6章 7. 帝国最高最強の男
灯がメルフィナ王女を守りながら獣人族の囲いを突破している時、ゼクシリア王子陣営は苦戦を強いられていた。
「くそが!誰がこんなことしやがったんだ!?」
「彼らが相手では、まともに攻撃できないですわ……!」
ガンマとシーラは、魔人の中でも攻撃力の高い方ではあるが、足止めや拘束は苦手である。
だから相手が獣人族とあって、2人はまともに手を出せないでいたのだ。
「何してるのよ2人とも!」
「グガァッ!」
「ヌググ……!」
と、2人が手間取っているところに灯の治療を終えたシンリーが駆けつけ、同時に根を張り巡らせることで獣人族達を一斉に足止めする。
この圧倒的な制圧力と攻撃範囲の広さから、一対多の戦闘においてシンリーの右に出る者はいない。
「おぉ!シンリーナイスだ!」
「さすがですわね」
「へへっ、これくらいよゆ、う……」
「「シンリー!」」
獣人族達を拘束したシンリーは、突然体を小刻みに震わせ前のめりに倒れた。
言葉も途中で受身も取らずなすがままに突っ伏するシンリーに、ガンマとシーラは慌てて駆け寄る。
だが、ゼクシリア王子はそれを阻止した。
「待てお前達!」
「な、何でだよ!?」
「獣人族達の魔力がおかしい、この特殊な魔力は北区の領主エミヨンのものに近い!」
「その方の魔力が何なのですか?」
「エミヨンの得意魔法は洗脳と毒だ!それがあの者達から感じるとなると、その狙いは獣人族伝いに俺達を毒に侵すのか狙いだろう……」
エミヨンは獣人族を毒に感染さた上で、洗脳して操り大量の感染源を送り出したのだ。
シンリーの制圧力は絶大だが、それ故に多数の獣人族から同時に毒が感染してしまい、彼女は一瞬にして行動不能となった。
広い範囲攻撃が裏目に出たのである。
「シンリーには申し訳ないが今は彼女にも近づかない方がいい。そこから感染が広まってしまう」
「「……!」」
ゼクシリア王子は唇を噛み締め苦渋の顔で決断した。
ガンマとシーラは反論したかったが、彼の話の方が筋が通っているし言い返す余地はない。
2人は押し黙ることしか出来ないでいた。
「恐らくその毒は、見た限り一時的に行動を阻害する麻痺系のものだ。放っておいても問題はないはず――」
「はーっはっはっはっは!魔人が手も足も出ないとはいい気味だな!」
毒に侵されたと聞いて不安げな表情になるガンマとシーラをゼクシリア王子がフォローしていた時、突然どこからか謎の高笑いが響いてきた。
「っ誰だ!?」
「この声は……!」
謎の声にバカにされたことに怒りを露わにするガンマは、自身が魔人であることがバレているのには一切気がついていなかった。
ゼクシリア王子は声の主に聞き覚えがあるらしく、焦りで額に汗を滲ませる。
「どうだ、私考案の獣人毒人間は?なかなか効いただろう?」
声の主は、街道の影から遂に姿を現した。
その姿は暗い夕焼けのように深い紫色の髪を腰まで垂らし、濃いめの化粧が特徴的なスタイルのいい女性、エミヨン・カデナ・ディアニア本人であった。
「やはり貴様か……、どういうつもりだエミヨン公」
「この状況で理由を問うとは、やはりお前達一族は愚か者しかおらんようだな」
エミヨンはゼクシリア王子を前にしても敬う素振りは一切見せず、帝家を小馬鹿にする。
ただゼクシリア王子は人間が出来ているので、そんな安い挑発に乗ることはなく、戦況をどうにかしようと冷徹な目でエミヨンを睨みつけるのみだ。
「獣人毒人間だと……?この、ふざけるなぁ!」
だが、この場で獣人族と最も親しいガンマだけはエミヨンの言い分に我慢出来ず飛び掛る。
「グラビティロック!」
「ぬぐっ!この魔法は……!」
しかし、ガンマの強襲はどこからか飛んできた重力魔法によって阻まれた。
身に覚えのあるその魔法に、ガンマは思わず驚く。なぜならその魔法の使い手は、ガンマ自身が倒したと思っていたから。
「ふはは!いい気味っすね!」
その男、フリーはガンマが高熱のマグマで倒したはず。その人物が不快な笑い声を上げながらエミヨンの隣に並んだ。
「フリー男爵、貴様はアディマンテ公の仲間ではなかったのか?」
「あー、アディマンテ様には悪いことをしたっすけど、俺は元からエミヨン様側なんすよね」
「アディマンテも皇帝の座を狙っていたからな。利用できるかどうかフリーには調査に向かわせていたのだが、結局あやつは己の力を過信した馬鹿にしか過ぎなかった。私の役にはたたなかったというだけさ」
「そうか……」
フリーとエミヨンの話を聞いたゼクシリア王子は、ただ静かに一言返事をするだけだった。
しかし、その目には明らかな怒りが篭っている。
「くくっ、そんな怖い目で睨むな第2王子。身がすくんでしまうではないか」
「思ってもないことを言うな」
「これは失礼、ではくだらない話はこの辺にしてそろそろ貴様らには死んでもらうとしようか!」
長話は飽きたのかエミヨンは両手に魔力を溜め、とうとう臨戦態勢に入る。
しかし、ゼクシリア王子側の陣営にはまだシーラがいるし、ガンマ重力魔法に縛られてはいるが、魔人化すれば勝機はいくらでもある。
完全に劣勢になっている訳では無い。
「舐めないで下さい。そう簡単にはいきませんわよ」
「ああ、こんな妨害大したことねーんだよ!」
エミヨンの戦闘態勢に合わせ、ガンマとシーラも魔力を増幅させ魔人化の準備を開始する。
だが、そんな2人の行動が読めていたかのように、フリーは重力魔法で2人の人物を手繰り寄せて腕で抑えた。
「動くな!この人質がどうなってもいいんすか!?」
その2人の人質に、先程までは冷静だったゼクシリア王子の顔から血の気が一気に引き、言葉を失う。
「お前達、手を出すな!」
「王子。どうしたのですか?あれは誰なんです!?」
「あれは、私の姉達だ……」
そう、人質に囚われていたのはゼクシリア王子の3つ歳上の双子の姉、セルフィナ・マルキス・ジーナ・エインシェイトとネルフィナ・マルキス・ジーナ・エインシェイトである。
2人はセミロングとポニーテールという違い以外は綺麗な銀髪とメルフィナに少し似た全く同じ顔をしており、体は所々傷で血が垂れていた。
「何で王女方が敵の手に……!」
「姉上達も兄上とおなじく魔法学園に通っていたのだ。今日は久しぶりに会えるとあって楽しみにしていたが、よもやこんな再会をするとは!」
「あっはっはっは!これでお前達はもう手も足も出せないな!大人しく私の毒に呑まれて死ねぇ!」
エミヨンは勝利を確信したかのように、楽しそうに笑い声を上げながら紫の波動を放つ。
触れただけで体の自由を奪われる、エミヨン得意のポイズンウェーブだ。
「ぐっ!しまっ――」
「そこまでだ」
突然姉が人質として現れたことに油断していたゼクシリア王子とシーラ達は、1歩も動くことが出来ず回避は間に合わない。
そんな瞬間、全てを切り裂くような鋭い声と共に灼熱の爆炎がエミヨンやゼクシリア王子達のいた周囲一帯を包み込む。
「ぐあぁっ!」
「くっ!」
その爆炎によって毒は一瞬で蒸発し、フリーとエミヨンも炎を嫌ってか人質であるセルフィナとネルフィナすらも放り捨てて逃げだす。
しかし、それほどの灼熱であるにも関わらず、人質2人やゼクシリア王子達は一切熱さを感じてはいない。
そのことから、この炎魔法の発動者の魔力操作とコントロールの技術の高さが伺える。
「ふはは!随分と好き勝手してくれたな!」
その炎魔法を発動させた人物は、状況に似合わぬ余裕さを醸し出しながら、炎を纏いて現れる。
その人物はこの国一の魔法の使い手で、帝国最高最強の男、皇帝エルドリア・マルキス・ソーガ・エインシェイトだ。
「さて、このわしが来たからには、もう好き勝手はさせぬぞ」
エルドリア皇帝は、余裕の笑みと共に参戦した。
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