4章 4.帝国の一団
町に入ってから早速変な連中に絡まれたが、そんなものは既に過去の出来事。
ドロシーとシンリーはもうそのことは記憶にないようで、目の前の料理に夢中だ。
「いただきまーす!」
俺達は今、海鮮料理の専門店に来ている。
目の前の豪勢な料理を前にドロシーはもう我慢も限界のようで、目を血走らせながら口にかきこんでいた。
折角の海鮮料理なのだから、もっと味わって食べればいいものを。
「へぇー、色んな魚料理があるのね」
「俺も魚料理は久しぶりだな」
元の世界では焼き魚や煮付け、刺身などはよく食べていたが、思えばこの世界に来てからめっきり魚料理を食べなくなっていた。
「ダーリンは魚料理が好きなの?」
「まあな、これでも一応日本人だから」
「日本、人?ふーん、そうなんだ……」
浮かれてしまっていたのか、うっかり日本人なんて言ってしまった。
シンリーも聞きなれない単語に一瞬キョトンとしていたが、そんなことはどうでもいいかという感じで小さく笑っている。
もしや何か企んでいるのだろうか。特に咎めるつもりはないが、面倒事だけは勘弁だぞ。
「ご主人様ご主人様!見てこの鍋!魚の顔が入ってる!」
「ほー、姿煮みたいなもんか?ってか、お前少し落ち着けよ。口周り食べかすだらけだぞ」
「そんなの気にしてる暇ない!」
ドロシーの口周りには魚の骨やら身やらが沢山付いていたので、ただそのことを指摘しただけなのに、なぜか逆ギレされてしまった。
どんだけ食べるのに忙しいんだよ。
「ダーリン私達も早く食べましょ!」
「そうだな、このままじゃ全部ドロシーに食われちまう」
シンリーに促されて、ようやく俺も料理に手をつけ始める。
そこからは、懐かしい魚料理に喉をうならせながら、ドロシーに平らげられる前に食べなければという、慌ただしい食事となってその日は終わった。
――
翌日、久しぶりに宿屋に泊まり、俺はベッドで目覚めることが出来た。
サラジウムにいた頃は馬車の中で寝ていたし、旅中は地面に雑魚寝だったから、久しぶりに寝覚めがいい。
この世界に来てから本当に慌ただしい生活が続いているから、そろそろ本当にゆっくりしたいものだ。
「子供達を助け出したら、獣人族達の島へ行ってみるか」
「クウー?(あれ?灯は?)」
そんなことを考えていると、クウが寝ぼけながら起きてきた。
まだ意識がハッキリとしていないようで、寝ぼけ眼で俺を探している。
「おはようクウ、俺はこっちだぞ」
「クウー(あー、灯いたー)」
クウは俺を見つけると嬉しそうに目を細めて、ふらふらと飛んで抱きついてきた。
相変わらずふさふさで温かくて、抱き心地は最高だ。
「今日から子供達を助けるために色々と動くからな。頑張るぞ!」
「クウー!(うん、頑張るー!)」
人攫い連中が通常通りの移動方法をとっているなら、この港町へ着くのは後3日、早くても2日はかかるはずだ。
それまでに俺達はこの港町を調査し、奴らの逃げ道を探って先回りし、確実に仕留める。
その為にはのんびりしている時間なんてない。
「よし、やるぞ!」
俺は両頬を力強く叩き、まだ寝ぼけている意識を完全に覚ますと、そのままの勢いで未だ惰眠をむさぼっているドロシー達を叩き起しに行った。
そして2人を引っ張って向かう先は貿易港、帝国の船が多く並ぶ国と国の境目だ。
「わぁー、船がいっぱい」
「ほんと、どれもおっきいわねー」
さっきまで寝起きで不機嫌だったドロシーとシンリーも、そのあまりの船の大きさに度肝を抜かれている。
まぁかく言う俺も、この船には驚きを隠せないでいるのだが。
元々俺が暮らしていた所は海が無く、船というものに馴染みがなかったのもあるが、それでもこの光景は壮観だった。
この世界に来てから、俺は本当の意味で世界の広さを身に染みて何度も痛感している。
「さ、いつまでも眺めてないで情報を集めるぞ」
「「はーい」」
いくら船の数と大きさに驚いているからといって、いつまでもそうしている訳にはいかない。
いい加減本来の目的を果たさなければ。
「それでまずはどうするの?」
「そうだな、まずは帝国っぽい船を探して色々話を聞いてみようぜ」
大見得を切って待ち構えるとか言ってはいるが、実際に何をすればいいのか分からないので、とりあえず人に話を聞くことにした。
情報を集めないことには何も始まらないからな。
そんなことを考えながら歩いていると、魔法使いの多く乗る真っ赤な船を見つけた。帝国は魔法の技術が高く、優秀な魔法使いが多いので恐らくこの船は帝国の者だろう。
「こんにちわー。今ちょっといいですか?」
「ん?なんだ坊主達は」
「観光でこの町に来てるんですが、たまたま優秀そうな魔法使いがたくさんいるのが見えたもんで、もしかして帝国の方々ですか?」
「ほぉ、なかなか目の付け所がいいじゃないか。ああ、我々は帝国の一団だよ」
あたりさわりのない挨拶をしてみたが、やはり俺の見立て通り彼らは帝国の人間だった。
そして港で積み荷の指揮をとっていたこの人は、この船のリーダー的な立場の人間なのだろう。
「へぇ―やっぱり、お目当ては魔道具ですか?」
「まあな、この国には質のいい魔道具がそろっていていつも助かっているよ」
「いつもということは、この港へはよく来るんですね」
「今回で8回目の航海かな。もう慣れたもんだよ」
無難に会話を進めていきつつ、早速当たりを引いたようだ。8回目ともなればかなりのベテランだろうし、密輸についても何か知っているかもしれない。
どうにかして、そのことをうまく聞き出せればいいのだが。
「なぁ、それよりお前、それどうしたんだよ?」
「え?」
「それだよそれ、面白い魔道具持ってるじゃねえか」
男はそう言うと、俺の首に下げているモンスターボックスを指さしてきた。
「ああ、これは珍しいかもしれないけど、俺しか使えないから大した価値はないですよ」
「へぇ、そりゃ残念だ」
男はそう言うとあきらめたように肩をすくめた。だが、その目は未だモンスターボックスに向いており、全く諦めている気配がない。
俺もまさか自分の持っているものに目を付けられるとは思わなかったので、少し油断していた。
上手く切り返せたとは思うが、この男には怪しまれたかもしれない。
この場はひとまず引いた方がよさそうだ。
「それじゃあ、俺達はもう行きますね」
「ああ、またな坊主達」
少し無理矢理感はあったが、これ以上何かを探られるのも面倒なので俺達はすぐさまその場を後にした。
「ご主人様、もっと話聞かなくてよかったの?」
「そうよ、もう少しで色々と聞き出せそうだったのに」
「ああ、もう少し聞いても良かったが、変に目を着けられても面倒だからな。次行くぞ次!」
「はーい」
「分かった」
ドロシーとシンリ―は少し不満そうだったが、おとなしくついて来てくれた。
その後も港で作業をしている人や、近くの料亭や出店、酒場で情報収集を行うことで、この港町のおおよその情報を手に入れることに成功した。
――
灯達が去った後、船で積み荷の作業をしていた男は船から降り、先程まで灯と話していた男のもとへ駆け寄ってきた。
「団長―、さっきの連中何者なんすか?」
「別に何でもねぇよ。とっとと作業進めろ!」
「へーい」
団長と呼ばれたその男はそう言って部下を軽くあしらったが、彼は灯の去った方向を見つめながら不敵に微笑んでいた。
「へへっ、こりゃ国に帰る前にいい手土産が出来そうだぜ」
男の目には怪しい光が灯り、唇を舐めながらより一層醜い笑みを浮かべていた。
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