4章 23. 体力はもう限界

 アマネの暴走を無事食い止められたところで、町の外にある草原までやって来た一行は、ライノと溶岩の魔人の決闘の様子を固唾を呑んで見守っていた。


 適度な間合いをとった両者は、もう一言も言葉を発することは無くただお互い鋭い眼光で睨み合うだけ。


 そして、ライノが背中に装備している武器を手に取って構えた瞬間、それを待っていたかのように溶岩の魔人が急接近する。


 遂に戦いの火蓋は切って落とされたのだった。




「うらぁ!」




 真正面から突っ込んでくる溶岩の魔人に対し、ライノは上段に振り上げた斧を勢いよく振り下ろす。


 こんな隙だらけの攻撃など通常の戦闘なら避けられて当然だが、この場においてはプライドがそれを許さなかったようで、溶岩の魔人は避けることはしなかった。


 斧が振り下ろされた衝撃で激しく土煙が舞い散るが、そんな中で飄々と溶岩の魔人は立っている。




「こんなものか?」




「なっ!?か、片手だと……!」




 溶岩の魔人はライノの渾身の一撃を片手で軽々と受止めていたのだ。


 溶岩の魔人の馬鹿にするような態度にライノは怒りが込み上げてくるが、それに反して溶岩の魔人の恐るべき力に焦りも見せていた。




「それじゃ次はこっちの番だ、なっ!」




「ごほっ!」




 溶岩の魔人は左手で斧を掴んだまま、もう一方の手で正拳突きをくりだす。


 ライノは咄嗟に左の小手に仕込んであるシールドを展開しガードした。


 しかし、溶岩の魔人の拳の威力はそんなもので防げるはずもなく、シールドは粉砕しそのまま後方へ大きく吹き飛ばされる。




「ぐふっ、やっぱ魔人は、化け物だな……」




「はははっ!お前は随分とへなちょこだな!もう降参か?」




「誰がへなちょこだ!まだまだこれからだろうがよ!」




 溶岩の魔人の挑発に触発されてか、ライノはヨロヨロとふらつきながらも斧を支えに立ち上がる。


 あれだけの攻撃を受けても、一瞬たりとも斧を手放さないでいた彼の根性は相当のものだ。


 しかしまともに攻撃を受けたのも事実であり、ライノの小手は既にボロボロでもうシールドは機能しない。




「へっ、やってやるぜ!アーマー起動!」




「むっ!」




 ライノは鎧に魔力を注ぎ込み能力を起動させる。騎士団の装備する鎧の能力は身体強化。魔力を注いでいる間、体の重さがなくなったかのように軽やかに動け、筋力も増加する。


 機動力が爆発的に上がったライノは、溶岩の魔人の攻撃によって離された距離を一瞬で縮め肉薄した。


 鎧には魔力の注がれた証として青い光のラインが走り、彼の駆けた道を青い閃光が照らす。




「はああぁ!」




「急に速くなりやがっただと……、おもしれぇ!」




 身体強化による超高速のラッシュを溶岩の魔人は見事にさばく。


 しかし彼の顔にはもう先程までの余裕の色は無かった。今はライノの猛攻を全力をもって凌いでいる状態だ。


 そんな一瞬の油断も許されない攻防が続く中、ライノが攻めにでる。




「ここだぁ!」




  ライノは一見したら考えなしとも取れる猛攻の中にいくつものフェイントを織り交ぜているのだが、そうして生まれた溶岩の魔人の一瞬の膠着を見逃さず、地面目がけ全力の一撃を叩き込む。




「おおっ!?」




 ライノの強烈な一撃によって溶岩の魔人の足場は砕け崩壊し、体が宙に浮く。




「空中じゃ踏ん張り効かねえだろ!両手斧起動!『拡大兜割り』」




「ぬぐぅ!」




 空中で上手くバランスの取れなくなった溶岩の魔人目掛け、ライノは横薙ぎに巨大化させた斧を振るう。


 ライノの言う通り地面で踏ん張ることの出来ない溶岩の魔人はその一撃を真正面から受け、大きく吹き飛ばされる。


 常人なら真っ二つに斬り裂けてもおかしくない一撃だが、それを耐えられたのは魔人の強靭な肉体だからこそだ。




「ふぅ、やっといいのが入ったぜ……」




 シールド越しの攻撃でダメージを受け、鎧に大量の魔力を注ぎ、必殺技まで機動してようやく一撃。ライノの体力はもう限界に近い。




「くっくっく、やるじゃねぇか人間。なかなか良い一撃だったぜ!」




「ちっ、そのまま寝てればいいのによ。ったく」




 溶岩の魔人はライノの一撃を受けて腹が半分裂け片腕が吹き飛んでいたが、その程度の外傷などすぐに再生してしまう。


 とは言え魔人を相手にここまで外傷を与えられる人間に久しぶりに出会えたとあり、溶岩の魔人の感情は高ぶる。




「久しぶりに燃えてきたぜ!まだまだ倒れるなよ人間!」




「望むところだよこの野郎!」




 ライノの体力も限界近くまできていたが、溶岩の魔人に刺激され気力で挑む。


 2人の戦いはまだまだ終わらないようだ。




「へぇー、あの人頑張るわねー」




「うん、結構やる」




 明らかな格上の存在である溶岩の魔人を相手に単身で戦い続けるライノの姿に、同じ魔人であるドロシーとシンリーも関心の眼差しを送っていた。




「当たり前でしょ!なんたって私達の隊長なんだから!」




「なんでアマネ先輩が得意気なんですか……」




 ドロシーとシンリーに褒められて誇らしげに胸を張るアマネにマリスがツッコミを入れる。


 周囲ではなぜかそんな和やかな雰囲気が流れていた。


 そんな外野のことは放っておいて、ライノと溶岩の魔人の戦闘はまだまだ続く。






















 ――


















 ライノと溶岩の魔人の戦闘が始まってから、実に10時間が経過した。空は夕日に染まり太陽はもう沈み掛かっている。




「ねぇ隊長―!もう帰りましょうよー!」




「今いい所なんだからもう少し良いじゃねぇか!」




「私達ももう行きたいんだけどー」




「もうちょっと待ってろ森!」




 いい加減町に戻りたくなっていた一行を代表して、アマネとシンリーが呼び掛けるも、彼らに動く気配は無い。


 現在溶岩の魔人とライノはなぜか2人して地面に座り込み、ゲラゲラと笑いながら戦いについての持論を展開していたのだ。




 何故そうなったのか経緯を説明すると、まず戦闘開始からしばらくして、ライノは斧を捨て溶岩の魔人と殴り合いへと発展した。


 そこからなぜか1発ずつ殴り合うというルールがいつの間にか出来上がり、倒れた方が負けで攻防を繰り返していたのだ。


 しかし、そんな殴り合いが長く続く訳もなく、最終的には両者共に大の字になって地面に突っ伏した。引き分けである。


 ちなみに溶岩の魔人はこの時公平を期すために、回復能力は封じていた。




「へっ、やるじゃねぇか人間……」




「そっちこそ、かなり効いたぜ、魔人さんよ……」




 その後2人は起き上がると熱い眼差しをぶつけ合い、なぜかがっちりと固い握手を交わした。


 溶岩の魔人とライノはこの時、互いに互いのことを認めあったのである。


 そこからは現在に至るまで、2人だけで仲良さげにずっと談笑していたという訳だ。




「ほー、あんたはあの獣人族達を守る為に、遥々帝国やこの国を巡ってたのか……」




「ああ、俺にとってあいつらは家族みたいなもんだからな。当然のことさ」




 彼らの話はいつの間にか戦闘に関する持論から、身の上話へと変化していた。


 ライノは彼らの経緯を聞き、微かに目の端に涙を滲ませる。




「へへっ、よーし気に入った!俺達もあんたらに協力させてもらうぜ!」




「何?いいのか?」




「ああ!それに俺達の追ってる魔法使いも手を組んでやがるみたいだしな!当然のことだよ!」




「言ってくれるじゃねーか。なら、遠慮なく甘えさせてもらうぜ!」




「おうよ!」




 かなりの遠回りではあったものの、こうしてシンリーの狙い通り溶岩の魔人達と騎士団の協力関係を結びつけることには成功したのだった。




「はぁ……、こんなことになるんなら、余計なことしなきゃ良かったわ……」




「ほんとに」




 しかしもはや、シンリーとドロシーにとってはこの憂鬱な時間に対する苛立ちの方が大きくなっており、協力関係などどうでも良くなっていた。


 今はただただ町に帰りたいという気持ちしかない。


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