2章 2. ドロシーの意外な特技

 現在は、ドロシー達が拾ってきてくれた薪を組みながら、クウ達の帰りを待っている。


 ドロシーはお腹が限界と駄々をこねるので、ヒャクメイチゴを食べさせて空腹を紛らわしている状態だが。




「よし、薪はこんなもんでいいかな。火はマイラが吹いてくれるし」




「ご主人様、これだけじゃ足りない」




「もう少し我慢しろよ。クウ達も今頑張ってるんだからさ」




 野営の準備を初めてから2時間ほど経つが、クウとマイラはまだ帰らない。


 おそらく今も狩りの最中なのだろう。




「クウ達に任せなくてもご主人様ならすぐご飯呼べるのに」




 ドロシーは唇を尖らせながら文句を言ってきた。




「ご飯っていうのやめろよ……。まぁ確かに俺なら森を歩いてるだけで、動物が寄ってくるから簡単に捕まえられるよ。でも俺に好意を持って近づいてくる奴らを俺はさすがに食べたくないからさ」




「そうなんだ」




「ああ、だから狩りはクウとマイラに任せてるんだよ」




「残念。食べ放題行きだと思ったのに……」




 体質の影響で動物が近寄ってくることはしょっちゅうあるが、それを捕まえて食べるのはどうも気が引ける。


 だから俺は狩りには参加したくはない。


 本当に飢えて死にそうだって時が来たら、もしかしたら頼るかもしれないが、今のところその予定は無い。


 ただ、もちろん狩りはしない代わりに、その他の雑務はきちんとこなす。何事も適材適所なのだ。




「クウー!」




「ガウー!」




「おっ、狩りの方も終わったみたいだな」




 ドロシーとそんなことを話していると、遠くからクウとマイラの鳴き声が聞こえてきた。無事に帰ってきてくれて何よりだ。




「おかえり、怪我は無かったか?」




「クアッ!」




「ガウガウ!」




 森から飛び出してきたクウとマイラを抱き寄せて出迎えた。


 2匹とも嬉しそうに俺の肩にしがみついたり、甘噛みしてきたりしてる。




「クウ、ご飯は取れたの?」




 クウ達とじゃれていると、後ろから顔を覗かせたドロシーが、剣幕な表情でクウに詰め寄ってきた。




「ク、クゥ」




「落ち着けよドロシー、クウが驚いてるだろ」




 突然目の前にドロシーの顔が現れて、クウもビックリして、俺の肩に爪がくい込むほど強く握ってきた。






「あ、ごめん。それでご飯は?」




「クウ!」




 俺の指摘で1歩引いて改めて確認したドロシーに対し、クウは俺たちの少し離れたところにワープホールを出現させた。


 そして、その穴から出てきたのは大量の狩ってきた獲物達だった。


 シカ1頭、ワシサイズの鳥3羽、イノシシ1頭、ウサギ2匹と誰が見ても分かるほど、明らかに狩りすぎな量の獲物が現れた。




「うおっ、多いな」




「やっとご飯が食べれる」




 それを見たドロシーは、早くもよだれを垂らしながらじっと眺めだした。




「クウー!」




「ガウゥ!」




 獲物の量に圧倒されている俺に対して、クウとマイラは褒めてほしそうな顔で頭を擦り寄せてきた。




「うんまぁ、よくやったよお前達。たださすがにこれは狩りすぎかな……」




「クウゥ……」




「ガウ……」




 俺は2匹を褒めて頭を撫でつつも、量の多さを指摘した。


 するとクウとマイラは目に見えて落ち込んでしまった。




「ああ、いや!別にクウとマイラは悪くないよ!今回は狩る量を言わなかった俺の責任だし、余った分は保存食にでもすればいいからさ」




「クアー!」




「ガウー!」




 今回の件に関しては、クウ達は何も悪くないので慌てて訂正すると、2匹はあっという間に元気を取り戻した。




「ご主人様、早く作って」




「わ、分かったから、袖引っ張るなって!」




 そんな風にクウ達と戯れていると、ドロシーが若干怒りながら俺の袖を強く引っ張ってきた。


 普段大人しいドロシーだが、魔人だからかかなり力が強いので、俺なんかは全く抵抗出来ない。


 危うく袖を破られるところだった。買ったばかりで破るのは勘弁して欲しい。




「それじゃあ料理始めるか」




「うん!」




 俺が料理を始めると言うと、いつもは感情を表に出さないドロシーも笑顔になった。


 ドロシーはいつも食べることになると、感情がよく現れる。ほんと分かりやすい性格だよ。




「マイラ、薪に火を付けておいてくれ」




「ガウッ!」




「ドロシーは俺と一緒に獲物達の解体だ」




「分かった」




 火についてはマイラがいれば、火種などは考える必要が無いのでありがたい。


 薪の方はマイラに任せ、俺はドロシーと共に獲物の方へと向かった。




「じゃあまずは俺がお手本を見せるから見ててくれ」




「うん」




 そう言うと、俺は早速シカの内蔵取りと血抜きに取り掛かった。




 もちろん元の世界にいた頃に、俺はこんな経験をしたことは無い。


 だが、騎士団との旅の途中で今後役に立つからと、ライノさんに無理やりやらされた。


 最初は辛かったが、旅の間毎回やらされたことで、今では自然と慣れてしまった。


 俺はあの時のことを思い出しながら、あっという間に血抜きまで終わらせた。




「どうだ、出来そうか?」




「うん、任せて」




 俺は一連の作業を終わらせると、ドロシーに向き直った。


 するとドロシーは自信ありげに、自前の泥の刃へと腕を変化させた。




「ちょっと待って、それで切るの?」




「うん、そうだよ」




「それって切る時泥が跳ねたりするんじゃないの?」




「大丈夫、跳ねないように調節出来るから」




「そ、そう?ならいいけど……」




 俺は肉に泥が付くんじゃないかと不安になって尋ねた。


 しかし、ドロシーは自信満々な表情で大丈夫だと言い切った。


 ならばもう何も言うまいと思い引き下がったが、正直不安はあるので一応見張っておく。


 血抜きも出来るか気になるし。




「じゃあ始めるよ」




「ああ、頼むよ」




 ドロシーは両腕の泥の刃を勢いよく振り回し、イノシシを捌き始めた。


 その動きはマリスの剣術並に速く、ほとんど目で追えない。


 俺が呆気にとられていると、いつの間にか血抜きまで終わっていた。


 掛かった時間は俺の3分の1程で、仕上がりも完璧。あっという間に俺は立場が無くなった。




「あ、じゃあ残りもお願いしていいですか?」




「何で敬語?まあいいけど」




 ドロシーの意外な特技に俺もつい畏まってしまった。


 そんな俺にドロシーは不思議そうにしつつも、再び血抜きを始めた。


 俺はその間、ドロシーが血抜きした獲物の皮を剥ぎ取り、食べやすいサイズに切り分ける作業へと移った。




 そんな訳で、上手くチーム分けが出来たことで、かなり早く料理が完成した。


 と言っても料理自体は全員素人なので、塩胡椒等を振って焼いたり、鍋で煮込んだりするだけの簡素なものばかりだが。


 完全に焼き肉としゃぶしゃぶスタイルだ。醤油などが無いのは痛いけど。




「それじゃあいただきまーす」




「やっと食べれる!」




「クウー」




「ガウガウ」




「!」




「「「ブモォー」」」




 それなりに肉も焼けたので、皆で食べ始めることにした。


 すると早速ドロシーが自分の分の肉を一口で平らげ、新たに肉を大量追加した。


 ドロシーだけ多めにしておいたのに早すぎる。




「おいドロシー、量は沢山あるんだから慌てるなよ」




「ご主人様は黙ってて」




「え……?」




 日本人としてマナーは大切にしたくてドロシーに指摘したのだが、まさか黙っててと言われるとは思っておらず、言葉に詰まってしまった。


 なんでこんな礼儀もない奴が、俺のことをご主人様と呼んでいるのか謎過ぎる。


 俺は目尻に微かな雫を垂らしながら、静かに自分の食事に戻った。




「ブモォー」




「ん?美味いかグラス?」




 俺が肉を食べてると、横からモシャモシャと草を頬張りながらグラスが頭を擦り寄せてきた。


 彼らグラスバイソンは肉を食べないので、事前に集めていた草を与えている。


 なるべく青々としたものを選んだが、好みが分からないので心配していた。


 しかし、彼らの反応を見る限りだと問題無さそうだ。


 その内余裕のある時に、グラス達の好みも把握しておきたい。




「クウー!」




「ガウッ!」




「!」




「うおっ!?何だよお前達!」




 グラスの頭を撫でながら考えごとをしていると、突然クウ達が俺に突撃してきた。


 その勢いのあまり、俺は座っていた倒木から転げ落ちてしまった。


 それでもクウ達はお構い無しに、俺の顔や手足などを好き勝手に舐め始めた。


 どうやらグラスだけ頭を撫でていたのが気に入らなかったらしい。意外と嫉妬深い魔獣達だ。




「分かったから、やめろって!これじゃ食べれないだろ!」




「ご主人様モテモテ」




「うるせー!そんなこと言ってないで助けろよ!」




「無理、今忙しいから」




「肉食ってるだけだろうが!」




 そうして、クウ達魔獣やドロシーとそんなやり取りをしながらも、俺はどうにか食事を終えた。


 食べる前よりも疲れた気がするが、気の際だと思いたい。




「結局あれだけあった獲物も残り半分しか無いな。ドロシー食いすぎだろ」




「まだまだ食べられるよ」




「もう十分だろ……」




 ドロシーの無限の胃袋に呆れつつ、残った肉は保存食にする為夜通し燻すセットを組んだ。


 それが終わった後はすることも無いので、全員寝床についた。




「じゃあ寝るぞー」




「おやすみご主人様」




「はいはい」




 燻す為の火以外は全て消して真っ暗な中で、俺達は就寝した。

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