2章 36. 花より団子を地で行く者
切り株の魔獣の上に乗って移動中、森の魔人に名前が欲しいと言われたので「シンリー」と命名した。
そこまではいい。
だが問題はその後だ。
彼女は俺のことをなんと呼んだ?
「えーと、さっきダーリンって聞こえた気がしたんだけど、俺の聞き間違いかな?」
もし仮にこれが俺の勘違いであれば、それに越したことはない。
というか無視そうであって欲しいという思いで、恐る恐るシンリーに尋ねた。
だが、彼女の応えは俺の期待を裏切るものだった。
「もー聞き間違いなわけないでしょ。ダーリンはダーリンよっ!」
「き、聞き間違いじゃなかった……」
やはりシンリーは、俺のことをダーリンと呼んでいた。
俺の勘違いではなかった。
「あの、何でその呼び方になったのかな?」
「えー、ふふっ、それはねー……」
どういう経緯で俺のことをダーリンなんて呼び出したのか、俺はそれを聞こうとした。
しかし彼女は俺の質問に対し、なぜか紅く染った頬に手を当てて、体をくねらせながら勿体ぶりだしたのだ。
「頼むから教えてくれ……。正直意味が分からん」
「もうしょうがないわねー。ダーリンはね、私がピンチの時に颯爽と現れて、ずっと私の味方をしてくれて、最後には体を張って矢から私を護ってくれたじゃない?」
「ああ、まぁ、そうなるかな……」
あの時は状況も緊迫していて俺も必死だったので、自分自身がどういう行動をしたのかよく覚えていない。
「それで私その時、胸の奥がキュンと締め付けられるように苦しくなって、鼓動もどんどん早くなって、それで気づいたの。私はダーリンに出会うためにこれまで生きてきたんだなって」
「そんな、馬鹿な……」
「本当よ!私、もうダーリン無しじゃ生きていけないわ!」
「ええっ!?そ、そこまでなのか……」
シンリーの話を聞いても俺は全くピンと来なかった。
だが、俺は体質のせいもあってか、人間関係はかなり乏しい方なので、正確なことは言えない。
だって人と関わるよりも圧倒的に、動物達と関わっていた時間の方が長かったのだから。
「だからダーリンでいいでしょ?」
「うーん、いやでもダーリンは流石に恥ずかしいし、灯って呼ぶんじゃダメなのか?」
「ダメよ、それじゃ特別感がないでしょ?私は、私達だけの特別な呼び方がいいの!」
シンリーはどうしても妥協する気は無いらしい。
正直人前でダーリンと呼ばれるとか、公開処刑もいいところだ。
しかし、彼女が譲る気がないのだから諦めるしかないだろう。
まぁ、恥ずかしいのは彼女も同じだろうし、1人じゃないだけマシだと思うことにするか。
「ダーリンって、恥ずかしくないの?」
「何言ってるのよ、私たちの愛を見せつけるのに恥ずかしいことなんて、あるわけないでしょ」
「ふーん、ならいいけど」
ダメだった。シンリーは全く恥ずかしく思ってないみたいだ。
これじゃ俺だけ、恥ずかしい思いをすることになる。
もう止められないのか……。
「ふふっ、そういう訳だから、よろしくねダーリンっ!」
……まぁシンリーは幸せそうだし、別にいいか。
俺が我慢すれば済むことだしな。
それに別に、人前に出なければいいだけの話だ。
彼女とは今後旅を共にする訳でもないんだし、気にすることじゃない。
「分かった!こちらこそよろしくなシンリー」
覚悟を決めてシンリーに向き直ると、彼女は頬を染めながらも嬉しそうに微笑んだ。
この笑顔が見れたのなら、ちょっとの間ダーリンと呼ばれることくらい我慢するさ。
「さぁ、そろそろ着く頃よ!」
話を切り替えるように、シンリーは正面に向かって指をさした。
俺もつられてその先を見ると、そこには驚きの光景が広がっていた。
「うわっ、凄い……」
それは森の中の少し開けた場所に、所狭しと色とりどりの花が咲き乱れていた。
木々には赤や黄色やピンクの桜のような花が満開で、下には様々な種類の花が咲いている。
季節感も関係なく咲き乱れているが、しかしそれなのに荘厳で、不気味さを一切感じさせない。
時々吹く柔らかい風によって、花の香りがふわっと広がり、体の芯から癒される。
「花がいっぱい咲いてる」
「綺麗でしょー。実は移動しながらこっそり用意してたのよ。どうダーリン、驚いてくれた?」
「ああ、これはほんとに凄いよ……。こんな光景見たことない」
「ふふっ、ありがとっ!」
シンリーは若干照れながらも、自慢げに胸を張って破顔した。
しかし、こんな光景を造りだせるのだから、彼女は本当に素敵な才能を持っている。
生け花なんかやらせてみたら、相当な大作を生み出しそうだ。
「これはクウ達にも見せてやらないとな。皆出てこい!」
俺はモンスターボックスを掌に乗せ、頭の上まで上げるとクウ達を呼び出した。
すると何本もの薄紫色の光が伸びて、切り株の魔獣の上にその姿を現す。
「クウ!」
「ガウガウ!」
「!」
「「「ブオォ!」」」
「「「ジ、ジー!」」」
その中にはなんと、ハチの魔獣もいた。
イルに案内役として預かっていたのをすっかり忘れてた。
今度ちゃんと返しておかないと。
まぁそれはともかく、クウ達は各々目の前の光景に目を奪われていた。
クウとマイラはあっという間に、花畑に飛び込んで寝転がったり走り回ったりしている。
プルムは切り株の魔獣からは飛び降りれないみたいだが、ぷるぷると震えて感動しているようだ。
グラス達はすぐに木陰に移動し昼寝を始めた。
そしてハチの魔獣達は、花の蜜を嬉しそうに集めている。
「な、なんかごめんな……。好き勝手し始めちゃって」
「あら、そんなこと気にしないわよ。喜んでくれてるみたいで私も嬉しいわ!」
申し訳なく思いシンリーに謝罪したが、彼女はなんとも思っていないようで、むしろクウ達の反応を楽しそうに見ていた。
「ねぇ、それよりご飯は?」
しかし俺達の仲間には1人、花より団子を地で行く者がいたようだ。
彼女には風情を重んじる心は無いらしい。
「ふふっ、そうだったわね。それじゃそろそろ私達も降りましょうか。ね、ダーリンっ!」
「ああ、そうだな」
ドロシーの態度にシンリーは苦笑しながら、俺の手を引いてきた。
手を繋ぐのを恥ずかしく思いいつつ、彼女に連れられて俺達も花畑の中へと降り立った。
その後俺達は、シンリーの用意してくれた席に着き、食事をとった。
食事時になると、森のあちこちから植物型魔獣が現れて、料理を運んで来てくれる。
内容は果物や山菜などが多かったが、ドロシー達用に鹿なども出てきた。
魔人の同士付き合いが長いだけはあり、その辺はよく分かっているらしい。
食事中シンリーがやたらとベタベタしてきて、それを見たクウ達が怒って噛みついてきたりして喧嘩にもなったが、それを踏まえても楽しい夜だった。
そうして俺達とシンリー率いる植物型魔獣との、楽しい夜は更けていったのだった。
――
結局一晩中騒ぎ回った翌日、俺達は街へと帰ることとなった。
「じゃあ俺達は街へ戻るから。昨日は楽しかったよ、ありがとうな」
「ふふっ、どういたしまして。私達も楽しかったわ!」
「ああ、それじゃもう行くよ。またな」
俺は笑顔でシンリー達と別れを告げた。
植物型魔獣達は、表情は分からないがどことなく寂しそうな雰囲気をしていた。
俺も彼らのことは結構好きになっていたし、少し名残惜しい。
しかし、シンリーだけは「何を言ってるの?」とでも言いたげな、不思議そうな顔をしていた。
そして彼女は続けて、衝撃的なことを言い放ったのだ。
「何言ってるのよ、私もついて行くに決まってるでしょ?」
「へ?」
「馬鹿ねー、ダーリンが行く所は私の行く所でもあるのよ。なんたって私達は一心同体なんだからっ!」
「え?」
シンリーとはここでお別れだと思っていたから、俺は心底驚いた。
俺は彼女ともすぐに別れるのだからいいだろうと思い、ダーリンと呼ぶことを許可したのだ。
だが、ついてくるとなれば話は別だ。それはつまり、公共の面前で辱めを受けろということではないか。
そんなこと俺には耐えられない。
どうにかして同行を阻止しなければ!
「あれ?私はてっきりご主人様は連れて行くんだと思ってた」
「えぇ!?」
ここでまさかのドロシーの裏切り。これは全くの想定外だ。
だがまだ大丈夫。彼女はご飯さえあげればすぐに寝返るはず。
「クウー」
「ガウゥ」
「ク、クウ達まで……」
が、しかし次はクウ達も、「一緒に行かないのか?」と言わんばかりの顔で、俺を見てきた。
クウ達まで篭絡されているとは予想出来なかった。
これはもう、どうにもならないんじゃ……。
覚悟を決めるしかないのか。
「あーもう、分かったよ!一緒に行くぞシンリー!」
「ふふっ、やったぁ!」
俺がやけくそ気味にシンリーを誘うと、彼女は悪巧みが成功したような小狡い笑みで、腕に抱きついてきた。
こうして俺達の旅に新たな仲間、シンリーが加わったのだった。
しかし、どうやってクウ達まで味方にしたのだろうか。
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