4章 6. サンダーウルフ
隠れて盗み聞きをするつもりだったが、残念ながら奴らには既にバレていたらしい。
しかも俺達の裏に部下まで潜ませていたようで、いつの間にか囲まれている。
この用意周到さ、まるで予め俺達が来るのを分かっていたかのようだ。
「残念ながら、貴様らがこの港の情報収集をしていたことは、すでに俺達の耳に入ってるんだよ。何が狙いか知らないが密輸について探っていたらしいな。だからここで堂々と取引をしていればホイホイ集まってくると思ったんだが、見事に予想通りだったな」
リーダーの男は高笑いを上げながら、俺達を指さしてくる。
どうやら、こんなわかりやすい所で取り引きをしていたのは、最初からここに俺達をおびき寄せる為の罠だったようだ。
「時間が無かったとはいえ、迂闊だったか……!」
身を隠して上手く事を運ばせようとしたが、結局全部無意味だったという訳だ。
だが、それでも人攫い連中の1人を見つけられたのだから、それだけで良しとしよう。
「くくっ、お前はなかなか珍しい魔道具を持ってるみたいだからなぁ。それ全て置いて行ったら見逃してやってもいいぞ?」
「冗談言うな。これは誰にも渡す気はねぇよ」
「そうか、ならば仕方ないな……。奴らを取り押さえろぉ!」
「「「ショックバーナー!」」」
背後を取り囲んでいる無数の魔法使い達は、下にいるリーダーの命令で一斉に魔法を放ってきた。
彼らの持つ杖の先端から赤い火花が散り、一直線に俺達を襲う。
やはり戦闘は避けられないようだ。
「クウ、頼むぞ!」
「クウー!」
俺は咄嗟にクウを呼び出し、ギリギリのところで迫り来る魔法全てを防ぎきった。
だがこのまま囲まれていては分が悪い。どうにかしてこの包囲網を突破しなければ。
「ダーリン、私達がやっちゃっていい?」
「いつでもいける」
「待て、お前達の力は強過ぎるから周りの被害も大きくなる。出来るだけ被害は最小限に抑えたい!」
「ぐっ、じゃあどうするのよ!」
俺達が会話をしている間にも、魔法使い達は攻撃の手を緩めはしない。
絶え間なく続く魔法の雨をどうにか防ぎつつ、シンリーは俺に詰め寄ってくる。
彼女もこの状況にはだいぶ頭にきているようだ。
「もう少し待ってろ!そろそろ来るはず――」
「ピイィー!」
「来たか!」
防戦一方で攻撃に転じなかったのは、ライチが戻ってくるのを待つためだ。
ライチにはプルムの運搬を任せていた為離れていたが、モンスターリングのおかげで近づいてきているのは分かっていた。
ライチの電撃ならこの状況を一瞬で打開出来る。だからこそ俺は待っていたのだ。
「ライチ、こいつら全員行動不能になるまで感電させろ!」
「ピイィー!(了解です!)」
ライチは高らかに鳴き声を上げると、全身から雷を迸らせ、落雷の雨を降らせた。
その雷の1本1本は正確に魔法使い達を貫き、次々と倒していく。
挟み撃ちをして裏を取ったかと思っていたら、更に裏からの奇襲を受け魔法使い達は反応出来ず、あっという間に数を減らしていった。
何人かはライチの存在に気づき盾を張ることで防いだが、もう残りは数人だけだ。
「なるほどね、ライチを待っていたってわけ?」
「ああ、ライチの能力は集団戦でこそ真価を発揮するからな」
「ぬぐっ、くそ、一瞬で部下達がやられるとは……!」
リーダーの男もさっきまでの余裕な笑は消え、明らかに焦りが見える。
俺達が隠れていたことを見破られた時は驚いたが、流石にライチの存在には気づけていなかったようだ。
「このままあいつも仕留める」
「ええ、私もやるわ!」
敵も減りチャンスとばかりにドロシーとシンリーは、リーダーの男の前へと降り立った。
「はっ、女が相手とは舐められたものだな。ツインストーンハンマー!」
ドロシー達が女だということで油断しているのか、リーダーの男は若干余裕さを取り戻しつつ、2人目掛けて魔法を放っってきた。
杖の先端に描かれた魔法陣から2本の岩が突き出し、ドロシー達を狙う。
だが、彼女達魔人を相手にそんなただの石の棒など、何の意味もない。
「ここは任せたわよ!」
「うん」
ドロシーは地面を強く踏み込むと片腕を勢いよく振り被り、同時に泥で腕を纏ったことで、巨大な拳を突き出した。
爆音と共に2本の岩とドロシーの泥の拳が激突した瞬間、辺りには泥や岩の残骸が激しく吹き飛ぶ。
後に残ったのは、飛沫した泥や、地面のいたるところに突き刺さっている石の礫だけ。当然ドロシーは無傷だ。
「なっ、何だ今の拳は!?」
リーダーの男は突然現れた巨大な泥の拳に、驚きを隠せないでいた。
だが、今は戦闘中。いちいち何か起こる度に驚いている暇はない。
シンリーは拳と岩の衝突を上手くすり抜け、既にリーダーの男の懐まで迫っていたのだ。
「はあぁ!」
シンリーは片腕を鋭い鎌に変形させ、喉元を狙って斬りつけた。
「ちいっ!プ、プロテクション!」
だが、リーダーの男は慌てつつもギリギリのところで防御魔法を展開し、鎌を防ぐことに成功した。
魔法使いのエキスパートとしての本能が、彼の窮地を救ったのだろう。
「ふっ、まだあるわよ」
ただし残念ながら防げたのは1撃目のみ。シンリーの死角からの攻撃には、流石のリーダーの男も対応出来なかった。
シンリーは鎌を振るうのと同時に地面に片足を突っ込み、地中に根を張り巡らせていたのだ。
「ぐはっ!」
地面から無数に突き出してきた木の根が、無防備なリーダーの男を急襲する。
根っこのムチの殴打によって、男は建物の壁に強く叩きつけられた。
魔法使いは1度自分の土俵に引き込めば手をつけられないほど厄介な存在ではあるが、ただしそうなる前に仕留めれば比較的驚異ではない。
「ナイスだ2人とも。こっちも終わってるぜ」
「クウ!(えっへん!)」
「ピイッ!(大したことないですね)」
残りの魔法使い達も、ドロシーとシンリーが戦っている間にクウとライチが仕留めていた。
2匹のコンビネーションの前では、彼らなど相手にもならない。
「さて、後はこいつらを締め上げてあの子達の居場所を吐かせるだけね!」
リーダーの男やその部下を全て仕留め、シンリーも奴を捕まえようと手を伸ばす。
こんな所まで子供達を連れ去られてしまったが、これでようやく一件落着だ。
だがそう思った矢先に、新手が現れた。
「クリエイトサンダーウルフ!」
「アオオォォォン!」
どこかから魔法の呪文を唱えた声が響き渡り、その瞬間夜闇に眩く輝く巨大な閃光のオオカミが姿を現した。
オオカミはシンリーとリーダーの男の間に立つと、遠吠えを上げ臨戦態勢に入る。
「なっ、邪魔よあんた!」
「ピイィー!(雷は私の専売特許です!真似しないでください!)」
邪魔をされたことに怒るシンリーと、雷を真似されたと苛立つライチ。ライチは感情を荒らげることが少ないので、ちょっとレアだったりする。
そんな彼女達は互いに全力の一撃をオオカミ目掛けお見舞した。
シンリーの根っこのムチの連打とライチの落雷の如き突撃がオオカミを襲い、一瞬で爆散して消滅する。
流石に魔人と上級魔獣の攻撃の前では、手も足も出なかったようだ。
だが、この魔法を放った奴の狙いは俺たちに勝つことではない。
「あー!いなくなってる!」
「逃げられた」
雷のオオカミに気を取られていた隙に、リーダーの男や人攫い連中の1人には、見事に逃げられてしまったのだ。
「くそっ!これが狙いだったのか!」
せっかく見つけた手がかりをみすみす逃がしてしまうという失態に、俺は苛立ちを隠せないでいる。
でも、何もかも悪いことが起きている訳ではなかった。
俺はプルムから、何か新たな知らせはないかと慌ててモンスターリングに目を向けると、なんと1箇所だけ新たな反応があったのだ。
「まだだ、プルムがまたなにか見つけたらしい!すぐそこに向かうぞ!」
「うん」
「分かったわ!」
その場所は町の正門。
奴らがそこを通って逃げている可能性もあるので、俺達は急いでライチの背に飛び乗り、全速力で向かう。
「頼むぞライチ!」
「ピイッ!(お任せ下さい!)」
ライチの力強い羽ばたきで、俺達は正門へと急行した。
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