3章 10. 魔獣ホイホイ作戦

 入念な準備を終えて、俺達はとうとう広大な砂漠の地へと足を踏み入れた。


 地平線のどこまでも続く砂漠の海。このどこかにマイラの故郷があるのだ。




「まずは砂漠の移動が得意な魔獣を探さないとな」




 カンカンの日照りの中、額に汗を滲ませながら砂漠に目を凝らす。


 早々にグラス達の代わりの魔獣を見つけないと、3匹とも暑さでダウンしてしまう。


 今はドロシーの泥とシンリーの草葉のお陰でどうにか凌げているが、これもそう長くはもたないだろうからな。




「ご主人様、どうやって見つけるの?」




「図鑑には砂漠に生息する魔獣の情報がほとんどないんだ。だから、最悪ライチの背に乗って空から探してみるよ」




「あら、それじゃ何が出てくるか分からないってこと?」




「そういうことだ」




 リベンダで購入していた図鑑には、ハクラン山脈や渓谷の魔獣の情報は多く載っている。


 が、しかしそこから先にある砂漠に生息する魔獣の情報は、ほとんどないのだ。


 元々イレギュラーな順路であるから、それも仕方が無いのだろうが。




「ったく、なんでライノさんはこんな道を勧めたんだ?」




 ここまでは順調に来れたが、いくら近道だからと言っても、これじゃあいきあたりばったりすぎる。




 なんて愚痴を言っていても仕方がない。


 これ以上砂漠と睨めっこしていても、無駄に時間を浪費するだけだ。そろそろ何かしらアクションを起こそう。




「まずは砂漠にはどういう生き物がいるかを考えるか」




 俺のいた世界の砂漠の生き物といえば、やはりラクダがまず最初に思いつく。


 コブに水分を蓄えることで、過酷な環境の中でも長時間の移動が可能な砂漠の馬。


 それに似た生態の者も必ずいるはずで、俺の狙いは正にそういった魔獣だ。


 次に思いつくのはヘビやトカゲ等の爬虫類達だ。彼らは日光浴を行い体温調節をする。


 この世界でも恐らくそういった魔獣はいるだろう。それもアオガネに似た特大な奴らが。


 後は地中に生息するワーム的な虫等がいるかもしれないが、馬車を引くには向かないので今回はスルーだ。




「よし、狙い目はラクダか爬虫類だな。ライチ、乗せてくれ!」




「ピイィー!」




 俺は馬車の上空を飛ぶライチを呼んで、背中に飛び乗った。




「あっつ!」




「ピィ?」




 だが、ライチの真っ黒な羽毛は、太陽の光に照らされて鉄板のように熱くなっていた。


 これではとても乗っていられない。




「シンリー、草敷いてくれ!」




「任せて!」




 慌てて俺はシンリーに、ライチの背に草を敷いてもらう。


 巨大でみずみずしい1枚の葉を敷いてもらったことで、ライチの熱も多少はマシになった。


 本当はそこから更にドロシーに泥を塗ってもらいたいところなのだが、そうすると羽に泥が付着して飛べなくなるのでそれはしない。




「ありがとうシンリー、しばらく馬車の操縦は任せたぞ」




「ええ、ダーリンも気をつけてね」




「ドロシーももしもの時は頼んだぞ」




「うん」




 ライチに乗るのは俺だけで、ドロシー達とはしばらく離れることになる。


 だからいざと言う時対応してもらう為に、警戒を強めてもらう。


 魔人はなまじ力が強いだけに、警戒心がほとんどないからな。


 ドロシーなんか凄くいい例だ。昼寝してたら奴隷にされたんだから。




「さぁライチ、俺達は砂漠の魔獣を探しに行くぞ!」




「ピイィー!」




 ドロシー達に馬車を任せ、俺とライチは空中を飛び魔獣探しへと出かけた。




「ライチ、なるべく低空飛行で頼む」




「ピイッ!」




 今回俺は魔獣を探すにあたって、ある作戦を用意していた。


 それは、ライチに低空で飛行してもらい、俺の体質で魔獣を惹きつけるというものだ。


 天高くを飛んで下を見渡しても、別に俺は鷹の目を持っているわけでもあるまいし、どこに何があるのかなんて分かるわけもない。




 しかし俺には魔獣を惹き付けるという体質がある。ならばそれを利用しない手はない。


 という訳で、ライチには低めに飛んでもらい、手当たり次第に魔獣を呼び寄せるという作戦にしたのだ。


 名ずけて「魔獣ホイホイ作戦」!




 うん、ダサいな。




「ピイッ!」




「っと、早速来たか!」




 そんな余計なことを考えてる間に、早速最初の魔獣が連れたようだ。


 地中から勢いよく砂を巻き上げて現れたのは、赤黒いぶにぶにとした皮膚の巨大なワーム。


 馬車を引くには荷が重いと考えていた魔獣だった。




「こいつじゃ無理だな。ライチ離脱してくれ!」




「ピイィー!」




 地中からは5匹ほどのワームが現れたが、地面を這うことしかできない芋虫では、空を翔けるライチには追いつけず簡単に切り離せた。


 無駄な殺生はしたくないので、目当ての魔獣でなければこうして逃げるのみだ。




「やっぱ地中にはああいう魔獣がいたんだな」




「ピイー」




「よし、予想は当たってる。これならラクダか爬虫類と出会う未来もそう遠くないぞ!」




「ピイー!」




 想定していた通り、魔獣を俺の体質で誘き寄せる作戦は成功だ。


 後はひたすらこれを続けて当たりを引くのみ。


 新しい仲間を見つけるのも、時間の問題だろう。


 そう、甘い考えを持ちながら、俺はライチの背に乗りひたすら空を舞った。














 ――












 ライチと共に魔獣を探し初めてから、すでに5時間が経過した。


 砂漠の砂は夕日を浴びて真っ赤に染まっている。


 このままいけば後30分程で夜になってしまう。


 だと言うのに、未だに目当ての魔獣は見つかっていない。


 それどころか、数時間探し回っても出会えるのはワームばかりで、他の魔獣など影1つ見えなかった。




「まずいな、もうすぐ気温が変わるから馬車に戻らなきゃ行けないってのに……」




「ピィー……」




 想定とおおきく外れた事態に、俺もかなり焦ってきている。


 そんな俺の不安を感じ取ったのか、心無しかライチも心配そうな鳴き声をあげた。




「大丈夫だこらそんな心配すんなよ」




「ピイィー」




 ライチを不安にさせる訳にもいかないので、問題無いように振る舞うが、実際魔獣が見つからないというのは非常にまずい。


 グラス達が砂漠を歩けるのは1日が限度だろうし、明日から俺達は広大な砂の海の上で、身動き1つ取れなくなる。


 そうなると最悪の場合馬車を捨てて移動することになるが、平凡な高校だった俺が砂漠を踏破出来るわけもない。


 このまま行くと俺達は砂漠で野垂れ死にになる。それだけはどうにかして避けなければ。




「ライチ、こうなったら一か八かお前の野生の勘を頼りに魔獣を見つけるんだ!」




「ピ、ピイッ!?」




 俺の提案にライチは驚きの声を上げる。


 だが、俺の作戦は上手くいかなかったのだ。ならば別の手段に出るしかないのだが、打てる手もそう多くはない。


 ならばここは、天高くから渓谷の古竜を餌にしていた、ライチの野生の力にかけてみるのも悪くないだろう。




「頼むライチ、後はお前の勘が頼りなんだ!」




「ピ……、ピイィー!」




 俺の必死の懇願に、一瞬悩んだライチも意を決したのか、雷鳴が轟くほどの甲高い鳴き声をあげた。


 ライチの気合いは十分。これなら上手くいくかもしれない。


 そう思った瞬間、俺の視点はグルンと目まぐるしく変わった。




「は……?」




「ピイィー!」




 気づいた時には、いつの間にかライチは天高く空を舞っていた。


 背に乗っていた俺を振り落とさないよう細心の注意を払いながら、電光石火の速さで雲の上まで来ていたのだ。




「ちょっ、ライチさん!?これはやりすぎ――」




「ピイィィーーー!」




 俺の悲痛な叫びは、ライチの甲高い鳴き声で見事に掻き消されてしまった。


 そしてその声に呼応するように、周囲の雲から雷が迸り、ライチの体を貫いた。


 避雷針でもあるのか、俺には一切電流が流れてこないが、ライチの体は雷を浴びる度に見る見るうちに青白い輝きを纏っていく。


 やがて雷が鳴り止んだ頃には、ライチの真っ黒い羽毛はどこへやら、今では青い輝きを放つ雷鳥へと変化していた。




「ピイッ!」




「ま、まさかライチさん……、このまま雷みたいに落ちたりはしないですよね……?」




 恐怖で口が上手く回らず、震えながらもそう尋ねたがライチは何も言わない。


 その代わり首を回らせ、何故か満面の笑みで俺を見てきた。


 その笑顔の意味することは明白である。




「ピイィィィ!」




「やっぱ落ちるのかぁぁぁぁぁ!」




 俺の願いも虚しく、ライチは一直線に砂漠目がけ落雷の如く体を急降下させた。


 俺の人生史上1番の恐怖体験である。


 しかし、苦労の甲斐もあってか、結果的に魔獣を見つけることには成功した。


 ライチの落下した先にいたのは、数十匹の巨大サソリ型魔獣と、それに囲まれて怯えて縮こまっている子ケルベロスであった。


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