4章 25. 溶岩と泥と木の根の防壁
ひとまず聞く耳を持ってくれた族長達と共に、一行は島にある会議用の巨大な建物へとやって来ていた。
本来この場所は月に一度の族長達による定例会議時に使われるものだが、今はその時期ではないので人数が多いこともありここへ案内されたのだ。
「それにしても、よくよく見てみれば錚々たる面々じゃのお」
「ああ、魔人が3人に名だたる魔獣達、それに「王国の剣」である騎士団か。こんな辺境の地によくぞこれだけの顔触れが集まってくれたものだよ」
犬人族と兎人族の族長2人は、改めて目の前にいるメンバーを見渡し額に冷や汗を滲ませる。
普通に生活していれば、一生で1度会えたら奇跡レベルの魔人が3人も揃っており、伝説級の魔獣を初めとする普段お目にかかれない強力な魔獣達。そして、かつては敵として戦っていた王国の騎士達。、
彼らを前にしたら逃げ出すのが普通だという状況で、どっしりと構えていられる族長達の精神力は、相当強いと言えるだろう。
「さて、それではこれだけの面子が揃っている訳を聞かせてもらおうか」
「俺から説明しよう」
兎人族の族長に何があったか話すよう促され、名乗り出たのは溶岩の魔人だ。
この中では立場も高く獣人族達と仲も良い彼が説明するのが最も適切だろうと判断し、それに口出しするものは誰もいない。
族長達が静かに清聴する中、溶岩の魔人はこれまでの旅の経緯からサラジウムでの出来事、そしてブリンデラで騎士団や灯の仲間達と共闘することになったことなどを事細かに説明した。
それを全て聞き終わった後、族長達の顔色はライノ達を目にした時よりも青ざめ、絶望の色に染まっている。
「な、なんと、そんな事態になっておったとは……!」
「帝国め……!奴らは我らを獲物としてしか見ていないということか!」
犬人族の族長は絶望に顔を歪ませ、兎人族は明らかに見下されていることに憤りを感じていた。
「もちろん俺達だってただで負けるつもりはねぇよ。その為にこれだけの戦力を引き連れて戻って来たんだ」
「その通り、俺達はまだ負けたわけじゃねぇ。俺達が力を合わせれば帝国にだって必ず勝てるさ!」
「ふん、かつて敵同士だった人間の助力を受けるとは皮肉なものじゃ」
「何をアホなことを言っておるのだ。お主の孫も敵に囚われておるのだぞ、今はなにふり構っていられる場合ではない」
「そんなこと分かっておるわ!この年になるまで人間と共闘など考えたこともなかったから、気持ち的に敬遠しておるだけじゃ。頭では理解しておる」
皮肉めいたことを言いながらも、犬人族の族長は最後には深々と頭を下げてライノ達や灯の仲間達の助力に感謝し、それに続くように兎人族の族長も頭を下げる。
族長達は何十年もの間人間は敵だと認識して生きてきたのだ。だから彼らを認められない気持ちも無理はない。
そのことを理解しているからこそ、ライノ達も悪態つかれたことには何も文句は言わなかった。
「それで、お主らの話通りなら奴らは後どれぐらいでここにやって来るのじゃ?」
「今日か明日、早ければ今すぐに来てもおかしくはねぇな」
「ああ、灯達のおかげで予定を狂わされたとはいえ、船を完成させて味方と合流しここまで来る時間を考えると、もういつ来てもおかしくはないだろ」
族長の質問には溶岩の魔人とライノが渋い顔をしながら答える。彼らの言う通り、帝国はもういつ襲ってきてもおかしくはない。
そしてその襲撃は彼らが想像していた最悪のタイミングで訪れたのだった。
「た、大変だ!帝国の船が襲って来やがった!」
会議室の扉が激しく開け放たれ、大慌てで獣人族が駆け込んできて放った第一声がそれであった。
「な、何じゃと!?」
「ちぃっ!もう攻めてきやがったか!」
「場所はどこだ!?」
「猫人族の島です!」
猫人族の島はナーシサス諸島でも1番外枠にある島の1つである。だから帝国が攻めてくるのも納得の場所だ。
「全員早く船に戻れ!急いで駆けつけるぞ!」
「これ以上あのくそ野郎共の好きにさせてたまるかよ!」
船の主であるライノと獣人族達のリーダーである溶岩の魔人を先頭にして、一行は慌ただしく動き出した。
目指すは猫人族の島。帝国の魔法使い連中を迎え撃つため、全員全力で走りだす。
「はぁ……、隊長がすぐ来るかもなんて変なフラグを立てるからこうなるのよー」
「確かに、もうちょっと言葉を選んでほしかったわー」
「「うるせえな!」」
走りながらぶつぶつとアマネとシンリーが小言を言い、それにライノと溶岩の魔人がキレる。これから激しい戦闘が待ち構えているというのに、実に余裕な雰囲気に族長達は目を見開いて驚きを隠せない。
そんな空気の中一行は船に乗り込み、帝国の攻めてきている猫人族の島へと急行するのであった。
――
猫人族の島では、突然急襲してきた帝国の魔法使い達になす術もなく慌てふためいている。
獣人族の島々は現在、戦える能力を持つものはほとんどが溶岩の魔人について行っている為、島には数人しか残っていないのだ。
しかもその上で帝国は船の上から魔法による遠距離攻撃しかしない為、近接戦闘を得意とする獣人族では手も足も出ない。
結果、帝国の魔法使い達による一方的な襲撃が行われているのだ。
「ほっほっほ!良いではないか良いではないか!そのまま攻め続けるがよいぞー!」
「はっ!お前達、そのまま攻め続けろ!」
帝国の船には豚のように肥太った金髪の男が、船長席に座していた。この男こそが、シンリー達が聞いた「あの方」と呼ばれた人物である。
彼の名前はディボーン・ノート・ゴディバン。帝国においては有力な権力を持つ、上級貴族である。ディボーンは今回貴族間での名をあげる為に、自ら奴隷狩りに名乗りを上げたのだ。
(ちっ、このデブさえ一緒に着いてこなければ、今頃獣人族の島など全て攻め落とせたってのによ)
ディボーンに命令され部下に指示を出したのは、彼にこの魔法師団の団長として雇われている男、アンドレである。
彼こそが灯が過去に3度遭遇したリーダーの男であり、この帝国船の2番手だ。
アンドレは内心この状況では邪魔者以外の何者でもない雇い主のディボーンに苛立ちつつも、表面上では媚びへつらう。
「早うこの船の力も試してみたいものぞ。我が大金をはたいて製作させたのであるからのー」
「すぐにお見せいたしますよ。まぁ最もこの船が強過ぎて相手にはならないでしょうがね」
「ほっほっほ、確かにその通りよ。もう少し骨のある奴らかと思ったのがのー」
ディボーンとアンドレはそんな風に高笑いしながら、獣人族が蹂躙される様を見届ける。
まぁ本当に笑っているのはディボーンだけで、アンドレは内心苛立ちを押されるので精一杯であるが。
「ふえぇーん!」
「くそっ、帝国の奴らめ!遠距離から一方的に攻撃とは卑怯な!」
「逃げろ!とにかく奴らの攻撃の届かない島の奥まで避難するんだ!」
「族長達が援軍を引き連れてくるまでの辛抱だ!何とか持ち堪えるぞ!」
猫人族達は、迫り来る魔法の雨をどうにか掻い潜り、島の奥へ避難しようとする。
だが、それを見越してか帝国の魔法使い達は、逃げ場を無くすように島の奥から外へ追い込むように魔法を放つ為、逃げ道がどんどん塞がれていく。
島にいるのは女子供や老人がほとんどなので、恐怖から阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。
「ほっほっほ!もっと攻めろもっと攻め――」
「させるかよ!」
「よっ」
「ぬるい攻撃ね!」
が、ディボーンがさらに攻めを強めるよう命令を下そうとした時、魔人3人が空から現れ溶岩と泥と木の根の防壁で魔法を全て弾いてみせた。
「な、何者なのだあ奴等はぁ!?」
突然現れた魔人とその防壁に、ディボーンは驚愕の声で叫び散らす。
そんな主をしり目にアンドレは静かに舌打ちをするのだった。
「へっへへ、魔人3人を相手にしたことを後悔させてやるぜ!」
「返り討ちしてやる」
「さぁ覚悟は出来てるかしら?」
間一髪の所で猫人族達の窮地を救った3人の魔人は、いかにも偉そうな態度で帝国軍を見やる。
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