2章 37. あの女とはどういう関係なのよ!?

 新たにシンリーを仲間に加えて、俺達は街へと戻ってきた。


 イルから預かっていたハチの魔獣は途中で返したが、別れ際妙に離れたくなさそうな態度をしていた気がする。


 怪しまれないよう、来た時と同じ森とは反対の位置にある門から戻ったので、かなり時間は掛かった。




「街に来るのも久しぶりね」




 街に入ると、シンリーは思い耽ったような顔で街を見渡していた。




「そーなのか?」




「ええ、あまり良い思い出じゃないけどね」




「そうか……。まぁこの街にはもう長居するつもりもないし、あまり深く考え過ぎるなよ」




 シンリーが過去実験に利用されたことは知っているが、だからといってその時のシンリーの気持ちが分かる訳でもない。


 こういう時、俺はあまり気の利いたことは言えないが、それでも事実だけは伝えた。




「ふふっ、分かってるわよ」




 シンリーはほんの少しだけ表情を緩めた気がした。




「よし、それじゃあまずは冒険者ギルドに行くか!森での騒動がどう纏まったか情報収集しないとな」




「分かった」




「はーい!」




 こうして俺達3人は、冒険者ギルドへと赴いた。


 今日は朝早い時間に来たので、冒険者の数はそれなりに多い。


 俺達はそんな人混みをかき分けて、取り敢えずは受付へと向かうことにした。




「おはようございます」




「おはようございます、灯さん」




 受付ではいつものお姉さんが担当していたので、挨拶も程々に森での騒動のことを聞き出した。




「昨日は魔獣が大量発生したせいで大忙しでしたが、上級冒険者の努力の甲斐もありまして、今は落ち着いております。ですので灯さんももう森に出ても大丈夫ですよ」




「そうでしたか、情報ありがとうございます。でも今日は念の為休みにしておきますね」




「はい、分かりました。ではまた何かあればお越しください」




 受付のお姉さんの話だと、もう森はいつも通りに戻ったから、問題は無いということだった。


 まぁ実際イル達も大人しくしてるから、魔獣の大量発生も無くなったのだろう。


 しかし、冒険者達には悪いけど俺はイル達の方が心配だな。


 相当仲間もやられただろうし。




「灯君―、おはよう!」




 イル達のことについて色々と考えていると、後ろから声をかけられた。


 慌てて振り返ると、そこにいたのはティシャさんだった。




「あ、おはようございますティシャさん」




「ねぇー、聞いてよー。昨日はちょー忙しかったんだよー」




 ティシャさんは顔にクマを作っており、かなり疲労が溜まっている雰囲気だった。




「魔獣の大量発生ですもんね。俺は緑階級なんで森には行けませんでしたが、そんなに多かったんですか?」




「多かった何てものじゃないわよ!倒しても倒してもキリがないの。もう永遠に続くんじゃないかと思ったわ……」




「はは、それはお疲れ様です……」




「うん、ありがとう。さっき討伐の報告を終わらせたから、今日はもうゆっくり休むわ」




 話を聞く限りだと、どうやらティシャさんは徹夜で魔獣と戦っていたようだ。


 そりゃ疲労も溜まるだろう。今日はたっぷり休んでほしい。


 と、そこでティシャさんはシンリーの存在に気づいた。




「あれ、灯君仲間増えたの?随分と可愛い子ね〜」




 可愛い子と言われた瞬間、シンリーは鋭い眼光でティシャさんを睨みつけた。




「私は子どもじゃないわよ!」




「え、そうだったの?ごめんなさいね……」




 ティシャさんはシンリーの迫力に気圧され、驚きつつも謝った。




「おいシンリー、少し落ち着けって――」




「だいたいさっきから馴れ馴れしくしてるけど、私のダーリンとどういう関係なわけ!?」




「え?ダーリン?」




「ちょっ!人前で大きい声でそれはやめ――」




 ティシャさんは、シンリーが突然俺のことをダーリンと呼び出したことに驚き、間の抜けたような顔をしていた。


 俺はもうダーリンと呼ばれることは諦めている。


 しかし、流石にこんな人の多い所で大声で言うのはやめてほしかったが、シンリーは止まらない。




「ダーリンは私のなんだから、もう近づかないでよねっ!」




「落ち着きなさい」




「痛っ!」




 シンリーが暴走し始めたところで、ドロシーが彼女の頭を殴って止めた。


 こういう時、いつも冷静なドロシーには助けられる。




「ありがとうドロシー。ティシャさんダーリンってのはこいつが勝手に言ってるだけで何も無いですから!」




「え?う、うん、そうなんだ……」




 どうにかして弁明したいが、今は人目も多くてこれ以上は無理だ。


 俺の精神がもたない。




「それじゃ、俺達はこれで!」




「わ、分かったわ、またね……」




 ティシャさんと手短に別れの挨拶を済ませ、俺達は大慌てで冒険者ギルドを後にした。


 ……もう二度とここには来れんな。














 ――












 その後は、適当な店でドロシーに大量に昼飯を奢った後、一旦宿へと戻ってきた。




「ねぇダーリン!あの女とはどういう関係なのよ!?」




 部屋に戻るとすぐ、俺はシンリーに詰め寄られた。


 その内容はティシャさんとの関係だ。




「どういうって、ただの冒険者の先輩と後輩だよ!」




「本当?本当の本当に本当なの?」




「しつこいな!本当だよ!」




「そう!よかったー!」




「俺は何もよくないけどな……」




 ようやくシンリーは納得してくれたようだが、俺の心労はかなり溜まった。


 ドロシーがいなかったら、もっと面倒なことになっていただろう。


 食費は痛いが、今回は彼女に感謝だな。




 水を飲んで一息ついていると、部屋の扉がノックされた。




「失礼します、お手紙が届いております」




「これはどうも、わざわざありがとうございます」




 俺はこの世界に知り合いも少ないので、手紙を貰う宛など限られている。


 俺は宿の人から手紙を受け取ると、早速中身を確認した。




「おっ、エルフルーラさんからだ」




 差出人はエルフルーラさんだった。


 手紙の内容を要約すると、ジェリアンの実験の裏が取れたので、イーの件も含めて話し合いがしたいとのことだ。




「よし、2人とも出掛けるぞ」




「分かった」




「はーい」




 手紙には待ち合わせの場所も記されていたので、俺達は早速そこに向かうことにする。














 ――














 待ち合わせ場所は、以前エルフルーラさんとも話したことのある、騎士団支部の応接室だった。


 支部に入る時、シンリーは嫌そうな顔をしていたから場所を変えようかと思ったが、彼女は大丈夫と言うので、そのまま入った。




「やあ灯君、1日ぶりだな」




「はい、お疲れ様ですエルフルーラさん」




「うむ、取り敢えず腰掛けてくれ」




「はい」




 俺達はエルフルーラさんに促されるまま、席へと着いた。


 エルフルーラさんも、俺達の前に手早く飲み物を用意した後、席に着く。




「今日は森の魔人も一緒なのだな」




「はい、彼女は俺の仲間になったので」




「そうだったのか」




 エルフルーラさんは、本題に入る前に雑談をしながら、飲み物を1口煽った。




「さて、ではそろそろジェリアンについての話をするか」




「はい、お願いします」




 エルフルーラさんは雰囲気を変えて、真剣な声のトーンで事件の詳細を語ってくれた。




「まず手紙でも簡単に書いたが、灯君の言う通りジェリアンは黒だった。彼の部屋には実験のレポートや、魔獣や人の死体が転がっていた。無残な光景だったよ」




「や、やはりそうでしたか……」




「……」




 シンリーは何も言わないが、歯がギリギリと擦れる音が聞こえる。


 やはりジェリアンには相当な恨みがあるのだろう。


 ここには連れてこない方が良かったかもしれない。




「シンリー、辛いなら今からでも戻るか?」




「大丈夫よ。ちゃんと知りたいからここにいるわ」




「そうか……、辛かったらいつでも言えよ?」




「ええ、ありがとう」




 エルフルーラさんは、俺達の会話が終わるのを見てから続きを話し始めた。




「調べた結果、ジェリアンの部下の騎士も数名実験に関わっていることが分かってな。全員騎士としての資格を剥奪した上で、今後厳罰に処罰されるだろう」




「そうですか、よろしくお願いします」




「うん、手厳しくお願いね!」




 シンリーは小悪魔的な笑みを浮かべて、そんなことを言っていた。


 少し怖いが、それでも笑顔が戻ったのには一安心だ。




「ふふっ、任せておけ!」




 なぜかエルフルーラさんもノリノリで、シンリーと無駄に意気投合している。


 意外な組み合わせだな。




 ともかく、彼らにどんなに罰が下されるかは分からないが、人体実験を行ったのだ。


 生易しいものでは済まないだろう。


 正直彼らの末路には興味無いが、今後似たようなことを起こさない為にも、きっちり罰してほしいと俺も思う。


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