6章 6. 俺達にとって最悪な一手

 突然天から降り注いできた巨岩。それはドロシー達魔人のおかげでどうにか防ぐことが出来たが、その破片までは消し飛ばせなかった。


 砕かれた巨岩は無数の流星となって馬車団を無尽蔵に襲う。


 俺達は一瞬にして壊滅させられたのだ。




「ぐ……、ど、どうにか、生きてるか……」




 体のあちこちが痛みを訴えてくるが、ライチと融合していたお陰もあってか、致命傷ではない。




「クアッ!?(灯大丈夫!?)」




「クウ……、そうか、お前が助けくれたんだな……」




 岩の雨が直撃する寸前で俺はクウを呼び出していた。


 そのおかげでクウがある程度は岩を飛ばしてくれたようだ。




「とにかく、まずは全員の安否を確認しないと……」




 俺は痛む体を抑えながらも、どうにか這い上がる。




「クウッ!(あの人達ならあっちにいるよ!)」




「ん?あ、ほんとだ。よくやったぞクウ」




 メルフィナ王女、へレーナさん、ステラさんの3人はいつの間にか気に寄りかかって気を失っていた。


 馬車は粉々に砕け散っているが、下敷きになる前にクウが助け出したらしい。


 さすが俺の相棒だ。




「ダーリン!大丈夫!?」




「シンリー、こっちは平気だ。王子達は?」




「王子なら無事よ、岩が当たる直前に私達が防御壁を展開したから。ただ、馬と馬車はやられちゃったけど……」




「そうか……。いや、ゼクシリア王子が無事なら問題ない。3人とも岩を砕いてくれてありがとうな」




 ゼクシリア王子は、ちゃんとシンリー達が守ったみたいなので一安心だ。


 ちゃんと護衛としての役目は果たせているのだからな。




「そんなことよりダーリンの傷の手当をしないと……!」




「ああ、悪いが頼むよ。恐らくこれで終わりじゃないだろうからな」




 俺はシンリーに傷の手当をしてもらいながら、周囲に意識を集中する。


 あの岩は強力な一撃だったが、だからこそそんな攻めを一手目で打ってきたのだから、この先二手三手があるのは必然。


 今回の敵はこれまでの奴らとは一味違う、そう俺は直感した。




「グラァァァ!」




「ウオァァァ!」




「フングウゥゥ!」




 そして、俺の予想通り敵は間髪入れずに次の一手を打ってきた。


 しかもそれは、俺達にとって最悪な一手で。




「う、うそ……」




 敵が次に差し向けてきたのは、四方八方を覆い尽くす無数の獣人族であった。


 しかも彼等は全員1人残らず目を血走らせ、口からはダラダラとヨダレを垂らし、手足は血管が今にもはち切れそうなほど浮き出ている。


 彼らはただうめき声を上げるばかりで自我は一切なく、明らかに何者かによって洗脳を受けていた。




「非道な、ここまでするのかよ……!」




 目の前の獣人族達に自我は無い。彼らはただ命令されて動くだけの人形と成り果てていたのだ。


 そのあまりの悲しい光景に、俺の頭は怒りと悲しみに染まる。




「ふざけんなよ……!誰だか知らないが、覚悟しておけよゲス野郎が!」




「ダーリン……」




 あまりの光景に、俺は怒りのまま天に向かって宣言した。


 獣人族の受けた屈辱は、俺が何倍にもして返してやる。そう覚悟を決めたのだ。




「シンリー、こっちはもう大丈夫だ。お前は王子の護衛に戻ってくれ」




「え、で、でも――」




「いいから!俺を心配してくれるのは嬉しいけど、こっちにはクウ達やドロシーもいる。それよりシンリーはガンマの近くに居てやってくれ!」




「っ!そう、それでいいのね……。分かったわ!」




 こんな光景を目にしては、ガンマも冷静ではいられないだろう。


 あいつを抑えるには、シーラだけじゃ荷が重いだろうからな。




「ご主人様、どうする?」




 いつの間にか俺の隣にいたドロシーは、こんな光景を前にしてもいつもの口調で問いかけてきた。




「やることは普段と変わらねぇよ。メルフィナ王女達を護って獣人族は全員拘束だ!」




「分かった」




 例え状況が悪くとも、俺達に取れる手はこれしかないのだ。


 どちらも俺達の戦う相手ではない。俺達が真に戦うべき相手は、裏で獣人族を操り高みの見物をかましている首謀者だけだ。




「まずは獣人族達を拘束する。皆出て来い!」




 俺はモンスターボックスを天に掲げ、仲間達を呼び出した。


 皆はもう何も言わなくとも、やるべきことは分かっていると言わんばかりに一斉に行動を開始する。




 アオガネ、グラス、ホーン、ミルクはメルフィナ王女達を守るように陣を組み、イビルは鎌の峰で、ライチは電撃で獣人族達の意識を刈り取っていく。


 プルムは分裂して情報共有役として移動を開始し、クウはいざという時のために俺の傍で待機だ。


 今までにない窮地の中、俺の仲間達もその成長ぶりを存分に発揮する。




「うぅ……、一体、何が……」




「っ!メルフィナ王女、意識が戻りましたか」




 しばらく獣人族との戦闘を繰り広げていると、背後から微かなメルフィナ王女の声が聞こえてきたので、俺は慌てて傍に寄る。




「何者かの襲撃に合いまして、現在も戦闘は継続している状態です」




 まだ体に力は入らないようだが、それでも意識のハッキリしているメルフィナ王女を見て、俺は簡潔に現状を伝えた。




「そう、ですか……」




「申し訳ございません、自分がいながら王女を危険な目に合わせてしまいました……」




「いえ、灯様方がいてこの状況なら、皆様が居なかったらきっと死んでいたでしょう。ありがとうございます」




 メルフィナ王女はまともに護衛をこなせなかった俺を一切咎めることは無く、優しい言葉をかけてくれた。


 何故こんなにも素晴らしい王女がいると言うのに、この国の貴族や民はろくでもない奴らばかりが蔓延っているのか。




「ありがとう、メルフィナ王女……」




 メルフィナ王女の優しさに、俺はただ感謝を述べることしか出来なかった。




「ふふっ、いつもの敬語より、そっちの方が私は好きですよ」




「ははっ、なら今だけは素直な自分でいようかな」




「えぇ、その方が素敵です」




 一通り伝えるべきことを告げた俺は、メルフィナ王女を抱き上げる。


 獣人族達はメルフィナ王女を中心に囲むように展開しているので、まずはこの輪から抜け出さねばならないのだ。




「コオォーン!」




 と、その時一緒に連れてきていたメルフィナ王女のペットで友達でもあるマナが、モンスターボックスから飛び出してきた。




「お前も一緒に王女を守ってくれるのか?」




「コォン!(えぇ!)」




 マナは俺の質問に力強く頷いた。マナコフォックスが戦闘で何をするのか俺は詳しく知らないが、この様子なら頼りになりそうである。




「よし、ならアオガネはへレーナさんとステラさんを運んでくれ。グラス達は多少手荒でもいいから1箇所に集中して突撃だ。ここから脱出するぞ!」




「シャー!(了解だ!)」




「「「ブオォー!(分かった!)」」」




 俺の指示を聞き、皆即座に行動を開始する。アオガネがへレーナさんとステラさんを背負ったのを確認したグラス達が一斉に駆け出す。


 獣人族の何人かがグラス達に対抗して突っ込んでくるも、あっさりと押し負けみるみるうちに抜け道が完成した。




「突破するぞ!クウ、マナ、周囲の警戒は任せた!」




「クウー!(うん!)」




「コン!(分かったわ!)」




 道が出来たとはいえ安全という訳では無い。だから守りはクウ達に任せ、俺は仲間を信じただ全力で駆け抜ける。


 数度獣人族の攻撃が当たりそうになるが、クウ達は見事に彼らの攻撃を防いでみせた。




「よし、最後だドロシー!獣人族達を泥で足止めしてくれ!」




「任せて」




 獣人族の輪を突破したとはいえ、当然彼らは俺達の後を追ってくる。


 だからその足を止めるために、ドロシーは彼らの足場を粘着性の強い泥沼に変化させた。


 これでしばらくは追ってこれないだろう。




「へっ、相変わらず良いチームワークだ」




 完璧なコンビネーションに俺は思わず笑みが零れる。


 こうして獣人族達の奇襲を突破した俺達は、他のメンバーとの合流を目指すのだった。


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