5章 27. 魔人の本当の戦い

 ドロシーとシンリーは、足場を粘着性の泥に変化させ地面から根を生やし足に絡ませることで、獣人族の足止めを行った。


 広範囲に渡り拘束が可能なのは、魔人でも彼女達だけである。




「あーもう!多過ぎよ!」




 しかし、そんな彼女達であってもこの膨大な数の獣人族を足止めするためには、全神経を集中させなければならないくらい。


 だからシンリーは、背後から迫り来る者の存在に気づけないでいた。




「くらえ化け物!」




「っ!しま――」




「フリーズロック!」




 油断して背後から襲われたシンリーだが、敵は後1歩という所で氷漬けにされ身動きが取れなくなった。


 間一髪でシンリーは窮地を脱したのである。




「この氷は、まさか……」




「シンリー、大丈夫?」




「やっぱりレナリアだったのね」




 敵を一瞬で氷漬けにしシンリーを助けたのは、彼女と同じ第2班のメンバーであるレナリアである。


 ついさっきまでは突然の戦闘に頭が追いついていなかった彼女だが、仲間のピンチにようやく状況を理解してきていた。




「助かったわ、ありがとう」




 魔人であるシンリーは、不意打ちを受けたとしても致命傷にはならない。


 ただそれでも怪我はするだろうし痛みも感じるので、彼女はレナリアの助けに素直に礼を言った。




「それはいいんだけど、それよりさっき魔獣を連れてなかった……?」




「え!?さ、さぁ、何のことかな〜?」




 先程ドロシーと別れる直前プルムに会っていた所をレナリアは見ていたのだ。


 シンリーは必死に誤魔化そうとするが、スライムを見間違えるはずなど無いし、明らかに動揺するシンリーを見てレナリアは確信する。




「やっぱり、あの魔獣シンリーのだったんだ」




「うーん、まぁそれでいいや……」




 レナリアの反応に煮え切らない態度のシンリーではあったが、真実を伝えるわけにもいかないと判断し、特に訂正することはなかった。


 それに灯がどういう判断でプルムを寄越したのか分からない今、余計なことを言う訳にはいかないという理由もある。




「ダーリン大丈夫かな、何も無いといいけど……」




 シンリーは1人灯のことを心配し、ぽつりと言葉を呟きながらも、獣人族の動きを拘束していくのだった。
























 ――
























 シンリーとドロシーが獣人族を拘束し無力化していく中、ガンマとシーラは屋敷から少し離れた森の中である魔法使い達と対峙していた。




「お前らが獣人族達を操ってんのか?」




「だとしたらどうするんですか?」




「ぶっ潰す!」




 魔法使いの安い挑発に乗ってしまったガンマは、真っ向から突撃する。


 だがそんな分かりやすい動きを対策していない訳もなく、魔法使いは不敵な笑みを浮かべた。




「ふふっ、今ですよ」




「はいっす!グラビティネット!」




 魔法使いの合図で、木の影に潜んでいたもう1人の伏兵がサイドから魔法を放ってくる。


 予想も警戒もせずに飛び出したガンマは避けることも出来ずに、この魔法が直撃してしまった。




「ぐっ、動けねぇ……!」




 ガンマは上から押し付けてくる重力のかかった重いネットのせいで、身動きが取れなくなってしまった。




「へへっ、上手くいったっすねミリアーラの姉御!」




「えぇ、よくやったわフリー。情報じゃこの新人が結構厄介だって聞いていたから、早めに対処しておきたかったのよ」




 この魔法使い達の正体はフリーとミリアーラであった。


 アディマンテに指示され屋敷を出てきた2人は、事前に聞いていた情報から厄介な存在になるであろう新たな魔法師をマークしていたのだ。




「一応魔法阻害もかけておきなさい。油断は出来ないわ」




「了解っす、シールマジック!」




 ガンマのことを警戒しているミリアーラは、フリーに更に妨害魔法をかけた。


 だが、今かけた魔法は一定時間対象の魔法を封じるというものであり、魔法で戦わないガンマには意味の無いものである。


 事前に情報を仕入れていたとはいえ、彼らはガンマの正体までは把握出来ていなかったということだ。




「さて、ではさっさと他の班員も無力化させましょうか」




「そっすね」




 ガンマを封じきったと思っているフリーとミリアーラは、早くも次のターゲットに意識を切り替えていた。


 ガンマが超高温のマグマで地面に穴を開け、脱出を図っているなど知る由もなく。




「ん?なんか、焦げ臭いわね……」




「確かに……、ってああ!あいついなくなってるっす!」




「嘘でしょ!?あれを脱出するだなんて!」




 焦げ臭さに違和感を覚えた2人は周囲を見渡すと、背後に捕らえていたガンマの姿が消えていることに気がついた。


 その場所はドロドロに溶けきっており、残っているのはネットだけである。




「ふぅ、危ねぇ危ねぇ」




「全く、何をしているのですか貴方は……」




 後ろでガンマの間抜けっぷりを眺めていたシーラは、呆れ混じりの声音でやれやれと肩をすくめる。




「ちょっと油断しちまっただけだよ。2度はないさ」




「まぁもう伏兵もいないようですし、大丈夫だと信じていますわ」




「おう、任せとけ!」




 シーラの横に立ち余裕げな会話を繰り広げる2人に、フリーとミリアーラは額から汗が伝う。




「もう1人出てきたっすね……」




「ふん、2人いるなら今度こそまとめて行動不能にするまでよ」




 フリーとミリアーラは、本来の想定では、2対1という数の優位を活かせる状況で戦うつもりだった。


 そんな2人からすれば今の状況は芳しくないものだが、両方とも無力化出来れば一気に優位に立てるとあり、この好機に攻めるつもりでいる。




「ほら、かかってこいよ三下共。相手してやるぜ」




「馬鹿にして……、やるわよフリー!」




「はいっす!」




 こうしてガンマ、シーラとフリー、ミリアーラは衝突する。


 先制で攻めたのはガンマで、右腕から大量の溶岩を噴射させた。




「甘いわ!ブリザード!」




 だがその溶岩はミリアーラが雪と風を操って生み出した吹雪と衝突し掻き消されてしまった。


 いくら溶岩といえど、寒い雪国で吹雪を相手にするには部が悪く、ガンマの攻撃は2人には届かない。




「なんであいつ魔法が使えるんすか!?」




「そんなこと知らないわよ、何か対策でもしてたんでしょ」




 フリーは自分の阻害魔法が効いていないことに慌てふためくが、ミリアーラがそれを冷静に制す。




「私が行きますわ!」




 ガンマの攻撃が通じないと分かるやいなや、すぐさまシーラが前に躍り出て海水を噴射する。


 しかし、強烈な勢いで発射された海水は一直線でミリアーラを狙うが、直前に岩の壁が出現し防がれた。




「ガイアウォール。ふぅ、今のは危なかったわね」




 壁を出現させたのはミリアーラで、彼女は言葉とは裏腹に余裕の笑みを浮かべる。




「今っす!ダウンフォーム!」




「ぬぐっ、体が重くなりやがった……!」




 攻撃を繰り出した隙を突かれ、フリーに身体能力を低下させるデバフを浴びせられたガンマとシーラはその不自由さに苛立つ。




「わたくしの攻撃も通じませんでしたわ……」




「あの女、一体何種類の魔法使えんだよ!」




 本来魔法使いは得意な一種類の属性を伸ばすものだが、ミリアーラは全ての属性を均等に高水準で扱うことが出来る。


 そのポテンシャルの高さにガンマは瞠目してた。




「ふふっ、期待の新星なんて言われてるけどやっぱり新人ね。大したことないわ、このまま押し切るわよ!」




「了解っす!」




 ガンマとシーラの押され気味な様子に勝機を見出したミリアーラとフリーは、このチャンスを逃すまいと更なる追撃を加えようとする。




 だが、彼女達のその判断は誤りであった。


 ガンマとシーラの本領は魔人化してこそ発揮されるのだ。




「な、なんすかこれ……」




「どう、なってるの……」




 さっきまで優勢だったはずのミリアーラとフリーは、突然巨大化したガンマとシーラを前に、無意識に足を震わせていた。




「さて、ここからが本番だ」




「覚悟はいいですわね」




 怯えるミリアーラとフリーを前にして、本気になった魔人2人は悪どい声音で語りかける。


 ここから、魔人の本当の戦いが始まるのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る