5章 26. 憤慨するドロシー
反皇帝派の貴族達はライチ、イビル、そしてゼクシリア王子の活躍によって次々と倒され、残るはパーティーの主催者であるアディマンテとその配下2名のみである。
「アディマンテ公、覚悟は出来ているだろうな」
「ふん、雑魚共を蹴散らしたくらいでデカい顔をするな王子」
「どうやらきついお仕置きが必要な様だな」
俺のことなんか眼中に無いといった様子で、ゼクシリア王子とアディマンテは言い合っていた。
まぁ貴族間のいざこざに巻き込まれるなんざごめんなで、それは別に構わない。
だが、こうもハッキリと存在を無視されるとなんだか悲しくなってくるものがある。
「やれお前達、王子と王女の息の根を止めろ」
「「はっ!」」
アディマンテは話を割くように配下の2人に指示を出す。
ゼクシリア王子が強いのは知っているが、その上でアディマンテにはどこか余裕が見えるので、何か王子を倒すための策があるのだろう。
「ゼクシリア王子、俺達も微力ながら力を貸しますよ」
「ああ、灯らの戦いぶりは横目で見させてもらっていた。実に心強い」
相手がゼクシリア王子の対策を立てて挑んでいるのだとしたら、1対2は危険だ。
すぐにでもアディマンテを倒しに行きたいが、ここは王子と共闘するのが得策である。
「私が先陣を切る!灯は後から続いてくれ!」
「はい!」
「ゼクシリア兄様、灯様、お気をつけて……」
背後のアオガネがとぐろを巻いて防護している中から、微かにメルフィナ王女の声が聞こえた。
俺達とゼクシリア王子は彼女の声援を背に受けながら、アディマンテの配下との戦闘を開始する。
――
灯が魔獣を召喚し暴れ回っている頃、パーティー会場の外でも戦闘が始まっていた。
「食らいなさい!ウッドロック!」
突然襲いかかってきた貴族の護衛達を、シンリーは根を操って捕縛する。
例え不意を突こうとも、彼女達魔人に傷を負わせられる者はこの場には居なかった。
「大丈夫レナリア?」
「え、えぇ、ありがとう……」
シンリーは背後にいる同じ班員のレナリアに声を掛ける。
魔人達には反応出来ようとも、まだ新人魔法師であるレナリアには奇襲に対抗する手段はなく、シンリーに守られる形となっていた。
「おい、こりゃどうなってんだ?」
「どうもこうも、予想通り内乱が起きたということですわよ」
「あなたちゃんと手紙読んでなかったの?」
「うるせーな!俺は字は苦手なんだよ!」
「「はぁ……」」
ガンマの脳筋具合に、シンリーとシーラは思わず素でため息が零れてしまった。
それを見てガンマは更に憤慨する。
「皆ここに居たんだ」
「おう泥、どうしてお前がここに居るんだよ?」
「なんか混乱してきたから自由にしてる」
戦場のど真ん中だというのに口論を繰り広げているガンマ達の元に、ドロシーもやって来た。
屋敷内はどこもかしこも爆発音が鳴り響く戦場と化してしまい、持ち場もくそも無くなってしまったのだ。
「他の班員はどうしたのよ?」
「先生と一緒に消えた」
「それは消えたのではなく、貴方がはぐれたのでしょう?」
「違う」
「あ、貴方達なんでそんなに余裕なのよ……?」
シーラに痛いところを突かれ、ドロシーは頬を膨らませ怒りだす。
そんな彼女らの様子をそばで見ていたレナリアは、普段と変わらない様子に瞠目している。
貴族が裏切ったというのに、平常心でいられるこの4人の精神に混乱しているのだ。
「獣人族だー!」
「奴隷共が攻めてきたぞ!」
「何百、いや何千はいるじゃねぇか……!」
と、魔人4人がくだらない口論を繰り広げている時、外の警護を担当していた魔法師団達からそんな声が響いてきた。
それを聞いた瞬間、ガンマは屋敷の窓を突き破り一目散に飛び出す。
「あ、ちょっと待ちなさいよ!」
「はぁ、ほんとに短気ですわね」
血眼になって駆け出したガンマの後をシンリー、シーラ、ドロシーが追う。
「……はっ!ちょ、置いてかないでよ!」
彼らの慌てぶりに若干放心しながらも、正気を取り戻したレナリアは遅れてついて行く。
1人になりたくないという本能から後を追ったレナリアであったが、期せずして彼女はこの場にいる最強の一行と行動を共にすることになった。
「うわっ、何よこの数……」
「これは、多過ぎますわね」
屋敷の外には、四方八方を囲うように迫り来る無数の獣人族達で溢れかえっていた。
その全員が奴隷の象徴である首輪をかけている。それを目にした瞬間、ガンマは歯が砕けそうな程歯ぎしりし、固く握られた手からは血が流れていた。
「早く助けてやらなきゃ――」
「ちょっと待ちなさい!」
またも単身飛び出そうとするガンマの後頭部をシンリーが木で作ったハンマーで力強く叩く。
突然のことに理解が追いつかなかったガンマだが、数秒すると怒りの形相でシンリーを睨みつける。
「何しやがんだてめぇ!」
「少し落ち着きなさいって言ってるのよ。獣人族が利用されてムカつくのは分かるけど、あんたじゃ彼らを無傷で捕えられないでしょ?そういうのは得意な私とドロシーに任せなさい」
「じ、じゃあ、俺は何をしてりゃあいいんだよ……」
「そんなの簡単でしょ?あんたのその馬鹿力で、あの人達を操ってる貴族共を倒してきなさいよ」
「っ!」
シンリーに己の役割を諭され、ガンマは冷静さを取り戻した。
全身がマグマであるガンマは、頭に血が上りやすいのが弱点だが、シンリーの言葉で彼は自分のすべきことを再確認出来たのだ。
「ふふっ、それじゃあわたくしも主犯を抑えに行きますわね」
「えぇ、お願い2人とも。こっちは私達がどうにかしとくから」
「悪いな森、迷惑かけた」
「ふん、1つ貸しだからね」
「おう!」
己の役割を理解したガンマは、シンリーに礼を言うとシーラと共に獣人族を指揮する主犯を探しに向かう。
シンリーは、そんなガンマの背を見つめやれやれとため息をつきながら、すぐさま自分のすべきことに頭を切り替えた。
「さて、私達はこの獣人族達を止めるわよ。私は北と東の奴らを止めるからあんたは西と南をお願いね」
「それってどっち?」
「あっちよあっち!」
相変わらずドロシーのアホさにシンリーは声を荒らげる。
しかし、そんな彼女達の足元に水色の何かがやってきた。
その正体はなんとプルムである。
「あら、どうしたの?」
「!」
「ご主人様?」
「!」
ドロシーの一言にプルムは力強く頷く。
ドロシー達は魔獣と意思疎通を取ることは出来ないが、長い付き合いのお陰で彼らが何を伝えたいのか何となく分かるようになっていた。
「ならちょうどいいわ。プルム、そのアホを南西に案内してあげて」
「!」
シンリーの言葉にプルプルと頷いたプルムは、体を2つに分裂させるとドロシーとシンリーの肩に飛び乗った。
「むぅ、私はアホじゃない」
「はいはい、それじゃあそっちは任せたわよ!」
アホ呼ばわりかれ憤慨するドロシーを適当にあしらったシンリーは、自分の担当範囲である北東へ向けて駆け出した。
ドロシーは若干不満そうな顔をしつつも、プルムの指示する方向へと駆け出す。
こうして魔人4人は、各々の役目を全うする為に行動を開始したのだった。
「何あれ……、ま、魔獣を従えてるの……?」
しかし、そんなシンリー達の行動をレナリアは、後ろからこっそり覗いていたのだ。
魔獣使いという事実は、パーティー会場内だけでなく、とうとう魔法師団の同期にまで広まってしまったのである。
灯達の秘密は、少しずつではあるが確実に暴かれていたのだった。
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