1章 7.それキマイラじゃねえか!
「さてクウ、ようやくゆっくり出来るぞ。疲れたな!」
「クウゥ……」
クウは俺の膝の上で寝転がって眠そうな声を上げた。
「眠そうだな、夕飯まで少しなら寝てていいぞ」
「クゥ……」
クウは俺の言葉を聞くとすぐに眠りについた。
しかしクウが寝てしばらくしたとき、窓の外から奇妙な物音が聞こえた。
カリカリカリカリカリカリ………
「な、何の音だ?」
「クウ?」
壁を擦るような音が何度も続いた。その音に眠っていたクウも目を覚ましてしまった。
カリカリカリカリカリカリ……。
「ク、クウ」
「大丈夫だクウ、俺が見てくる」
俺は震える足で窓に歩み寄り、勢いよく開け放った。
するとそこにいたのは、なんとついさっき森で出会ったキマイラだった。
「ガウ!ガウ!」
「なんでお前がここに!?」
カリカリカリ……。
どうやら奇妙な音の正体は、キマイラが前足で壁を引っ掻いている音だったのだ。
「と、取り敢えず中に入れるか。この音近所迷惑になりそうだしな」
咄嗟にキマイラを部屋に入れたはいいがこの後どうするか。
騎士団には何から何までお世話になっているというのに、その上でさらに問題事を増やすなんて失礼なことは出来ない。
だが、だからといってこんな時間に1匹で森に返すのはハンターの一件もあるし危険が多いだろう。
「お前森には戻れるのか?」
「ガウゥ」
キマイラは力なく首を横に振った。どうやらさっきの騒動で迷子になったようだ。
それなら俺にも責任はあるし……、仕方ない、ライノさんに頼んで俺の分の食事はこの子に分けることにしよう。
「分かった、俺が何とかするから心配するな」
「ガウ!ガウ!」
抱き上げていたキマイラが嬉しそうに首筋に甘噛みしてきた。ライオンの頭をしているだけあって少し痛いな。
「クアッ!」
「痛っ!」
すると突然、クウが俺の足に噛み付いてきた。どうやら俺が抱き上げてるのを見て嫉妬しているようだ。
「分かったよ、両方とも抱き上げればいいんだろ」
俺はキマイラとクウを小脇に抱え、食堂へと向かった。
「あの~、ライノさん。ちょっといいですか?」
「おお灯!遅かったな!食事は向こうに用意してあるぞ!」
ライノさんは俺とクウの分の食事を指さして言った。俺はいよいよ覚悟を決めて本題に移った。
「はい、ありがとうございます。それであの、色々お世話になっている身で申し訳ないんですが、この子も一緒にいちゃダメかなって」
「んん~?また新しい魔獣か……、っておい!それキマイラじゃねえか!」
「え、あ、はい、そうです。さっき突然部屋にやって来て。どうやら迷子になってしまったみたいで」
ライノさんは勢い良く席から立ち上がると俺の両肩に手を勢いよく置いてきた。
「よくやった!」
「へ?」
「いや、実はな。恥ずかしい話、竜の蹄に捕らわれていたキマイラを救出するのが俺達の今回の任務だったんだが、救出したはいいがアマネの馬鹿が逃がしちまってよ。それで俺達はどう見つけ出せばいいか分からなくて。途方に暮れてたところなんだけどよ、それを灯が連れてきてくれて、流石の俺もビビったぜ!」
どうやらキマイラも「竜の蹄」の被害にあった魔獣の一匹だったそうだ。
これでアマネが森でキマイラを追っていたのにも説明がいった。
「じゃあ、一緒にいても問題はないってことですか?」
「当たり前だ!いや、むしろこっちからお願いしたい。今後もうちの馬鹿がキマイラを逃がしちまうかもしれないからな、この一件が片付くまでの間面倒見てやってくれないか」
「ちょっと隊長~、あんまり馬鹿馬鹿言わないで下さいよ~」
「うるせー!元はといえばお前がキマイラと戯れようとしたのが原因じゃねえか!」
「ひぇっ!ご、ごめんなさい~」
どうやらキマイラを逃がしたのはアマネのせいらしいな。やっぱりアマネは少し危険な変態だ。
「分かりました。そういう事でしたらこのキマイラも俺が面倒見させてもらいますね」
「ああ、頼むぞ」
俺はライノさんにお礼を言い、キマイラの分のご飯も用意してもらった。
「美味いか?クウ、キマイラ」
「クウー!」
「ガウ!」
クウもキマイラも口を汚しながらもおいしそうに頬張っていて微笑ましい。
その後食事を終えた俺達は、明日の出発に備え早めに寝ることにしたのだがその前にまだ1つやるべき事がある。
「これから一緒に旅をするのに、いちいちキマイラって呼ぶのは不便だから名前を付けよう!」
そう言うと俺は少し悩んだ末に閃いた。
「よし君の名前は「マイラ」でどうだ!」
「ガウ!ガウ!」
キマイラも名前が気に入ったようで、腕を甘噛みしてきた。
「痛た、よ、よし今日からマイラで決定だ!」
「クァッ!」
クウが膝の横で怒った顔で吠えて来た。
「怒るなよクウ。お前だって俺にとっては大切な仲間だよ」
俺がクウの頭を優しく撫でると、クウは気持ちよさそうに頭を擦りつけて来た。クウとマイラは全く離れようとしなかったので、今日は皆で一緒に眠ることにした。
――
翌朝、まだ日も登らないうちから街へ移動する為の準備が始まった。
「ほら起きて!日が登ったらすぐ出発するんだから!」
「んん、ああ、分かったよ」
アマネに叩き起された俺らは、まだ夢と現実をさまよいながらも、体を起こすため顔を洗いに洗面台へと向かった。
クウとマイラはまだ寝ているので脇に抱えて行くことにした。
ちなみに洗面台とはいったが、蛇口を捻ると水が出るなんてハイテクなものはなく、井戸水を桶に移し顔を洗う程度のものだ。
顔を洗い終えた俺は、欠伸をしながら、まだ虚ろな目で眠たそうにしているクウとマイラの顔も洗ってやった。
「お!ちゃんと起きてるわね、偉い偉い!」
「おはようアマネ、流石にまだ眠いけどね」
「ごめんね、でも早く動かないとあいつらに逃げられちゃうかもしれないから」
「ああ、分かってるよ。こいつらの為にも頑張らないと」
そう言って俺は、未だ眠たそうに俺の足にもたれかかっているクウとマイラの頭を撫でた。
クウのフサフサの毛並みとマイラのサラサラとした毛の質感が心地よい。これだけで心が安らぐよ。
「あれ?キマイラちゃんに名前つけたの?」
「ん?ああ、そっかまだ言ってなかったな。いつまでもキマイラって呼ぶのも素っ気ないからさ、「マイラ」って名前付けたんだ。どうかな?」
「う~ん、ちょっと安直だけど……、マイラか、いいかも!」
「へへっ、ありがと」
クウにマイラ、この名前は直感で決めた所はあるけど結構気に入ってたから良かった。
「そ、それよりもさぁ、わ、私にも、クウちゃんとマイラちゃんの毛並みをモフモフさせてよ~」
「お、おい!」
いつの間にかクウとマイラを見るアマネの目が狂ったように泳いで、顔がこれ以上ないほどにだらしなく歪んでいた。
ヨダレも垂れていて、微笑んでいるのであろう顔が何よりも気持ち悪い。
「さあ!クウちゃんマイラちゃん!私の胸の中へおいで!」
「やばっ!クウ、マイラ逃げろ!」
本能的に生命の危険を察したのか、クウとマイラは俺の合図を切っ掛けに目にもとまらぬ速さで、アマネの脇を駆け抜けた。
「きゃっ!あぁ、そんな、なんでよ~……」
「あんな顔で迫られたら誰だって逃げるさ」
呆れ気味にアマネに答えると、ガックリと肩を落として、溜息をつきながら去って行った。
ほんとライノさんも苦労してるよ。苦笑いをしながら、俺もクウとマイラの下へと向かった。
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