨大な魔力を全身から吹き出し始める。これは今まで何度も見てきた魔人化の兆候だ。


 彼らが魔人化したら最後、もう奴らに勝つ可能性など1%も残ってはいない。




「っ!来たっすよエミヨン様!」




「ああ、分かっている。この時を待っていたぞ!ドレインハーム!」




 魔人3人の体はそれぞれ泥、溶岩、海水を身に纏いぶくぶくと増幅していく。


 だが、魔人化まで後1歩というところでエミヨンが何やら魔法を唱えてきた。




「今さら遅い……」




 どんな魔法で妨害しようと手遅れだと告げようとした時、突然魔人3人が微かなうめき声を上げ膝に手を付き四つん這いになりだした。




「うぐっ、ま、魔力が……!」




「どうなって、いるのですか……!?」




「力、抜けてく」




 ついさっきまで2倍ぐらいの大きさに変化していた魔人達は、力なく崩れて気づけば元の大きさに戻っていたのだ。




「何が、どうなってんだ……」




「へへっ、お前達がバカでかくなって強化するのは前回の戦いで学んだっすからね。そこを狙ってたんすよ」




「膨大な魔力を使用するらしいからな。その魔力、私が根こそぎ貰ってやったぞ」




 フリーとエミヨンの声が響いてき彼らの方に目を送ると、いつの間にかエミヨンの体は大量の魔力が溢れていた。




「くそっ、魔力を吸われたって訳かよ!」




「油断しましたわ、そんな魔法があるだなんて」




 魔人化する際、すでに重力魔法も解けていたというのに、彼らは立つのがやっとな程足元がおぼつかない様子だ。


 相当量の魔力を吸わてしまったらしい。




「あれは、エミヨンが唯一使えるオリジナル魔法だ。回数制限があり日に何度も使える魔法ではないが、発動すれば狙った対象が使用しようとしている魔力を根こそぎ奪えるもの。よもやこのタイミングで使ってくるとはな……!」




「そんな魔法を隠し持ってやがったのか!」




 ゼクシリア王子はエミヨンの唱えた魔法を知っていたらしく、苦虫を噛み潰したような表情を見せる。


 確かに今の奴が纏っている魔力は魔人3人分も集まっており、かってないほど強大な力を手にしていた。


 先程までの優勢な状況から一転、たった1つの魔法で劣勢に追い込まれたのだ。




「ちぃ!俺の魔力返しやがれ!」




「待て!不用意に動くと――」




「これで私の勝利だ!リミットデビルポイズン!」




 魔力を取り戻そうと動くガンマを止めようとした瞬間、エミヨンは間を置くことも無く手に入れた魔力を全て注ぎ込み魔法を唱る。


 その瞬間彼女を中心に赤紫色の津波が出現し、それは俺達の所まで一気に流れてきた。


 避ける暇なんて一切なく、俺、ゼクシリア王子、魔人3人、更にはクウ達までもが赤紫色の波の直撃を受けてしまったのだ。




「ごぼっ!な、なんだ、ごれ……」




 赤紫色の波が体を通り過ぎた瞬間、体の奥から何かが噴き上げくるのを感じ耐えきれずにそれを吐き出す。


 するとそれは何とドス黒い血の塊だった。




「お、おそらぐ、エミヨンの得意とする、毒魔法だ……」




「ど、どぐ?」




「ああ、このままだと、まずい……」




 エミヨンの放った毒は一瞬で体に回り、俺は自由を奪われ地に伏す。


 どうにか頭だけでも動かし周りを見渡すと、ドロシー達やクウ達も同様に倒れてしまっていた。


 たった一撃で戦える者は1人も居なくなったのだ。




「ふはは!まさかこれほどの威力とはな、魔人の力、なんて恐ろしいんだ……!」




「あの魔法本来ならその名の通り、受けてから効果が出るまで時間が掛かるんすけど、即効で回るとかどんだけ強化されてるんすか!やっぱ魔人ってバケモンっすね!」




「ああ、しかもその力を一手に率いているのがこいつとはな。想定していたよりも危険かもしれない。もう毒で死ぬのは確定しているだろうが、ここで息の根を止めた方が良さそうだ」




 毒の影響で体は動かないが、辛うじて耳だけは聞こえた。


 このままだと俺は奴らに殺されてしまう。どうにかして解毒して立ち上がらなければ。




「ま、待ちなさい!」




 動かない体を踏ん張り何とかして立ち上がろうとしたその時、1つの影が俺の前に立ち塞がるのが見えた。


 そしてその声、間違いない。


 馬車に乗っている時、俺に優しく魔力操作の指導をして必死に応援していくれていた、メルフィナ王女のものだ。




「お、じょ、下がってくだ……、い。危険です……」




 毒は口にまで影響してきたのか、上手く言葉も回らない。


 それでもどうにかメルフィナ王女だけは安全な場所に非難させようとするが、彼女は1歩も引く気配を見せなかった。




「灯様はこれまで何度も私を助けてくれました。今度は私が力になる番です!」




「コォーン!」




「「「ブオォー!」」」




「シャー!」




 視界もぼやけてきてハッキリとしないが、どうやらメルフィナ王女だけでなく護衛に付けていたマナ、アオガネ、グラス達も駆け付けて来てくれたようだ。




「みん、にげ……」




「邪魔な奴らだな。そうだ、せっかくだから貴様の兄を仕留めたこのナイフで、妹である貴様も同じ目に合わせてやるとするか」




「ど、どういうことですか?兄と、同じ……?」




 先程まで力強く吠えていたメルフィナ王女の声が細く震えだす。


 兄と同じ目、奴の言っていることが本当なら最悪な予感しかしない。




「ああ、そうだ。貴様の兄グラジエラ第1王子はな、数日前このナイフで私が殺したところだ。そしてついさっきは貴様の父が死んだ。今度はお前の番だ王女!」




「う、うそ……、父様だけでなく、グラジエラ兄様まで……?」




「や、やめ、ろ……!」




 メルフィナ王女はさっきまでの気高さは無く、か細い声音で足も震えているのが見える。




 もうやめろ。


 これ以上彼女を傷付けないでくれ。




「くはは!良い表情だメルフィナ王女!そのまま父と兄の後を追うがいいさ!」




 エミヨンは感極まったのか不気味な高笑いと共にナイフを逆手に持ち突撃してくる。


 すかさずマナ達がメルフィナ王女とエミヨンの間に入るが、フリーの重力魔法によって全員自由を奪われた。




「ひっ、い、いや――」




「うがあぁぁぁ!」




 メルフィナ王女が恐怖に潰れそうな声を上げかけた時、何故か俺の体が跳ね上がった。


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