2章 エピローグ

 ジェリアンの処遇についての話は終わり、続いてイーの今後についての話に移った。




「灯君、君から見てあのゴブリンは危険だと思うか?」




「難しいですね……、人間を恨んでる可能性は高いですが、今すぐ何かする気もないはずです」




「そうか、やはり恨んでいるか……」




「当然よ、あいつからすれば人間に良いように利用されただけだもの。むしろ恨んでいない方が不自然よ!」




 俺とエルフルーラさんが悩んでいると、シンリーが断言するようにそう言ってきた。


 彼女も人間を恨んでいるから気持ちが分かるのだろう。




「しかし、そうなると我々としては討伐隊を送らざるおえんな」




「はっ、随分と勝手な話ね。人間が生み出しておいて、その責任が取れないから処分するってことでしょ」




 シンリーは、エルフルーラさんの考えが気に入らないようだ。


 まぁ確かに人間の身勝手に魔獣を巻き込むのは、俺も気が引ける。


 イーだって好きで森を荒らした訳じゃないからな。




「討伐だけはどうにかならないんですか?」




「そうは言っても、我々も安全を守るのが任務だ。明らかな危険は放置出来んよ」




「じゃあ危険じゃなければいいんですね」




「どういうことだ?」




 エルフルーラさんがイーを危険だと思わないように、実際にその目で見て判断してもらえばいいのだ。




「決まってますよ。これからイーに会いに行くんです」














 ――












 こうして俺達は、エルフルーラさんを連れて森の中へとやってきた。


 向かう場所はイーのいるゴブリンの縄張り。


 場所はシンリーから貰ったモンスターリングのお陰ですぐに分かる。


 こうして実際に使ってみると、非常に便利な魔道具だ。




「そろそろ着きますよ」




「ああ」




 森を進んで3時間ほど経過し、俺達はイーの元へと辿り着いた。


 そこでイーは、数匹のゴブリンと輪になって何やら話し合っている様子だ。


 しかし、俺達の存在に気づいたようで、話し合いをやめて、こちらに首を向けた。




「オマエタチカ。ナンノヨウダ?」




 イーは俺たちの姿を見ても大して驚く様子もなく、急に訪ねてきた友達に話しかけるような調子だった。


 その姿にエルフルーラさんも少し驚いた顔をしている。




「この騎士さんがイーのことを知りたいらしくて、それで連れてきたんだ。悪いけど少し良いかな?」




「ソウイウコトカ。ワカッタ」




 イーに手短に説明すると、彼は嫌な顔1つせずにこちらへとやってきた。


 ゴブリンだから表情はよく分からないのだが。




「さ、エルフルーラさん。彼と色々話してみてください」




「う、うむ。分かった」




 3m近くある巨大のゴブリンが目の前にいることで、エルフルーラさんは少し警戒しつつも、イーと向き合った。




「我々騎士団は、そなたの存在をどう扱えば良いか困っていてな。こちらの仲間の不祥事で、生み出されたそなたに罪がないのは分かっているが、危険だという可能性も捨てきれないのだ」




「ソウカ……」




 エルフルーラさんは、オブラートに包むことも無く単刀直入に、イーに話をしだした。


 イー自身もその話を静かに頷きながら聞いている。




「だが、実際にこうして会ってみて分かったこともある。そなたは非常に理知的でこれまでの魔獣とは違う」




「……」




「よって、そなたさえこちらに危害を加えないと約束するのであれば、我々は暫くは様子を見ることに決めた」




「……」




 イーは何も言わないが、先程応接室で話していた時よりも、だいぶ良い方に話は転がったみたいだ。


 エルフルーラさんも実際にイーと会ってみて、考えが変わったのだろう。




「そなたの意見を聞きたい」




 エルフルーラさんがイーにそう促すと、イーはゆっくりと口を開いた。




「オレタチハ、ニンゲンニオソワレレバテイコウハスル。タダシ、コチラカラハテヲダサナイコトヲチカオウ」




「ありがとう、我々からも無闇に手を出さないよう周知させておく」




 エルフルーラさんとイーの話は、上手くまとまったみたいで安心だ。


 細かいところは今後煮詰めていけば良いだろうし、もう俺の出る幕はなさそうだな。




「私はエルフルーラだ。これから色々とよろしく頼むぞ」




「オレハイーダ。コチラコソセワニナル」




 2人はまだ少し警戒しつつも、握手をした。


 まだまだ動きはぎこちないが、それでもこれは人間と魔獣の協定のための大きな第1歩だろう。














 ――














 エルフルーラさんとイーは、今後じっくりと話し合いながら少しずつ関係を深めていくそうで、今日のところは一旦街へと戻ってきた。


 そしてエルフルーラさんとも別れて、宿へと戻って来た俺達は今後の方針を決めることとなった。




「迷いの森での騒動も治まり、森を突破する手段もシンリーからいれば問題ない。となればいよいよ俺達の次の目的は、森を抜けてマイラの故郷である砂漠地帯だ!」




「うん」




「え、砂漠に行くの?」




 ドロシーは適当な返事をくれて、シンリーには初めて話したので驚いていた。




「そうだ、元々俺達の旅の目的はマイラを故郷に送り届けることだからな」




「そうだったんだ。でも、砂漠かぁ……」




 シンリーは砂漠という単語に、露骨に嫌そうな顔をしている。


 森の魔人と言うだけあって、植物の体である彼女には砂漠はきついのか。




「シンリーは砂漠は苦手なのか?」




「ええ、砂漠は苦手よ」




「そうか、困ったな……。そうなるとシンリーには森に残ることになる」




 現実問題、砂漠が苦手な者を無理に連れていくのは危険だろう。


 シンリーには森の案内だけ頼んで、そこでお別れが1番安全かも知れないな。




「嫌よ!私も連れてって!」




 そう結論を出そうとした時、シンリーが身を乗り出して否定してきた。




「いやでも、砂漠は苦手なんだろ?なら無理はしなくても――」




「ダーリンと離れ離れになるくらいなら、日焼けくらい我慢するわ!」




「……は?日焼け?」




「そ、そうよ!日焼けが嫌だったのよ!何か文句ある!?」




 てっきり、体質的に砂漠は命の危険でもあるのかと思ったが、そういう訳では無いらしい。


 砂漠が嫌なのは日焼けが嫌だからという、ただのわがままだった。


 いや、まだそうと決まった訳では無い。もしかしたら彼女は日焼けをすると危険な体質なのかもしれない。


 元の世界でもそういう人はたまに居たからな。




「体質的に砂漠が命に関わるってんなら、無理はダメだぞ。俺だってシンリーには死んでほしくない」




「ああ、それなら大丈夫よ。砂漠でも生息可能な植物がいるくらいなのに、私がその程度で死ぬわけないわ」




「……命の心配は無いのか?」




「ダーリンが不安ならやめてもいいのよっ!」




 不安だから念の為確認すると、シンリーはウインクしながらねだってきた。


 よし、随分と余裕があるみたいだし、問題は無さそうだな。




「よし、じゃあ皆で砂漠へ向かうぞー!」




「おー」




「ちょっと!適当に流さないでよ!」




 シンリーのアプローチを軽くあしらいつつ、俺達の次の目的地は決まった。


 こうして俺達は、いよいよ本命であるマイラの故郷の砂漠地帯へ向かうこととなった。


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