4章 18.魔眼の老人ゲド
あわや魚人族に殺されるというところで、魔眼持ちの老人によってどうにか俺は一命を取りとめた。
これまで俺は自分の弱さを気にしていたが、今回ばかりはそれに救われたようだ。
精神的にはダメージは大きいが、それでも短時間で彼らの信頼を得れたのは大きい。
この隙にさっさと地上へ戻ろう。
「それじゃあ俺は時間が無いからもう行くよ」
誤解も解けもう裸でいる必要もなくなったので、手早く服を着て魔道具を装着した俺はその場を去ろうとする。
だが、そんな俺の肩を掴む2つの手があった。
「まぁまぁそー慌てるでない。少しお主の話を聞かせてくれんかの?」
「そうですよ、まだ会ったばかりなのに寂しいですわ」
俺を引き止めたのは海の魔人と、魔眼持ちの老人だった。
周りを見てみると、他の魚人族も興味深げに俺を見つめてきている。
さっきまでの殺気立った視線と比べると若干マシになったが、それでも大多数の視線を浴びるというのはなかなか慣れるものではなく、かなり居心地が悪い。
「あんたらの気持ちは嬉しいけど、悪いけど今は本当に時間が無いんだ。ここからどうやったら地上に出れるんだ?」
「残念ながら無理じゃよ、今の時期は地上へは出れん」
「えっ!何でだよ!?」
「海の王者シルバー・シーゲイツが近海まで来ておるからの。この時期はワシら魚人族でも満足に海では泳げんのじゃ」
地上へ出る道を聞き出そうとした俺だが、魔眼の老人の話によるとどうやら今の時期は海の王者と呼ばれる魔獣が近くを泳いでいるらしく、帰る道がないらしい。
「たぶん貴方様が言っていた海龍というのもシルバー・シーゲイツのことですわよ。実際は龍ではなく4本足で陸も歩ける巨大なワニですわ」
「そ、そういうことだったのか……」
どうやら俺がこの海底洞窟にやって来たのも、そのシルバー・シーゲイツとか言う奴が原因らしい。
「なんじゃ、奴と何かあったのか?」
「あったも何も、食べられてこの海底洞窟までやって来たそうですわよ」
「食べられてじゃと!?お主それでよく生きておったの〜」
海の魔人が俺がこの洞窟へやって来た経緯を茶化すようにくすくすと笑いながら老人に説明しだした。
それを聞いた老人は紫色に輝く目を見開いて心底驚いている様子だ。
「まぁ仮にシルバー・シーゲイツが居らんくとも、お主じゃここの水圧には耐えられまい。大人しくしておいた方が身のためじゃぞ?」
「ぐ、た、確かに水圧の問題も厄介だな」
「あら、水圧ならわたくしがどうにかしてあげるわよ?」
問題はシルバー・シーゲイツだけでなく水圧もあると気づき頭を悩ませだした瞬間、海の魔人は軽い口調でそんなことを言い出した。
流石は海とつく魔人というだけのことはあるのか、水圧など全く意に返さないらしい。
「たださすがのわたくしでも、水圧操作をしながらシルバー・シーゲイツを相手するのは無理ですわ」
「やはりあやつがおる限りは厳しいの……」
「いや、待ってくれ。水圧さえ問題無いなら、海ワニは俺がどうにかするよ」
「どうにかって、一体何をする気じゃ?お主は食われかけてこんな海の底まで来たというのに、まだ立ち向かうというのか?」
「ああ、食われたことも海の底まで来たことも、俺にとっては恐怖でも何でもねぇよ。1度来れたんだから帰ることだって出来るはずだからな」
シルバー・シーゲイツに関しては面倒な存在だとは思っているが、正直怖いとは思っていない。
食べられたとはいえ、消化されることも殺されることも無くただ海底に捨てられただけなのだから、俺の体質が効いていることは間違いないのだ。
だからそこを上手く利用すれば、地上へ帰る手立ても見つかる可能性はある。
俺からしてみれば、海ワニよりも魚人族達の方が100倍怖かった。
「なんと無茶苦茶な……、一体何がお主をそこまで突き動かすのじゃ?」
「ただ友達を助けたいだけだ。別に大したことじゃねぇよ」
向こうの世界ではほとんど友達のいなかった俺にとって、こんな見ず知らずの世界で知り合えた大切な友達の苦しむ顔を俺は見たくない。
だから俺はただがむしゃらに、今やれることを全力でやる。それだけだ。
「ふふ、心底信じられないって顔をしてますわよ族長」
「ほっほ、そりゃそうじゃろう。ワシら魚人族ですらあのバケモノには近寄りたくないというのに、友を救いたいというただそれだけの為に動くとはの……」
「そうですわね。しかも彼が救いたいのは、同種である人間ではなく獣人族だそうですわよ」
「なっ……!ほ、本当に不思議な人間じゃ。人間はワシらを獲物か何かとしか見ていないと思っておったが、そんな心を持つ人間も居るのじゃの」
海の魔人と魔眼の老人は何やら俺のことを勝手に解釈して話だしたが、別に俺はそこまで大した人間じゃないんだがな。
まぁそんなことよりも今は、この海底洞窟を脱出することだけを考えることにしよう。
「海の魔人、助けて貰ってばかりで悪いけどもう一度俺に力を貸してくれないか?」
「安心して下さい。わたくしは元からそのつもりですわよ」
「ん?そうだったのか?まぁいいや、助かるよ」
海の魔人に脱出の為の助力を頼むとすんなりと受け入れてくれた。
他の魔人達は面倒な奴らばっかりだったのもあり、もっと手こずるかと思ったが、意外とすんなりと受け入れてもらえて拍子抜けだ。
ただそれは俺にとっては願ってもないことなので、細かいことは気にせずありがたく受け取っておこう。
「それじゃ早速この洞窟出口を教えてくれ!」
「えぇ、任せて下さい」
「待つんじゃお主ら!」
海の魔人の案内のもと、早速洞窟の出口へ向かおうとしたが、なぜか魔眼の老人に止められた。
「何だよじいさん。話なら今度ゆっくりするから、悪いけど今は行かしてくれ」
「いや、そうではない。お主らにワシも同行させてほしいんじゃ」
「え?」
「ちょっ、族長!どういうことですか!?」
「おいオヤジ!何言ってんだよ!?」
魔眼の老人の突然の申し出に、俺だけでなく同族である魚人族達も心底驚いている。
急に周囲が慌ただしく騒ぎだした。
「何とはなんじゃ、お前は何も感じなかったのか?人間である彼が獣人族を友と言い、命をかけて救わんと行動しているというのに、亜種族であるワシらが黙って見ていてどうする!?」
「うっ……」
魔眼の老人のよく通る一言は、声量は小さいはずなのに洞窟内に響き渡った。
その言葉を聞いて魚人族達は、居心地が悪そうに気まずげな表情になりだす。
別に俺は俺の好きでやってることだから、引き合いに出されても困るのだが、この雰囲気でそんな水を差す勇気は残念ながら無い。
今は見守るしか選択肢は無いようだ。
「同族が危機に晒されてておるというの見捨てるなんて、ワシはそこまで性根が腐ったつもりは無い!お主らよ、誰がなんと言おうとワシはついて行くぞ!」
「へっ、じいさんの割に中々元気だな。それじゃ手伝ってくれ!」
「うむ、ワシの名はゲドじゃ。よろしく頼むぞ」
「俺は灯だ。こっちこそ力を貸してくれてありがとうな」
魔眼の老人ゲドが片手を前に差し出してきたので、俺はその手をがっちりと握る。
すると横から俺たちの手を取るもう1つの手が現れた。
誰の手かと思ってそちらに目をやると、なんとあの俺に槍を突き出してきた筋骨隆々の魚人族だったのだ。
「お前達!族長が行くってのに、俺達だけ留守番してる訳にはいかないぞ!魚人族の総戦力をもって、亜種族である獣人族救うぞ!」
「「「おおぉー!」」」
筋骨隆々の魚人族が俺とゲドの腕を高らかと挙げそう宣言すると、魚人族達も一斉に己の持つ槍を天に掲げ雄叫びを上げた。
「えぇ……、一体どうなってるんだ」
俺はただ一刻も早く地上に戻りたかっただけなのに、気がつけば魚人族の大軍を率いて向かうことになってしまった。何故こうなったのだろうか。
ともかくこうして俺はようやく地上へ帰る手立てを見つけたのだった。
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