4章 20. お前の名前は「イナリ」だ!
「ふぅ、ようやく追いついたわい……」
シルバー・シーゲイツをモンスターボックスの中に引き入れてから少し経った頃、ようやく魚人族達も追いついてきた。
現在は海の魔人がゲドじいさんにも空気を送り込んでいるおかげで、彼とも会話が出来る状態となっている。
「遅かったなゲドじいさん」
「あの化け物が速すぎるだけじゃい!」
「あら、それじゃあわたくしも化け物ということでしょうか?」
「い、いや、そういう意味ではないですぞ魔人様……」
「ふふ、冗談ですわ」
シルバー・シーゲイツに悪態つくゲドじいさんを海の魔人がからかっている。
彼女は恭しい言葉遣いとは裏腹に、結構冗談を言ったりするようだ。
「それよりお主が食べられた時は肝を冷やしたもんじゃよ。自分から口に突っ込むとは何を考えておるんじゃ……」
「ははは、まぁ無事だったんだからいいじゃんか」
「シルバー・シーゲイツの姿が見えんようじゃが逃げたのか?」
「ああ、それならここにいるよ」
ゲドじいさんは俺のモンスターボックスのことを知らないので、シルバー・シーゲイツの姿が見えなくなったから逃げたのかと思ったらしい。
だからまだここにいることを教えてあげようという思いから、俺は呼び出したのだが、その安易な考えはどうやら間違いだったようだ。
「ボアァァァア!」
「へぎゃああああ!」
さっきまで居なかったはずなのに、突然目の前に現れたシルバー・シーゲイツにゲドじいさんは発狂寸前。
周りで静観していた魚人族達も一斉に慌てふためき武器を構えだし、周囲は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
「い、一体どこから現れたんじゃー!?」
「落ち着けってゲドじいさん、こいつはもう誰も襲ったりはしないよ」
「ふざけるな!そんなこと信じられるわけないじゃろ!」
「ホントだって、な?」
「ボアッ!(うむ)」
シルバー・シーゲイツが仲間になったことをゲドじいさんは頑なに信じようとしないので、頭を撫でてみたりして安全であることをアピールする。
シルバー・シーゲイツ自身もスッカリ俺に従順になってくれたお陰もあってか、半信半疑ながらもようやく信用してくれた。
「はぁ、もういいわい……。そんならさっさと地上へ行こう」
「いや、その前にまだすることがある」
「ん?なんじゃ?」
「こいつの名前を決めてやらないと」
「それ今することじゃないじゃろ!?」
シルバー・シーゲイツなんて長ったらしい名前毎回言うのはダルいから、早急に名前を決めてやらないといけない。
だと言うのにゲドじいさんは心底驚いた様子で突っ込んでくる。
全くこのじいさんは、魔獣のことに関しては何も分かってないようだな。
俺はゲドじいさんの反応に呆れて肩を竦めつつ、シルバー・シーゲイツの方に目をやる。
見た目は銀色で巨大なワニ。だが各足にはヒレのようなものが着いているし、尻尾も平らで泳ぎやすいようになっている。
最初に見た時は海龍かと思ったが、こうして改めて全体像を見てみると、元の世界で大昔に生息していた恐竜「モササウルス」に似ているな。
「ふーむ、銀色でワニで恐竜か……。よし、決めた!お前の名前は「イナリ」だ!」
「ボアッ?(ん?どういうことだ?)」
「あれ?ピンと来てないかな。ダイナソーとアリゲイツをあわせてみたんだけど」
恐竜は英語でダイナソー。シーゲイツも海のワニということだろうから、アリゲイツに直して、2つ合わせてイナリだ。
今回はシルバーに関してはスルーさせてもらった。
「ボアッ!(ふむ、よく分からんが気に入った!)」
「はぁ……、もう何でも良いからはよ地上に出るぞ」
「へいへい、それじゃあ地上目指して出発するか!」
ゲドじいさんに呆れ混じりの声音で急かされ、俺はイナリの背に乗ってようやく地上を目指して出発したのだった。
――
時は灯が海底洞窟から地上を目指す2週間前に遡る。
「クウー!」
「どうー?見つかったー?」
「クウゥー……」
シンリーの呼びかけに力なく首を振るのはクウ。
クウは現在港町ブリンデラ沖を飛び回り、海に落ちた灯を捜索中だ。
しかし、もう灯が海に落ちてから丸1日経過しているので、これ以上海上を捜索しても見つかる可能性は低い。
「ピイィー!」
「あ、ライチ帰ってきた」
「ライチー、どうだったー?」
「ピィ……」
「そう、やっぱりダメだったのね……」
クウと同様飛行能力のあるライチも海上の捜索をしていたのだが、それでも灯は見つけることは叶わなかった。
そもそも灯が巨大な何かに食べられてしまった光景は、ここにいる全員が見ていたのだ。
だからそもそもまだこの辺りをさ迷っている可能性などほとんどない。
だが、それでも何かせずにはいられない灯の仲間達は必死に捜索をしている。
と、そんな彼女達の元へ数頭の馬の駆ける足音が聞こえてきた。
「おーい!」
「あの人達も戻ってきたみたい」
ドロシーの言うあの人達とは騎士団のことだ。
灯が失踪した時彼らはドロシーと共に町の外を見回っていたのが、合流した後は足の速い彼らは灯が流れ着いているかもしれないので海岸線を捜索していた。
「そっちはどうだった?」
「だめー、全然見つからないよ」
「1日探しても見つからないとなると、やっぱりもうこの近海にはいないんじゃないかな」
「うぅ……、どこへ行ってしまったのダーリン?」
海岸線、沖、どこを探しても灯が見つからないことに、時間の経過と共ににみるみるシンリーの元気が失われていく。
灯がいるからという理由で森を飛び出したシンリーにとって、灯のいない生活など耐えられないのだ。
「ともかくもう日も沈むし、一旦宿に戻って仕切り直した方がいいんじゃないかな?」
「うん、そうする。ほら行くよ」
確かにこれ以上の捜索は無意味だろう。
灯が生きているのだとしても、もうこの近海にいないのは確実。これからは何か別の手立てを考える必要がある。
マリスの提案を受けてドロシーは意気消沈のシンリーの腕を引き、宿へと戻ることにした。
クウ達魔獣は灯がいない今非常に目立つ存在となってしまった為、現在は騎士団の支部で保護という形で匿っている。
体の大きいアオガネやグラス達は今日1日お留守番で、そんな皆と魔人2人は一旦別れ町の中へ姿を消していった。
「ドロシー、あんたは不安じゃないの?もしこのままダーリンが見つからなかったらって」
「大丈夫、ご主人様は生きてる」
「何でそう言いきれるのよ!?」
「ご主人様は意外とやる時はやる人だから。シンリーもいつまでも落ち込んでないで頑張って探すよ」
灯が消えて死にそうなほど落ち込んでいるシンリーとは対照的に、ドロシーは意外と元気だった。それは彼女が灯を信頼しているからこそである。
魔人の中では1番付き合いの長いドロシーは、灯がこんなことで死ぬような人間じゃないことを信じて疑わない。
だからこそ自信をもって捜索にあたれるのだ。
「取り敢えずご飯食べよう。お腹すいてちゃいい案も浮かばないよ」
「ふん、それはあんたが食べたいだけでしょ」
「そんなことない」
未だ口喧嘩の絶えない彼女達ではあるが、それでもシンリーには微かに活力が蘇っていた。
ドロシーのおかげで元気がでたことを頭では分かってはいても、素直になることが出来ず悪態ついてしまう。
だが、それでも彼女達にいつも通りの日常が少し戻った。
「ここにしよ」
「はいはい、こうなったらもうやけ食いしてやるわ!」
しばらく町の中を歩いた2人は、手頃な値段の酒場を見つけるとその店の中へと入っていく。
すると席に着く直前で、何やら聞き慣れた声が耳に入ってきた。
「ようやくブリンデラに到着したからな!今日はたっぷり食って腹ごしらえして、明日から大将達と合流するぞ!」
「「「おおぉー!」」」
「あれ?あんた達もう来てたの!?」
「ん?おぉ!誰かと思ったら泥に森じゃねぇか。久し振りだな!」
酒場で一際賑わっているに目をやると、そこにはなんとサラジウムで別行動を取っていた1団とそのリーダーである溶岩の魔人がいたのだ。
何となく選んだ店で、彼ら魔人3人は偶然にも再会を果たした。
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