4章 22. アマネの狂気

 溶岩の魔人と話し合った結果、彼らに同行することを決めたシンリー達。


 魔人2人に強力な魔獣達が戦力に加わるとあって、溶岩の魔人は内心かなり喜んでいたのだが、シンリーにはまだ何か案があるようで不敵な笑みを浮かべていた。




「おい何だよ?何ニヤニヤ笑ってやがんだ?」




「ふふ、それは明日のお楽しみよ。明日の朝、正門前で待ってなさい!」




 シンリーは不敵な笑みを浮かべたままそう宣言し、酒場を意気揚々と出ていった。


 そんな彼女の後を追って、ドロシーも最後に頬袋いっぱいに食べ物を詰め込むと、小走りで後ろをついていく。


 残された溶岩の魔人は、シンリーが何を言いたいのか全く分からず、ただ呆然としているだけだった。






















 ――


















 そして、酒場で魔人達の会合が行われてから日付けが回った翌朝、訳も分からないままとりあえずシンリーに言われた通りにと、溶岩の魔人と獣人族達は正門前に勢ぞろいしていた。




「皆ちゃんと来てるわねー!」




 そんな彼らの元に、シンリーが手を振りながらやって来た。彼女の後ろには数人の人影も見える。




「ったく、こんな朝っぱらから呼び出しやがって。一体何の用だよ?」




「ふふーん、あんた達に彼らを紹介しておこうと思ってね!」




 やがて溶岩の魔人達の前までやって来たシンリーは、なぜか得意気にそう言うと横に避けて後ろに付いてきていた人達に注目を集める。




「紹介って、そいつら騎士じゃねぇかよ!」




「ど、どうもー。初めましてー……」




 そう、シンリーが引き連れてきたのは、ライノ隊の面々だったのだ。


 驚愕に彩られた溶岩の魔人に対し、マリスが騎士団を代表して若干引き攣りつつも、口を開いた。


 騎士団の面々も今朝方無理やりシンリーに引きつられてやって来たので、あまり状況を理解出来ていないのだ。




「おい、どういうことだよ?なんで人間なんか連れて来やがったんだ!?」




「彼らは人間だけど、一応ダーリンの恩人で友達らしいから敵ではないわよ」




「大将と仲がいいからって、俺達の敵じゃねえ保証なんかねぇだろうが!」




「そうかもしれないけど、彼らも魔法使いを追ってるみたいだし、利害が一致しているなら協力するべきだわ」




 つい最近までシンリーは彼らのことを毛嫌いしていた。


 それなのに、どういう風の吹き回しなのかと言えば、灯が行方不明になってから一緒に捜索してくれたり、それに昨日の話し合いで彼女は灯のことを信用すると改めて決心したからこその今日の行動なのだ。




「けっ、だからって俺ぁあったばかりの見ず知らずの他人に背中預けられるほど、ぬるい性格じゃねぇよ!」




「何言ってんのよ、前の街ではころっと領主に騙されてたくせに」




「う、うるせぇ!それがあったからこそ、より警戒を強めてんだよ!」




 溶岩の魔人はかつて信頼していた人間が、実は裏で敵と繋がっていて裏切られた経験がある。


 だから今はより一層、人を慎重に見ることにしているようだ。




「へっ、何があったかは知らねぇが、随分と信頼されてねぇみたいだな。まぁそれはこっちも同じことだけどよ」




「あぁ?」




「なんだよ?」




 溶岩の魔人の態度が気に入らなかったのか、えらく突っかかってくる人物がいる。


 そう、それはこの騎士隊の隊長であるライノだ。


 ライノ自身シンリーに無理やり連れてこられたものだからか、突然会わされた相手を信頼することなど出来ない。


 例え相手が灯の知り合いだろうと、まずは自分の目で確かめてみないことには背中は預けられないのだ。


 そういう点で見てみれば、ライノと溶岩の魔人は非常によく似ている。




「ちょっと隊長、どうしてそんな喧嘩腰なんですか?」




「リーダーもですよ。相手は魔法使いが沢山いるんですから、こちらも戦力は多い方がいいに決まってますよ」




 いつの間にか視線で火花を散らしているライノと溶岩の魔人の間にアマネとラビアが割って入るが、2人の勢いはもう止まらない。




「うるせぇな、そんなの決まってんだろ!」




「ラビア、これはそういう問題じゃねぇんだよ」




「「単純にあいつが気に入らねぇんだ!」」




 お互い思うところは同じだったのか、まさかのセリフが丸かぶりであった。


 この2人、息はぴったりであるはずなのに決定的に何かがズレているようで、どうにも馬が合わないらしい。




「ちっ、やっぱムカつくぜお前、ちっとツラ貸せや」




「はっ、人間風情が生意気な」




 2人の苛立ちは限界を迎えたようで、門の前ということもあり2人は町のゲートを潜り街道沿いの草原へと歩いていく。




「ち、ちょっと皆さん、これ止めなくていいんですか!?」




 マリスは慌てて仲間達に声を掛け止めに入るべきか打診するも、全員力なく首を横に振るだけだった。




「だめねぇー、隊長はああなったらもうテコでも動かないわ」




「た、確かにそうですね……」




 遂にはロイネーの一言で、マリス自身も止めに入るのを諦めてしまった。




「シンリーさん、やっぱりリーダーも止まらないのでしょうか?」




「そうね、あいつも単細胞だからもう納得するまで止まらないと思うわ」




「そうですか……」




 ラビアも同じ魔人同士であるシンリーなら止められるのではと思い相談してみたが、ああなった溶岩の魔人は同じ魔人でも止めることは出来ないらしい。




「はぁ……」




「お互い大変ね」




「え、ええ、そうですね」




 ガックリと肩を落とすラビアの横にスッとアマネが近寄り、同情の視線を送る。


 それにラビアは一瞬戸惑いつつも、なぜか彼女に仲間意識を感じてしまい、同意してしまった。




 しかし、その安易な考えが間違いだったのだ。


 アマネは表面上はラビアに同情するように擦り寄ったが、その実内心ではラビア達獣人族の獣耳や尻尾に興味津々であったのである。


 今も彼女は心の中では下卑た笑みを浮かべ、滴りそうになるヨダレを必死に堪えているのだ。




「っ!な、何か今ゾワッとしたものを感じました……」




 アマネの狂気を感じ取ったのか、ラビアは全身から鳥肌を立たせ寒さで体を摩る。




「お姉ちゃん大丈夫?」




「潮風で体でも冷やしたのかな?ちょうど毛布を持ってきてたから、これに包まりなよ」




「あ、ありがとう、そうさせてもらうわ」




 寒そうに震えているラビアを見て、アマネは狙っていたかのように懐から毛布を取り出し、ラビアに被せてあげた。


 彼女のその対応の速さにラビアもさすがに違和感を覚えたのだが、未だ体の震えが治まらないので甘んじて受け取ることにする。




「あ、あのアマネさん……」




「ん?なあにラビアちゃん」




「も、もう離れてもらって大丈夫だから……」




「あら、ごめんごめん。寒そうにしてたから、私も暖めるのを手伝おうかなって思ってね」




 ライノの背中からそっと毛布を掛けてあげた瞬間、アマネはすかさず彼女の背中を暖めてあげるという体で抱き着いていたのだった。


 だが、その行動はさすがに不自然と思ったのか、ラビアが指摘するとすぐさまその背から離れていく。




「うへへっ……、な、なんて柔らかい、ぐふふっ……」




 しかし、もうアマネは手遅れだった。


 彼女はその一瞬の触れ合いの中で、ラビアの獣人族としての体のやわらかさや耳の毛並みに心を奪われてしまっていたのだ。




「ラ、ラビアちゃーん!」




「へ?ちょ、きゃああああ!」




 スイッチの入ってしまったらもう遅い、彼女は自分自身では自制することは叶わず、何ふり構わずヨダレを垂れ流し、目を充血させてラビアに襲いかかってしまう。


 後ろからの突然の不意打ちにラビアの反応も間に合わず、悲鳴をあげることしか出来なかった。


 このままではラビアの潔癖な体はアマネに蹂躙されてしまう。




「落ち着いて」




 しかし、ラビアに飛びつく寸前で、横からドロシーの泥の拳がアマネにクリーンヒットし、見事に吹き飛ぶ。


 灯も居らず誰も止められないアマネの暴走を見かね、ドロシーが仲裁に入ったのだ。


 ただ、やはりそういうのは面倒臭かったのか、口調は穏やかだが拳はかなり強烈なものであった。




「うぅ、ご、ごめんねラビアちゃ〜ん」




「ひ、ひいぃ!」




 ドロシーの拳のおかげで、アマネは正気を取り戻したのだから結果オーライだろう。


 そしてそんなアマネの茶番も終わりを迎え、いよいよライノと溶岩の魔人の喧嘩が今始まろうとしていた。

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