4章 21. 獣人族達が暮らす島々

 泥の魔人、森の魔人そして、溶岩の魔人。この3人の魔人が一堂に会するのはサラジウムに続いて2度目である。


 この世界にはたったの5人しかいない魔人のその半数が1箇所に集まっているというのは、歴史上で見てもそう何度もあることではない。


 そのことから灯の魔人を引きつける才能が異様であることがよく分かる。




「あんた達もう来たの?随分と早かったわね」




「まぁな、街中や大将の言ってた地下ってのも見て回ったがなんの手掛かりもねぇから早々に切り上げたんだよ。領主の野郎も見つからなかったしよ」




 帝国の人攫いと繋がりのあった領主なら、何か情報を持っているのではと思い街中探し回ったらしいが、結局溶岩の魔人達は見つけられなかった。


 獣人族は鼻が利くので捜索にはあまり時間を取られなかったらしく、彼らの頑張りもありかなりのハイペースでここまで来れたらしい。


 ちなみにエキドナやその子供であるマイラ達とは、砂漠地帯を抜ける時点で別れたそうだ。




「で、そっちは何か情報を掴めたのかよ?」




「うん、人攫いは見つけたわ。逃げられちゃったけどね……」




「なっ、逃げられたって……、そりゃ本当か!?」




「ごめん……」




 魔人である彼女達を持ってしても逃げられたという事実が、溶岩の魔人にはどうにも信じられなかったようだ。


 だが、いつもなら食ってかかるはずのシンリーの汐らしい態度が、それが真実だと物語っていた。




「ん?おい、そういや大将の姿が見当たらねぇが、どこにいるんだ?」




 こうまで大人しげな彼女達を前にさすがの溶岩の魔人も責めることはできず、話を変えようと思いふと灯の姿がないことに気づき咄嗟に質問した。


 だが、せっかく話を変えたというのシンリーの顔色がどんどんと真っ青になっていくことに、溶岩の魔人は困惑を隠せないでいる。


 しかしいつまでも黙っていられないと思ったのか、ドロシーがフォローに入るように簡潔に答えた。




「ご主人様は海に消えた」




「はぁ!?海に消えたって何だよそれ!?」




「え……、灯様いなくなったんですか……?」




 それまで溶岩の魔人達の会話を静観していた獣人族の1人であるラビアも、さすがに黙ってはいられなかったようで、身を乗り出して食い入るように迫ってくる。


 そんなラビアの後ろをぴったりと張り付くように、妹のネイアもドロシーのことを静かに見つめていた。


 彼女達は、人間でありながら灯が友人と慕う獣人族の中で最初に知り合った2人である。


 獣人族の中では最も関わりが深かったのもあってか、そんな灯の一大事に黙って等いられなかったのだ。




「ダーリンは敵の空間魔法にやられて海へ放り出されたの。それだけなら助けられたんだけど、しかも海に落ちた瞬間に魔獣に食べられて消えちゃったのよ……」




「おいおい、食われたってそりゃあ死んだってことか……!」




「そんな訳ないでしょ!ダーリンは絶対にどこかで必ず生きてるはずよ!」




 彼女達に灯の生存を証明する方法はないが、それでもシンリーは灯が必ず生きていると信じて疑わない。


 なぜなら、そうでも思わなければ彼女の精神がもたないからだ。


 灯の生きている確率は絶望的であるのに、それでも信じることしか今の彼女達には出来ないのである。




「そ、そうか、悪かった。そういや大将は無駄に魔獣に好かれる奴だったし、案外どっかの島でケロッとしてるかもしれねぇな」




「うん、私もそう思う」




 シンリーをフォローする為の咄嗟の発言にドロシーも同意する。


 彼女はあまり人に気遣いのできる性格ではないから、この同意は本心からのものだろう。


 そして意外にも溶岩の魔人の言っていることは的を射ていたのだが、残念ながらそれを証明する術は誰も持ち合わせていなかった。




「そうよね、ええそうよ!ダーリンがそう簡単に死ぬはずないわ!」




 真実は誰も分からないが、それでもシンリーは周りに元気づけられ、悪い風に考えるのは一旦辞め、前向きに思うことにした。




「そんじゃあ飯でも食いながら、お前らに何があったのか教えてくれるか?」




「えぇ、もちろんよ」




「やっとご飯食べれる」




 こうしてドロシー達は情報交換も兼ねて溶岩の魔人達1団と食事をとることにしたのだった。




















 ――




















 食事をとり始めてから数時間が経過し、満足に腹が膨れてきたところで情報交換も一通り終わりを迎えていた。


 ちなみに現在獣人族達は素性を隠す為に全員丈の長いロングコートにフードを目元深くまで被っている。


 一見すると魔法使いの1団に見えなくもないが、酒場でこの姿は一際目立っていた。




「なるほどな、それじゃあ奴らの目的は初めっからナーシサス諸島だったって訳か」




 ナーシサス諸島とは、獣人族達が暮らす島々のことである。


 各島毎にそれぞれの種族が暮らしており、中央の島では族長達が集まり諸島の治安維持と運営の為の中枢島として用いているのだ。




 そんな獣人族達の住処をあの人攫い連中や魔法使いの集団が狙っていることを知った、溶岩の魔人や獣人族達の額からは脂汗が滴る。


 現在仲間の捜索の為に、力のある若い連中は皆溶岩の魔人と共に島を出ていたのだ。


 だから今諸島を責められると、島に残っている連中では歯が立たない可能性が高い。


 その上で人質も取られているとなると、蹂躙されるのは目に見えて明らか。


 家族や同族のピンチに余裕の表情でいられる者は、この場に1人としている訳が無い。




「リーダー、これからどうしますか?」




「決まってんだろ、奴らよりも速く島に帰って迎え撃つ!」




 ラビアの問いかけに溶岩の魔人は一切の迷いなくそう答えた。




「あいつらはもう出航してるってのに追いつけるの?」




「へっ、お前らの話からするにあいつらは本来あの方っていうお偉いさんを待つ為に2週間は滞在してたはずなんだろ?それなら今頃そいつと合流する為に寄り道してる筈だ。だからその隙に先回りしてやるんだよ」




 溶岩の魔人の言う「あの方」とは、灯達が夜中の港を調べていて、積荷の指揮をとっていた男と人攫いの1人の会話を盗み聞きした時に出てきた人物だ。


 何者かは分からないが、灯達が船を襲撃しなければ本来ならその人物を待つ為に2週間はこの港に滞在していた。


 だから今頃船でそいつとの合流を図っていると、溶岩の魔人は予想したのだ。


 灯の喪失で余裕の無くなっていたシンリーや、アホのドロシーでは辿り着かなかった発想である。




「へぇー、ちゃんと考えてるのね」




「当たり前だろうが。これでも一応こいつらを引っ張ってるリーダーなんだからよ。それよりお前らはどうするつもりなんだ?」




「私達?」




「このまま大将の捜索を続けるのか、それとも俺達についてきて魔法使い共と戦うのかって話だよ」




「そ、それは……」




 他人事の様に溶岩の魔人に関心の目を向けていると、不意にそんな質問をされてもシンリーは戸惑ってしまう。


 これまで彼女達は灯の指示に従い灯の意志のままに行動してきたが、その指針となる人物がいなくなった今、どう行動すればいいのか分からなかったからだ。


 本心ではこのまま捜索を続けたいのだが、現状ではこれ以上の捜索は無意味だと理解もしている。


 だから自分がどう動けばいいのかすぐに答えが出ず、溶岩の魔人の問いかけにシンリーは頭を悩ませていた。




 だが、そんな沈黙を打ち破ったのは意外にもいつも食事のことしか考えていないドロシーだったのだ。




「当然獣人族達の島に行って、魔法使い達を倒す」




「ちょっとあんた、ダーリンは放っておくつもり!?」




 ドロシーの決まりきったかのような揺るぎのない答えに、シンリーの怒りが爆発する。


 だが、それでもドロシーは1歩も引かなかった。




「違う。ご主人様がこの場にいたならそう行動するだろうし、ご主人様が生きていて戻ってくるのだとしたら、モンスターリングを頼りにするはず」




「あっ、だからダーリンが戻ってきた時の為に先回りをしておくってこと?」




「うん」




「ふーん……、確かにダーリンならきっとそう行動するわね」




 ドロシーの考えに気づいたシンリーは、灯ならそうする筈だと彼女の意見に同意した。


 この場では、灯との付き合いが最も長いドロシーだからこその発想にシンリーは若干嫉妬しつつも、シンリー自身もその意見に納得してしまったので反論出来ず、悔しさで唇を噛み締める。


 その表情に溶岩の魔人は1人恐怖で褐色の肌を真っ青に染めていたが、それに気づく者は誰もいなかった。




「よし、それじゃあ私達もあんた達と同行するわ!文句ないでしょ!」




「ああ、お前達がついてきてくれるなら百人力だぜ!」




 魔人の力は絶大なのでそんな彼女達が味方になってくれることを、溶岩の魔人は素直に歓迎した。




「ふふっ、こうなったらあいつらも巻き込んでやろうかしら」




 だが、そんな溶岩の魔人のことなど見向きもせずに、シンリーは1人不敵な笑みを浮かべていたのだった。


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