4章 24. それぞれの思いを乗せた船
溶岩の魔人とライノが戦ってから1日が経過した。結局彼らは夜通し酒場を巡っていたらしく、朝帰りをしたら各々の陣営でこっ酷くお叱りを受けたらしい。
ただその争いのお陰もあってか、お互いトップ同士が認めあったので、他の面々も協力することに関しては文句は1つも出なかった。
そして現在彼らは、騎士団専用の船の上にいる。
「なかなか立派な船じゃねーか」
「おうよ!海へ逃げることも考えて事前に部下達に船で回らせてたんだが、それが功を奏したみたいだぜ」
ライノはこの港町に来る前、己の隊の部下達に船で海路を回って来るように指示を出していたのだ。
黄ラインの男が万が一にも海へ逃げていた場合をそうていしての指示だったのだが、それがナーシサス諸島へ行くための役に立っていた。
現在この船の戦力は、ライノ隊の総員20名。溶岩の魔人と獣人族30名。そしてシンリーとドロシーにクウ達魔獣の灯一行9名。総勢59名の大部隊である。
「お前らも港に着いてそうそうで悪いな」
「いえ、我々は昨日一昨日とゆっくり休ませて頂いたので問題ありません!」
ライノの部下の船は実は一昨日の夜には港に到着しており、今日まで備蓄の補充の間体力回復の為に休ませていたのだ。
「さて、一応おさらいしておくが、現在帝国の連中はあの方とか言う奴を迎えに行くために寄り道をしているってことでいいんだな?」
「えぇ、2週間はかかると言っていたからまだ時間はあるわ」
ライノの問いかけにシンリーが答える。あの方という話はこの場ではシンリー達しか聞いていないので、ライノ達他の面々は彼女の言葉を信じる他希望は無い。
「よーし!あいつらが寄り道している間に先回りして、俺達で迎え撃つぞ!」
「「「おおぉー!」」」
船の所有者だからということで、この1団を一旦指揮することになったライノは力強く全体を鼓舞し、船員もそれに便乗するように雄叫びをあげた。
「出航ー!」
ライノの命令でいよいよ船は出航した。目指すは獣人族の暮らす島々、ナーシサス諸島だ。
「ダーリン、無事でいてね……」
戦力の増強、獣人族と人間の共闘で妙に周りのテンションが高まっている中、シンリーは船の進路を見つめながらポツリとそう呟いた。
家族を守るため戦う者、悪人を追って戦う者、愛する人を信じて戦う者、それぞれの思いを乗せた船は戦いの地へ海を進む。
――
ライノ隊の船が出航してから1週間が経過した。船の航海は順調で、魔獣に襲われることもなく、嵐に会うことも無く最大速度でナーシサス諸島を目指す。
「うぅ……、気持ち悪い〜」
「大丈夫、シンリーちゃん?」
「ダメ〜、もう降ろして〜」
「もう少しで着くから頑張って!」
航海は順調だが、船員に無事でないものが何名か出ていた。そのうちの1人が彼女、シンリーである。シンリーは三半規管が弱かったらしく、船酔いで1週間地獄を味わっていた。
他のメンバーも何人か船酔いで苦しんでいる者はいるが、シンリーが1番重症である。彼女は食事もまともに喉を通らず、1時間に1回は船のへりに寄りかかって海にゲロを吐いている。
ただ幸いと言うべきか、彼女は魔人であるので食事を取らずとも数年は生きていける体質である。だからここ数日は水分補給だけで凌いでいたのだ。
「もう嫌〜、私を殺してぇ〜」
「死んだらご主人様に会えないよ」
「うぅ、うるさいわね〜、ちょっと愚痴を言っただけでしょ……。うっぷ、また気持ち悪くなってきた……」
船酔いには波があるようで、シンリーの顔色は青だったり白だったりを転々としている。そして今はそのピークらしく、再び海の中にシンリーの吐瀉物が垂れ流される。
「ご、ごめん、しんどいからちょっと1人にしてもらえる……?」
「分かった」
「もう着くから頑張って!」
無様な姿をまじまじと見られたくないのか、シンリーはドロシーとアマネを追い払う。
それを察して2人も潔くその場を去っていった。
空ではクウとライチが気持ちよさそうに飛んでいる姿が見える。と言っても彼らもただ遊んでいるだけではなく常に灯を探し続けているのだ。
皆ひっしに必至にこの危機を乗り越えようとしている。シンリーはそんな姿を見て気を引き締め直し、また船酔いとの戦いを始めるのであった。
船の上ではそんなことがありながら、翌日一行はようやくナーシサス諸島へと到着した。
「り、陸よ!陸が見えるわ!ようやくこの地獄から開放されるのね!」
「落ち着けよ森……」
「これが落ち着いていられる訳ないでしょ!もっと船のスピード上げ……、おろろろろ」
「ったく、言わんこっちゃねぇ」
シンリーはようやく地獄の船旅が終わるとあって、大興奮の様子だった。しかし、調子に乗りすぎたせいで、上陸前に最後にもう1回船のへりにへばりつく。
溶岩の魔人はシンリーの上機嫌から一転して無様な姿を見て、思わず重たいため息を吐く。
「あっ、族長がいるわ!」
「皆揃ってるみたいね」
ライノ達一行はナーシサス諸島の中央の島へとやって来ていた。この島ならだいたいいつでも誰かしらの長がいるからである。
帝国の連中がどこから現れるかは分からない為、まずは族長達と連絡を取り協力してことに当たらなければならないのだ。
そして現在、船が接近しているとの情報を聞いた兎人族の族長と犬人族の族長が慌てて駆けつけてきていた。
「よう、久しぶりだな!」
「おぉ、これはこれは魔人殿!帰られたのですな」
「長旅ご苦労であったぞ」
一足早く船から飛び降りた溶岩の魔人のもとに、族長達が駆け寄ってその長旅を労う。
彼らがこの諸島を出てから数年が経過していたので、族長達も久しぶりの魔人の帰還に大興奮のご様子であった。
しかし、そんな彼らの顔も次に降りてきた人物を目にしたことで一瞬で青ざめる。
「ここが獣人族の暮らす島か。邪魔するぜ」
「わー、綺麗な浜辺!」
「ほんと、海が透き通ってますね」
船から続々と降りてくるのは、騎士団の面々だったからである。
この島に人間が来た時の思い出と言えば、大昔の戦争くらいしかないことを考えると、人間がここにいることは相当異例なことなのだ。
だから彼らがなんの躊躇いもなく島に降りてくる姿を見て、族長は驚愕の色を隠せないでいた。
「な、なぜ人間がおるんじゃ!?」
「これはどうなっている魔人殿!」
族長達は喜びから一転して怒りの形相に顔を染めると、慌てて武器を構えて警戒心を顕にしだした。
「まぁまぁじいさん方落ち着けって。こいつらは別に悪い奴らじゃねぇよ」
「ふざけるな!良い悪いの問題ではない!」
「人間がここに居ることが問題なのじゃ!」
溶岩の魔人が必至に彼らを宥めようとするも、一向に聞く耳を持とうとしない。このままでは話し合う所の問題ではなくなってしまう。
そうライノ達が感じ始めた時、一緒に船に乗っていた獣人族達が降りてきて、ライノ達の前に立ち塞がる。
「な、何をしておるんじゃお前達!?」
「ラビア、ネイア!お前達誰を庇ってるのか分かってるのか!?」
「分かってるわ!私達はこの目でちゃんと見て、彼らが悪い人達じゃないと判断したのよ!」
「人間にも良い人は沢山いるの!嫌いだからってイメージだけで嫌悪していたらダメなのよ!」
同族の行動に理解が追いつかないでいる族長達を相手に、ラビア達が必死に説得を試みる。
「……分かった。まずは話だけでも聞いてみよう」
「そうじゃな。わしらが見ていない所で彼らも変わったのやもしれぬ」
彼らのその真剣な眼差しに族長達もようやく冷静さを取り戻したようで、荒事にならずに済んだ。
族長達のその態度の変化に、ライノ達もほっと胸を撫で下ろし、彼らの案内に従い島の奥へと進んでいく。
そして最後に、船酔いで気分を悪くしてたシンリーと、それを看病していたドロシーとクウ達が遅れて登場した。
彼女達は一体何が起こっていたのか理解が追いつかないようで、頭にクエスチョンマークが浮かんでいる。
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