2章 22. ご主人様の分からずや〜!
ゴブリンの群れに阻まれたが、そんなものはドロシー達の手にかかれば敵ではない。
あとっという間にゴブリン達を蹴散らすと、俺達は再びカブトムシの案内に従い森を駆け抜けた。
しかし、ゴブリン達の脅威は強さではない。
高い繁殖能力から得られる、その圧倒的な物量にある。
いくら倒しても何度も押し寄せてくるゴブリンの波に、俺達は全く前に進めずにいた。
「くそっ、こいつら数多すぎるだろ!」
「ご主人様、どうする?」
「どうするっつったって、そもそも元の作戦では俺達は上位種を狙うはずだったんだし、こんな所で時間取られてる場合じゃねーのは確かだよ」
「……」
イルとの元々の作戦では、通常のゴブリンはイル達が相手をする予定だった。
なのに俺達も戦闘に巻き込まれているということは、戦線は崩壊しているということだ。
だが、そんなものを直す方法なんて俺は知らないし、だから手の打ちようも無くこまねいている。
それでも何か打開する策はないか頭を悩ませてると、突然ドロシーがホーンから飛び降りた。
「お、おい、ドロシー!?」
「ご主人様は先に行って」
「は?お前、それどういうことだよ!?」
「ご主人様も意外と馬鹿だね。私が囮になるってことだよ」
ドロシーが囮になってゴブリンを引きつける。
確かに今の状況なら、それが一番いい方法かもしれない。
ドロシーの強さなら1人になってもゴブリン達にやられることも無いだろう。
だが、こんな所に仲間を1人置き去りにしていいのか?
これが的確な手段だとしても、仲間にすることではない。
ここでドロシーを置いていくのは間違いだ。
「ダメだドロシー!置いて行くなんて出来るかよ!」
「私は大丈夫だから早く行って」
「仲間を置き去りにするわけに行くかよ!グラス止まれ!」
「ブウォ!?」
ドロシーを置いていくわけにわ行かない。
だから俺はグラスを止めて飛び降りようとした。
だが、グラスは俺とドロシーの言い合いを聞いてどうしたらいいのか分からず悩んでいる様子だった。
「むぅ、ご主人様の分からずや〜!クウ、お願い!」
「なっ、おい!ちょっと待――!」
「クアッ!」
俺の静止は間に合わず、クウのワープによってドロシーからかなり遠くまで離れてしまった。
「クウ、まだドロシーが戦ってるんだ!早く戻――」
「クウ!」
「痛っ、クウ何するんだ?」
すぐにドロシーの下に戻ろうとしたが、突然クウに指を噛まれた。
指に刺さるチクリとした痛みと共に、血が少し流れる。
だがその痛みのお陰もあってか、頭が冷えて冷静さを少し取り戻した。
しかしそれでも、なぜ噛まれたのかまでは分からない。
俺は混乱しながらクウに問いかけた。
「クウッ!クウッ!」
クウに問いかけても、言葉が分からないからその理由も分からない。
だがクウの行動を見れば、その目的の一旦は垣間見得る。
そしてクウは現在、指から口を離して俺の袖を掴み先へ進むように促している。
クウは俺に前に進めと言いたいようだ。
「クウ……」
思えば、クウに噛まれたのはこれで2回目だ。
あれは山でゴーレムに襲われているときだったか。
あの時も俺は迷い、そしてクウは俺を噛んで諭してくれた。
「ガウガウ!」
「ブオォ!」
更に今回はマイラとグラス達も、クウに続いて俺を前に進ませようとする。
「そうか、お前達はドロシーを信じて前に進めって言いたいのか」
「クアッ!」
俺の言葉にクウは強く頷く。
その目には力の篭もった強い力が見える。
「ふっ、分かったよ。ドロシーのことは心配だが、俺はドロシーを信じたお前達を信じて前に進むことにする」
「クウ!」
俺がそう決断すると、クウは嬉しそうに微笑んで俺の肩に乗り、頭を擦り寄せてきた。
ふわふわとした毛並みと、ほんのりと温かい体温が気持ちいい。
「よし、行くぞ皆!」
「クウ!」
「ガウガウ!」
「「「ブオォォー!」」」
「ジジー!」
ドロシーはいくらゴブリンに群がられても、負けることは無い。
俺は皆を信じて、前に進むことを決断した。
――
ドロシーを残して先を進んでから1時間が経過し、俺達は無事にイルの下へと辿り着いた。
ドロシーと別れた後も何度かゴブリンの襲撃を受けたが、数はそれほどではなかった。
だからクウのワープとグラス達の突破力で、どうにか抜け出してここまで来れた。
「おお灯達よ、無事に到着したか!」
俺の姿を見ると、イルは嬉しそうに駆け寄ってきて抱きつこうとしたが、今は戦の真っ只中なのを思い出したようで踏みとどまった。
「イル、待たせたな。状況はどうなってる?」
「ああ、説明する。そこに座ってくれ」
切り株に腰掛けると、イルから昨日の出来事や戦の戦況を聞いた。
それによると、ゴブリンの群れは現在2手に別れて攻めてきているらしい。
一方はイル達を撹乱するように展開し、もう一方は森の魔人を攻めるべく、東に進軍している。
ゴブリン達が無駄に広く展開しているせいで、イルも対応が間に合わず俺達の所でも大量のゴブリンがいたということになる。
さらにそのゴブリン達を抑えようと、リベンダから冒険者や騎士達が森に入ってきており、大混戦になっているらしい。
俺達は人には会わなかったから、恐らくもう少し森の浅い所で戦っているのだろう。
「奴らはなぜこんな、足止めのようなことをしたと思う?」
「うーん、戦争を仕掛ける奴の考えることなんて分からないからなー」
「そうか、灯でも分からぬか……」
イルは何か俺に期待していたようだが、元はただの平凡な高校生だった俺に、敵の目的なんて分かるはずもない。
だが、分からないからといって何も考えないでいたら、この世界ではいつ死んでもおかしく無い。
だから分からないなら分からないなりに、頭は働かせなくてはいけない。
「取り敢えず、イル達を足止めするようにゴブリン達が動いてるのは間違いないんだ。となると狙いは森の魔人の可能性が高い」
「なるほど、魔人か……。ならゴブリンどもは森を支配するのが目的なのか?」
「いや、どうだろうな。それならイルから攻めても良いはずなのに、奴らは足止めをしてまでわざわざ森の魔人を狙ってる。だからそれ自体に理由があるんだと思う」
「魔人を狙う理由か、我には分からぬな」
確かになぜ森の魔人を狙うのかは分からない。
だが、敵の狙いがどこなのか分かっているなら、それを阻止することこそが俺達のやるべきことなのだろう。
戦いでは、敵のしたいことをさせないようにする。よく聞くことだ。
実際竜の蹄にクウを攫われた時などは、常に後手後手だったからな。
「とにかく俺達は森の魔人の方へ行く。これ以上奴らの好きにはさせられないからな」
「分かった。我らはこのまま攻めて来ておるゴブリンどもをなぎ倒す」
「分かった、今ドロシーが1人で戦っているから援護してやってくれ。後は、騎士と冒険者には気をつけろよ。人間にとって魔獣は区別ないからな」
「もちろん分かっておる。ドロシーは任せておけ」
「ありがとう、じゃあ早速俺達は森の魔人の元へ向かうとするよ」
「ああ、こいつらを連れていけ。道案内として役立つはずだ」
イルは背後からハチの魔獣を数匹呼び出した。
彼らは以前にも、森の魔人に会いに行く時世話になった魔獣だ。
森の幻惑魔法に耐性があるので、この森では道案内として相当優秀な魔獣になる。
こうしてイルと簡単な打ち合わせをした後、俺達はゴブリン達の目的を探る為、森の魔人の元へと向かった。
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