4章 19. 恐ろしい胆力ですわ
ただ海底洞窟から地上に出たかっただけなのに、気づけば俺は魚人族達を率いていた。
何故こんなことになってしまったのか。
まぁ人攫い共や魔法使い共に勝つ為にも戦力は必要だろうし、不満はないけど。
「それで地上へはどうやって行くんだ?」
「地上へ出る道はこの世界の都市の更に地下にある一本道を通ればいいのじゃ。そこを通れば1日と掛からず海へ出れるはずじゃ」
「なんだ、出るのはあんま時間は掛からないんだな。なら早く行こうぜ!」
この海底洞窟の都市まで辿り着くのには1週間以上かかったというのに、出るのにはそんなに時間はかからないようだ。
時間が掛からないのは非常にありがたい。
「行くのはいいですが、シルバー・シーゲイツをどうにかする手立ては考えているのですか?」
「それも一応策は考えてあるから、心配はいらないよ」
若干雑ではあるが、そっちに関しても考えはある。
それを実行するのも俺だけなので、魚人族達に被害が及ぶ危険性もゼロだ。
しかし、もう話すことは無いと思い俺が出口へと駆け出そうとした時、海の魔人に肩を掴まれとめられた。
「待ちなさい。貴方様に渡す物がありますわ」
「渡す物?」
「えぇ、これですわ。受け取って下さいな」
そう言って海の魔人が差し出してきたのは、右手用の小手だった。
5本の指それぞれに鋭い爪の伸び、全体的に刺々しく禍々しいデザインである。
「なんだよこれ?」
「それはモンスターガントレット。竜王がわたくしに託した魔道具ですわ」
「えっ……、おぉ、まじかよ」
こんな所で新たな魔道具を貰えるとは思ってもおらず、突然のことに驚きを隠せない。
ただそのガントレットは片手分しかなく、非常にアンバランスではある。
「何でこれ片手しかないんだ?」
「ふふ、それは使えばわかりますわよ。使い方はですね――」
俺の質問に、海の魔人は悪戯な笑みを浮かべながら説明をしだす。
こうして俺は海の魔人から貰った魔道具、モンスターガントレットの使い方のレクチャーを受けた後、ようやく出口へ向けて出発したのだった。
――
海底洞窟の都の地下道を歩き始めてから丸1日が経過し、俺達一行はとうとう出口の海までやってきた。
目の前には湖のように洞窟内に海が広がっており、湖の底付近の洞窟の崖をくぐり抜けると大海へ出れるのだという。
ここから先はただの人間である俺や、蛾であるイビルには水圧がキツイので、イビルにはモンスターボックスの中に入っていてもらい、俺は海の魔人が水圧操作で手助けしてくれるそうだ。
魚人族達はここの深度なら全く抵抗はないらしい。
「それじゃあ行きましょうか。貴方様、シルバー・シーゲイツは任せましたわよ」
「おう、大船に乗ったつもりで任せとけ!」
「ほっほっほ、魚人族相手に船とはなかなか面白いことを言うのぉ」
「うるせぇな、そういう比喩だよ!いちいち気にすんな!」
せっかく息巻いて気合を入れていたというのに、ゲドじいさんに妙な水を差されてしまった。
だが、そんなことで挫けていても仕方ないので、顔を両手で叩いて気合を入れ直すと、いよいよ俺達は海へと飛び込む。
海中に潜ると早速海の魔人が水圧を操作してくれたようで、体に負荷が掛かることも無く泳ぐことが出来る。
しかも操作しているのは水圧だけでなく、空気を送り込んでくれたり、海流を作って泳ぎやすくしてくれるというおまけ付きでだ。
ほんとに海の魔人は痒いところに手が届く、いい性格をしているよ。
「おいっ!来やがったぞ!」
「あら、もう来たのね」
海を出てから数分、まだ全然深海浴を楽しめてもいないというのに、早々に奴が現れたらしい。
シルバー・シーゲイツ。この世界の海の中じゃ5本の指に入るほど強力で極悪な魔獣としてその名を轟かせている、まさに海の王者だ。
「ボアァァァア!」
深海だと言うのに、海ワニは何の影響もうけていない様子でぐんぐんと近づいてくる。
しかも狙いはやはり俺。一瞬周りにいる魚人族達に目が奪われたようだが、それでも奴は俺を見つけた途端一直線に向かってきた。
「貴方様、来ましたわよ。本当に大丈夫何ですの?」
「おう!あんたらは危ないから少し下がっててくれ!」
海中だが空気を送り込まれているおかげで会話は出来る。
ちなみに魚人族達は海中では超音波のようなものを発してコミュケーションを取っているらしい。
「ボウゥ!」
そんなことを考えているうちに、シルバー・シーゲイツはもうすぐそこまで来ていた。
俺のところにたどり着くまで3秒も掛からないだろう。
だが、そこタイミングで、俺はあえて引かずに前へでた。
海中で動きは鈍っているせいで、前に出れば確実に回避は不可能。そんな状況に自ら飛び込んでいったのだ。
「おいっ!そのままじゃ、食われてまうぞ!?」
ゲドじいさんが口をパクパクとして何か叫んでいるように見えたが、海中じゃ俺は海の魔人としか会話出来ないのでなんと言っているか分からない。
「ボアァァァア!」
「んぐっ!」
そしてそんなじいさんももう、俺の視界にはいなくなっていた。
俺は再びシルバー・シーゲイツの口の中に納まっていたのだ。
鋭い牙の門をすり抜けた先にある真っ暗な口の中。またここへ来たのかと思った次の瞬間には体を掻き回されるような感覚が襲う。
恐らく再びシルバー・シーゲイツが高速で泳ぎだしたのだろう。また気を失う前に、急いで作戦を実行に移さねば。
「うおっとと。よし、ここだ!」
平衡感覚が乱れながらも俺は首に掛けているモンスターボックスを手に取り、それをそのままシルバー・シーゲイツの口内に押し付け同時に叫ぶ。
「入れ!」
「ボッ、ボァ!?」
俺がそう声を発した瞬間、モンスターボックスの鎖が弾け飛び扉が開き、薄紫色の淡い光と共にシルバー・シーゲイツを吸い込んでいく。
30mを超す巨大な体は、気づけば小さな箱の中に綺麗に収まってしまっていた。
「まぁ、随分と大胆な使い方をするのですね」
「はは、上手くいってよかったよ」
俺が飲み込まれたたった数秒の間にシルバー・シーゲイツはかなりの距離を移動していたらしく、周りには海の魔人以外の姿が見当たらない。
彼女は流石は自分の土俵だけあって、シルバー・シーゲイツにも速さで全く負けてないようだ。
「失敗したら今度こそ食べられていたかもしれないというのに、恐ろしい胆力ですわ」
「いや、1回食べられた時に生き残ってた時点で、あいつの目的が俺を食べることじゃないのは、何となく予想してたんだ。俺の体質の影響で食べられたんだとしたら、仲間にすることも可能だと思ってな」
「だとしても自ら魔獣の口に飛び込むなんて普通じゃありませんわ。やはり貴方様に魔道具を預けて正解だったようですわね」
海の魔人はそう言って嬉しそうにくすくすと微笑んでいる。
ちょっと馬鹿にされてる気もするが、それも俺に心を開いてくれた結果なのだろう。
洞窟内では他の魔人から魔道具を託されていたという理由有りきで信頼されていたが、これで本当の意味で俺は彼女に認められたようだ。
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