1章 10.新聞の一面になりかねない
「それにしてもなんで灯君はクマに攫われたの?たまたまにしては、あのクマも執拗に灯君を狙ってる様子だったけど」
「たぶん俺の体質が原因だろうな」
「体質?」
「そう、俺昔から動物に好かれやすい体質でさ、子供の頃からよく野鳥や野良猫とかが寄ってきてたんだよ」
「へぇー、でもそれでクマに攫われるかな?」
「いや、実際俺が子供の頃にも攫わたことはあるぜ」
そう、あれは俺が小学1年生の初めての遠足のときだった。
山にハイキングに行った俺達は、芝生の生える広場で昼食にしようとした時だ。
突如山から下りてきた猿の群れに腕を引きずられて、連れ攫われたことがある。
あの時は救助隊が駆けつけて夕暮れ前には救出されたが、初めて動物を怖いと思った瞬間だった。
それ以降は動物に攫われた経験はなかったが、それでもその時から、動物達は俺の気持ちを汲んでくれるやつばかりではないことを思い知った。
今回のクマもその部類に入るだろう。
「なんか、灯君は相当苦労がありそうだね……」
「まぁぼちぼちね。でもこの体質を嫌だと思ったことは無いけどな」
「アマネ先輩が聞いたら羨ましがりそうだよ」
「あー、確かにアマネは怖いぐらいに動物や魔獣が好きだからな」
「うん、それでよく隊長に怒られてるよ」
「はははっ!想像出来る!」
そうして俺達はひとしきり笑い合った。思えばこの世界に来てから、腹を抱えて笑うほどの余裕がなかったので、少し気が休まった。
「それじゃマリス、そろそろ騎士団と合流しようぜ」
「あー、それなんだけど……」
「なんだよ?」
「実は、灯君達を追ってる時に、クウの空間魔法の辺りから本隊との位置関係が、分かんなくなっちゃったんだよね」
「えええ!?」
「クウ?」
「ガウガウ!」
どうやら俺達は迷子になってしまったらしい。
クウは俺の驚きの声に首を傾げ、マイラは何も分かっていないようで、楽しそうに俺の足を前足で引っ掻いて遊んでいる。
「クウ!さっきのワーフする前のところには戻れないのか?」
「クウゥ……」
俺は慌ててクウを抱き抱えて、ワープする前の場所に戻れないか聞いてみた。
だが、クウは小さく俯き翼もしなだれて、どうにも無理そうな様子だった。
「クウでも無理か。マリス、こういう時はどうすればいいんだ?」
こういう状況は猿に攫われた時に経験したが、あの頃は小1だったのでほとんど記憶にない。
となれば騎士であり、様々な訓練を積んでいるであろうマリスの意見を聞くのが1番確実だ。
「そうだね、こういう時は下手に動くと捜索も長引くから、僕達はこの場で待機するのがセオリーだ」
「そうか、ならここで待ってればいいんだな!」
「うん、でも残念ながら今回は、そのセオリーから外れてるんだよね」
「え、なんで?」
「こう言ったら悪いけど、灯君の体質の影響が大きいかな」
マリスは若干申し訳なさそうにその理由を話してくれた。どうやら騎士の遭難時の対応だと、俺の体質が悪影響を及ぼすのだろう。
まぁその辺は俺ももう何年も生きてきて、分かってはいるので動揺はない。
「やっぱり今回の件も俺が原因か。巻き込んで申し訳ない」
「灯君のせいじゃないよ。クマのことを考えていなかった僕達の落ち度だ」
「マリスは優しいな。それにしてもこのクマは一体何なんだ?」
「そいつは『マッシュベア』と言って、この辺はさっき倒したそいつらの縄張りなんだけど、彼らは普通は滅多に人は襲わないんだ。でもそんなクマ達が、先頭にいた隊長にまで影響を及ぼしていたのだとすると、数匹の群れで動いていることになるんだ」
1匹で来てたなら、先頭にいるはずのライノさんから命令が飛ぶはずがないということだ。
ライノさんが真っ先に気づいたのだから、クマは複数匹で襲ってきたのだろう。
「群れか……、厄介だな」
「うん、クマが1匹だけなら倒して終わりだけど、何匹もいるとなると、じっと探しに来るのを待ってたら、先にクマに襲われることになるんだ」
「ああなるほど、だから今回はセオリー通りにはやらないってことか」
「うん、かなり危険だけどね……」
マリスですら現在の位置をよく理解していないのに、他の騎士を待っていたら、俺の体質のせいで先にクマが来るのは必然だろう。
だから今回は俺たちが動くしかないようだ。
「まぁ大丈夫だろ、こっちにはクウとマイラもいるんだしな!」
「クアッ!」
「ガウッ!」
俺は2匹を肩に担ぎながら、マリスに向かってニヤリと笑った。
「どういうこと?」
「クウにはワープがあるから困った時の移動手段になるし、マイラは村にいる俺を見つけられたほど索敵能力が高いんだ。そう暗くなるほど心配いらないよ!」
「ははっ、何だか灯君がいると不安も無くなっちゃう気がするよ」
俺の言葉を聞いたマリスは、先程まで不安そうな表情をしていたが、そこに少しの笑顔が戻った。こんな状況で心まで落ち込んでいたら、何事も上手くいかなくなる。だから少しでも笑顔が戻って良かった。
「へっ!そんじゃさっさと騎士団に合流しようぜ!」
「うん!」
「クウ!」
「ガウッ!」
こうして2人と2匹は、騎士団の元に戻る為に森の中を歩き出した。
――
「マイラ、騎士団のいる方へ進んでくれるか?」
「ガウ!」
「よし、頼むぞ!」
騎士団の場所が正確にわからない今は、マイラの探索能力だけが頼りだ。だから俺達は早速マイラを先頭にして森を進む。
そうしてしばらく森を歩いていると、俺たちの周囲を囲むように足音が聞こえてきた。
「騎士団の皆が探しに来てくれたのか!?」
「いや、残念ながら違うみたいだね」
「となると後は……」
「ガルルゥ!」
「クウ!」
一瞬騎士団が助けに来てくれたのかもと期待したが、その予想は即座にマリスに否定されてしまった。
そうなると残る可能性は1つだが、そっちは出来れば当たってほしくない。クウとマリスは毛を逆立てて威嚇しだしたから、ほぼ100%正解だとは思うが。
「グガアァァァ!」
「やっぱりクマかよ!」
「任せて!はあぁぁ!」
茂みから飛び出してきたのは、クマの群れだった。やはり予想通りクマだったが、正直外れてほしかった。
正面のクマは、マリスが飛び出して対応したので凌げた。だが、他の方面から襲ってくるクマ達には間に合わなそうだった。
「くそっ!クウ、マイラ頼む!」
「クウ!」
「ガウッ!」
俺が咄嗟にクウとマイラに命令を下すと、クウはゴーレム戦の時のようにクマの腕の振り下ろしを利用して反撃しだした。
マイラは炎は使わず、クマの足元をするりと通り抜け、それと同時に尻尾の蛇で噛み付いて毒で攻撃している。
マイラには事前に戦闘になっても炎は使うなと言っておいたが、それでも十分に戦えている。
その後も残りのクマ達はジリジリと攻めてくるが、クウ達の戦闘能力が予想以上に高かったようで森へ退いていった。
「よし、良くやったお前達!」
「クアッ!」
「ガウッ!」
「ふぅ、何とか凌げたね」
「マリスもありがとうな。助かったよ」
「なに、騎士として当然のことをしたまでだよ」
マリス、クウ、マイラのおかけでクマの奇襲も難なく追い払うことが出来た。俺はクウとマイラの頭を撫でつつ、マリスにお礼を言った。
しかし、今回の件は俺の体質の影響でクマに襲われ、戦闘では足でまといになり、完全に約立たずだ。
騎士団にお世話になって、いきなり迷惑ばかりを掛けているのがどうしてもいたたまれない。
「ごめんマリス、俺の体質のせいで面倒なことになって……」
「何言ってんの、灯君は何も悪くないよ。悪いのは何も考えずに襲ってくるクマ達の方なんだから」
申し訳なくなりおもわずマリスに謝ったのだが、マリスは一切怒った素振りは見せず、キョトンとした顔をしていた。
「でも俺がいなければ、こんな事態にもならなかったぜ?」
「ははっ、それを言ったら灯君がいなかったら今頃、マイラを探すために騎士総出で森を探し回ってたとこだよ」
「そうだったのか?」
「うん、しかもクマが想定よりも多かったから、少数でマイラを探してたら死人が出ていた可能性もあるね」
「そ、それほどのことだったのか……」
「だから、騎士団は灯君には感謝こそすれど邪魔者だなんて誰1人思ってないよ。だからそんなに気にしないでね!」
俺は申し訳なさで勝手に落ち込んでしまっていたが、マリス達騎士団は俺のことを厄介者だなんて思っていなかった。
「ありがとうマリス。よし!俺も迷惑をかけないように頑張るぞ!」
「うん!灯君は元気がある方が全然いいよ!」
マリスのおかげで俺は元気を取り戻した。ここからは悪いことばかりを考えるのはやめだ。俺にしかできないことを探していこう。
「クウ!」
「ガウガウ!」
「うおっと!」
俺が拳を突き上げて気合を入れ直すと、その腕に向かってクウとマイラが楽しそうにしがみついてきた。
この2匹の明るい性格にもいつも助けられているな。
「しかし、本当に今回の件はどうも不可解なんだよね」
「まぁ俺の体質自体が不可解だからな」
「それもあるんだけど、それにしてはクマの数が多過ぎるんだよ」
マリスは何か気になることがある様子だった。俺の体質の影響だけでは説明出来ないほど、クマの数が多いようだ。
「いつもはもっと少ないのか?」
「うん、元々マッシュベアは1つの森に群れは多くても1つしかないんだよ。なのに既に群れ単位のクマ達に2度も襲われてるんだ」
「たまたま群れが2つあったとかじゃないのか?」
「もちろんその可能性もあるけど、どうにも嫌な予感がするんだ」
「どういうことだよ?」
「これは僕の予想なんだけど。今回の件は人間が絡んでる気がするんだ」
「えぇ!?人がクマを繁殖させてるってのか!?」
「うん、可能性はあると思うよ」
「まじかよ……」
マリスの予想では誰かが人為的にクマを繁殖させている可能性があるらしい。確かに俺の世界でも動物の繁殖はあったが、クマを野放しで増やすなんて狂った奴はいなかった。
さすがは異世界と言うべきなのか、もしマリスの予想が当たっていたとしたら、新聞の一面になりかねない危険行為をしている。
「そんなにクマを増やして何が狙いなんだ?」
「恐らくは頭の笠の部分だろうね。あそこは料理にも薬にも使える万能な素材で人気があるから」
「なるほど、それを売りさばこうとしてるのか」
「まだ確証はないけどね」
マリスは自信なさげに半笑いの様子だが、これだけ色々な話を聞いた上では、十分に可能性はあると思う。
「それなら、犯人がいるかどうか探してみようぜ」
「どうやってさ?」
「そんなの簡単だよ、さっき逃げたクマ達の方角に向かってマイラに後を追ってもらえばいいんだ!」
「うーん、それはかなり危険だよ」
「なに、いざとなればクウのワープでバレる前にその場から離れればいいんだよ」
「ああそっか。それなら……、ギリギリどうにかなるかな?」
「なんとかなるさ!よし、そうと決まればマイラ、クマ達の後を追ってくれ!」
「ガウッ!」
そうして俺達は急遽目的を変更し、クマ達の繁殖の理由を探るために後を追いかけた。
「灯君、もし僕の予想が当たったら必ず戦闘になると思うから、そうしたらクウのワープですぐ離脱するんだよ」
「了解だ、クウもよろしくな」
「クアッ!」
マイラのあとに続きながら、マリスから戦闘時の行動方針を聞いた。今は俺の頭の上でくつろいでいるクウも、頼りになる存在だ。
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