3章 11. 神話に出てくる怪物

 無数の巨大サソリが取り囲む中にいるのは、1匹の小さな犬であった。


 それも普通の犬ではない。3つの頭を持つ3頭狼・ケルベロスだ。


 ただ、いくら珍しい魔獣とは言えまだ子供。サソリにやられたのか、紫に近い紺色の体毛は所々傷つき血が流れ、その表情は明らかに怯えている。


 もしかしたらサソリの毒を貰っているかもしれない。




「このまま放っておいたら、あのケルベロスは食われるな」




 ライチの超高速飛行という、どんな絶叫マシンよりも恐ろしい恐怖体験をしてまで辿り着いたのだ。


 そう簡単に無駄に出来るわけもない。


 それにケルベロスという魔獣には、少し気になることもあるしな。


 現在サソリ達も子ケルベロスも、突然天から落雷になって落ちてきた俺達に釘付けになっている。




「今がチャンスだな。行くぞライチ!」




「ピイッ!」




 ライチに声をかけた俺は、背中から飛び下りて真横へと走りだす。


 あの子ケルベロスは救いたいが、だからといって別にサソリに恨みがある訳でもない。


 だから無駄に倒さない為にも、俺が目立つ動きをしてサソリの注意を引き、その隙にライチに子ケルベロスを救出してもらう。




「ギギィッ!」




「ギギギッ!」




「よし、予定通りだ……!」




 想定通り、俺の動きに合わせてサソリ達がついてきた。


 彼らはもう既に子ケルベロスなど眼中に無く、俺を追うことに必死になっている。


 何だかここ最近は、自分の体質の使い方が上手くなってきた気がする。


 まぁ生まれてから16年間付き合ってきたものなのだから、いい加減慣れてきてもおかしくはないんだけど。




「ライチ!今のうちにケルベロスを連れ出せ!」




「ピイィー!」




 気づけばもう子ケルベロスの周りからサソリはいなくなっていたので、その隙にライチに救出を任せる。


 ライチは俺の指示に従い、羽ばたき1つで子ケルベロスの目の前まで移動し、足でがっちり体を掴んで上空に避難した。


 が、しかしここで計算外のことが2つ起こる。


 まず、ライチが子ケルベロスを救い出した後、自分がどうやって逃げるかを考えていなかった。


 そしてもう1つは、サソリ達が以前のマッシュベアの時と同じく、荒っぽい性格でエゴイスティックな魔獣だったことだ。




「し、しまった……!」




「ギギッ!」




 砂漠に慣れておらず砂に足を取られてもたついている俺に対し、サソリ達は地の利がある様で一瞬にして周囲を囲まれた。


 360度黒光りする甲殻類が、ガシガシとハサミを鳴らしながらじりじりと迫ってくる。


 ライチに助けを求めようにも、今は子ケルベロスを助け出したばかりで、上空にいるので間に合わない。


 気づけば見事に俺とケルベロスの子の立ち位置が反転していた。




「ギギィッ!」




「こ、これじゃ意味ねーじゃん……」




 恐らく殺されることは無いと思う。


 しかし彼らにそのつもりが無くとも、力加減を間違えてうっかりという線は捨てきれない。


 例えば人間とクマがじゃれあっていたとして、クマは遊びのつもりで引っ掻いただけのつもりでも、その一撃で人間は死ぬ。


 このサソリ達は体が大きく、その上で全身がトゲトゲしいので、抱きつかれただけで重症だ。


 どうにかして、この状況を切り抜けねば。




「くそっ、こうなったらアオガネを呼ぶか?もうだいぶ日も落ちてきたし、この気温なら――」




「バオォォォッ!」




 それはアオガネを呼び出そうと、俺がモンスターボックスに手をかけた瞬間だった


 どこからか得体の知れない咆哮が轟き、それと同時に周囲を囲んでいたサソリの一部が爆炎で炭と化したのだ。




「な、何が……」




 状況が飲み込めず放心していると、サソリ達は自らの危機を察知したのか、蜘蛛の子を散らすように爆炎残り火の方向を避けて霧散していった。


 そしてサソリ達と入れ替わるように、揺らめく炎の奥から爆炎を放った正体が、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


 その影は2つ。


 一方は、四足歩行で首長の竜。ただしその首の数は9つもあり、9本の首が右往左往と統一感なく動いて、不気味さを醸し出している。


 そしてもう一方は、長い髪を無造作に垂らした女性だった。ただしそれも上半身までで、下半身はアオガネ並の極太の大蛇となっている。




「な、何者か存じませんが助かりました。ありがとうございま――」




「黙りなさい人間!」




「え……」




 得体はしれないが、でも助けてくれたことには変わりないと思い、お礼を言おうとした。


 しかし、それも下半身がヘビの女性の叱責によって遮られる。


 やがてハッキリと氷上が分かるくらいの距離に近づいた所で、その表情が怒りに彩られていることに気がついた。


 横にいる9頭竜も、口から火花を散らして威嚇してくる。さっきの爆炎を放ったのもこの竜だろう。


 明らかな敵意を向けられ、俺は驚きで声も出なかった。




「あなたがあのトリの主ね。よくもあそこまで傷つけて……!早く私の子を返しなさい!」




「鳥?子?い、いや、一体何のことだかさっぱり……」




「そう、痛い目にあいたいみたいね」




 下半身ヘビ女は、俺の話を聞く気が全くないようでスルスルと尻尾を俺の体に巻きつけてきた。


 このままだと俺は絞め殺されることになる。




「お、おい!ちょっと待て……って、あれ?」




「お、おかしいわ……、どうしてよ?絞めようとしてるのに全く力が入らない……!」




 俺は下半身ヘビ女に絞められるかと思ったが、結局体を撫でられるだけに終わり、ついぞ痛みを感じることは無かった。


 どうやら、彼女にも俺の体質の影響が出ているらしい。




「ピイィー!」




 そんなことをやっているうちに、サソリもいなくなりライチが空から下りてきた。


 ケルベロスの子も無事なようで、一応は一安心だ。




「ケルベロスちゃん!」




「うおっ、と」




 ライチが下りてきたことに気づいたヘビ女は、俺を振り払って一心不乱に、子ケルベロスに駆け寄りだした。


 どうやらあの子ケルベロスは、彼女達の仲間だったようだ。


 9頭竜は未だ動かず俺を見ているが、もう火花は散らしていない。


 こっちにもしっかり体質の影響は出ているようだ。




「ああ、こんなに傷だらけにされて……、全部この人間とトリがやったのね?待ってなさい、直ぐに懲らしめてあげるから!」




「俺達は何もしてないぞ!」




「嘘おっしゃい!そのトリが私のケルベロスちゃんを連れ去るのを見てたのよ!」




「バウッ!」




 相変わらずこのヘビ女は人の話を全く聞かない。


 また言い合いになるかと思ったが、その時子ケルベロスが彼女の腕を振り払って、俺を庇うように立ち塞がった。


 傷だらけで弱ってはいるが、それでもその堂々とした立ち姿に、ヘビ女も思わず言葉が出ないといった様子だ。




「ほ、ほんとに?その人間とトリはあなたを助けてくれたの?」




「バウッ!」




 違った。俺には分からないだけで、子ケルベロスとヘビ女はちゃんと会話をしていた。


 どうやら子ケルベロスが、俺達のことを弁明してくれているみたいだ。


 これでようやく誤解も解けるだろう。














 ――












 その後、事の顛末を細かく伝えたことで、ようやく俺達への疑いを晴らすことが出来た。




「なーんだそうだったのね。てっきり私はあなた達がうちの子を虐めてたのかと思っちゃって」




「ちゃんと人の話は聞いてくれよ……」




 どうやらあの子ケルベロスは、このヘビ女の子供だったようで、息子を傷つけられて怒っていたのだそうだ。




「それじゃ改めて自己紹介するわね。私はエキドナでこっちはヒュドラ、その子達の母親よ。よろしくね!」




「エキドナね……。俺は灯、こっちはサンダーバードのライチだ。こちらこそよろしく」




 エキドナ。その名前は俺の世界でも聞いたことがある。


 上半身が女性で下半身がヘビの神話に出てくる怪物で、ケルベロスやヒュドラ、そしてキマイラの産みの親だ。


 神話通りなら、ようやくマイラの家族に巡り会えたという訳になる。


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