2章 23.不届き者には天罰を

 森の東端、幻惑の領域を支配している森の魔人率いる植物型魔獣は、ゴブリンの郡勢の襲撃に慌ただしくなっていた。




「全く、ほんとにあの人間の言った通りね……。あなた達、ゴブリンなんかさっさと追い返してきて!」




「「「ボオォー!」」」




 森の魔人の命令で、配下の植物型魔獣は一斉に動きだした。


 向かうは攻めてくる1200のゴブリン達。


 先日灯からゴブリンが攻めてくると聞いていたが、彼女は人間が嫌いであり、嫌いな奴の言うことなど全く信じていなかった。


 だが事実ゴブリンは、森の魔人目掛けて群を送ってきた。


 人間が言った通りになりそのことに苛立ちつつも、森の魔人はすぐに植物型魔獣を迎撃に向かわせた。




「ゴブリン達もムカつくけど、あの人間もほんとにムカつく!これじゃ言いなりになってる気分だわ!」




「ゴォ、ゴォ……」




 灯の言った通りのことになったことが気に入らず、森の魔人は近くにいた、森の重鎮である切り株の魔獣をげしげしと足蹴した。


 魔人は総じて力が強いので、蹴られる度に木片が散って切り株の魔獣は地味にダメージを受ける。




「はぁ、もう面倒ね……。こうなったらゴブリン達諸共魔獣は全て滅ぼしてやろうかしら」




「ゴ、ゴボォ……」




「冗談よ。さて、そろそろ私達も戦場へ向かうわよ。誰が指揮してるか知らないけど、この森を荒らす不届き者には天罰を与えなくちゃいけないからね」




「グボオォォ!」




 森の魔人がひょいと切り株の魔獣の上に飛び乗ると、魔獣は地が震えるほどの雄叫びを上げて進軍しだした。


 彼女達の進む道の遥か先では、植物型魔獣達がゴブリンの群とぶつかり、戦が始まった。












 ――












 イルと別れた後、俺達はハチの魔獣に案内されながら森を駆けている。




「もう戦いは始まってるだろうな。これからは上位種や人造ゴブリンと遭遇する可能性もある。皆気を引き締めておけよ!」




 俺の声にクウ達は一斉に吠えて応えた。彼らも気合いは十分のようだ。


 ゴブリンの上位種はクウ達なら簡単に倒せるとイルは言っていた。


 だが、敵には人造ゴブリンやその後ろに生み出した人間もいる。


 まだ影も形も見えない奴らだが、強者であることに間違いはないので、一切気は抜けない。




 クウ達を従えて戦っているとはいえ、俺はこの世界では無力であることに変わりはない。


 そろそろ自衛手段も考えなくてはいけないが、今は上手く立回って指示を出すことで、皆に貢献しよう。




「ビィー!」




「むっ、ゴブリンか!皆やるぞ!」




 先行するハチの魔獣の声で、森の奥からゴブリンの群れがこちらに向かってくるのに気づいた。


 その群れの奥には暗い紺色の体をした、ハイゴブリンが数匹いる。


 ただのゴブリンだけならクウのワープで避けてもよかったが、ハイゴブリンの相手は俺達が引き受けていたので、戦闘は避けられない。




「マイラ、尻尾を伸ばせ!クウ、ワープで尻尾をゴブリン達の首筋に出せ!」




「クウ!」




「ガウガウ!」




「「「グギャアァ!」」」




 俺の支持でマイラは尻尾を高速で何度も突きだし、クウはそれを上手くワープホールに収めてゴブリンの首筋に出現させた。


 結果、無数のゴブリン達は抵抗すら出来ずに、マイラの尾の毒によって次々と倒れていく。




「今だグラス、ホーン、ミルク!突っ込むぞ!」




「「「ブオォォー!」」」




 クウ達の攻撃によって開けた道を、すかさずグラス達が駆け抜ける。




「グギャッ!」




「ジャギャッ!」




 しかし、その突撃を阻むものが現れた。


 そう、それは後ろに控えていたハイゴブリン達だ。


 ハイゴブリンは通常のゴブリンよりも身体能力が高く、特に足が速い。


 だから瞬く間に俺達との距離を止めて、手に持っているショートソードで斬りかかってきた。


 それに加えて彼らは、低威力ながらも魔法を唱えることが出来る。




 ハイゴブリン達は、2匹だけが飛び出して注意を引いて、残り数匹が魔法の準備を始めた。




「マイラ、クウ来たぞ!迎撃だ!」




「ガウァ!」




 しかし、ハイゴブリンがいくら足が速いといっても、それはマイラには遠く及ばない。


 なのでマイラは、ひらひらと木の葉のように体を翻して、迫り来るゴブリンの剣を躱し、足で蹴り倒し牙で喉元を食らいつく。


 あっという間にハイゴブリン達は戦闘不能に陥った。




「クアッ!」




 そして、その戦闘の後ろから魔法が唱えられ、青い光球が10個程飛来してきた。


 だが、そんな光球も意味は無い。


 これまで幾度となく攻撃を跳ね返してきたクウにとっては、鈍足な光球など当たるはずもない。


 簡単にワープホールで光球を捕らえると、いとも容易くハイゴブリン達に跳ね返した。




「グ、グギャ……!」




 光球を跳ね返したことでほとんどのハイゴブリン達は即死したが、何匹かはまだ息がある。


 だが、もうほとんど瀕死の状態であり、戦う気力は無さそうだった。




「今だ!この隙に突破するぞ!」




「「「ブオォ!」」」




 ハイゴブリンがやられ、ゴブリンの群れの動きが止まった一瞬の隙を見逃さず、その間に奴らを突破した。




 その後も数回、ハイゴブリン率いるゴブリンの郡勢と戦闘があったが、問題なくそれを蹴散らし、奥へと進む。


 そしていよいよ森の幻惑魔法が展開されている領域へと進入した所で、ある人物と遭遇した。




「む、誰かと思ったら灯か!」




「エ、エルフルーラさん!?」




 現れたのは、エルフルーラさんの率いる騎士団の小隊の1つであった。


 まだ森の奥には、人は誰も来れていないと思っていたのでかなり驚いた。




「なぜこんな奥に君がいるんだ。まさかまた迷子になったという訳じゃあるまいな?」




「ち、違いますよ!なんて言うか……、そう!この騒動に俺の友人が巻き込まれちゃったみたいで、それで助けに来たんです!」




「友人だと……?」




 俺は咄嗟だったのあり、若干無理のある言い訳をしてしまった。


 案の定エルフルーラさんは、俺の応えに疑うような顔をしていた。




「そ、それよりエルフルーラさん達こそ、少数でこんな所に来てどうしたんですか?」




 いたたまれなくなった俺は、とっさに話題を変えて話を逸らした。




「ん?ああ、私達の隊は魔眼のお陰で森に迷うことは無いからな。森の奥を調査することになったんだ。他にもこの森に耐性のあるいくつかの部隊と共に、森を調査しているのだ」




「そ、そうだったんですか」




「そんなことより、君の方こそ勝手なことをして森に迷っても、今度は助けてやれないぞ。だいたい今森では階級制限がかかっているというのに、無茶をするんじゃない!」




 エルフルーラさんは自分達の説明を簡単に終えると、俺に詰め寄ってきて怒りだした。


 額に青筋をたてて睨んでくる姿に、俺も冷や汗が止まらない。




「だ、大丈夫ですよ。今は新しくこのハチを仲間にしたお陰で迷うことも無くなったんです!」




「む、そうなのか。だが、それは森に入っていい理由にはならんぞ!」




「うっ……」




 エルフルーラさんに鬼のような形相で問い詰められ、しどろもどろになっていると、彼女の後ろから1人の騎士がやってきた。




「隊長、行きましょう。そろそろ任務に戻らないと遅れてしまいます」




「む、そうだな……。いいか、君はこれ以上森にいるんじゃないぞ!」




「わ、分かりましたよ……」




 エルフルーラさんの隊員さんが彼女を止めてくれたおかげで、俺はようやく説教から解放された。


 だが、エルフルーラさんには申し訳ないけど、まだ俺にもやらなきゃいけないことはあるので、もう少し森にはいさせてもらうことにする。




「ああそうだ、君に1つ伝え忘れていたことがあった」




 エルフルーラさんは馬に股がって去る直前に、俺に言い忘れていたことを思い出したらしい。




「何ですか?」




「先日話していたら騎士の施設に生け捕りにして運んでいた魔獣なんだがな、その魔獣はどうやらゴブリンだったらしい」




「え……」




 エルフルーラさんから発せられた言葉の内容に、俺は一瞬頭の中が真っ白になった。




「では、さらばだ。ちゃんと森を出るんだぞ!」




「あ、ありがとうございます……」




 エルフルーラさんの、去り際の大きな声で俺の意識は戻ってきて、どうにかお礼だけは言えたが頭の中はまだ混乱していた。


 エルフルーラさんから聞いたゴブリンというワード。


 それから街でいくら探しても見つからなかった研究所の場所。


 とても偶然とは思えない。




「まさか、魔獣の研究をしてたのは騎士団なのか……?」




 証拠はないが、関係がないとも思えない事実に、俺はしばらくその場に立ち尽くすこととなった。

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