第5話 アタシは契約する

「ちょ、ちょっと待ってよ! アタシはアイドルになりたいだけで」


「いやぁ、まさか我が街から偶像ゆうしゃが生まれるとは……」


 お姉さんの歓喜(だよね?)の叫びから一時間。

 

 アタシは、市役所ギルドの奥にある、校長室みたいな部屋に通され、偉い人の前に座っていた。いや、偉い人が前に座っていた。


 アタシは王座みたいな椅子に座らされ、偉い人は地べた(カーペット)である。


 そもそも校長室に王座置くなよ。普段、誰が使ってるの……?


 話を聞くに、アタシは伝説の偶像ゆうしゃの魔法回路を腕に宿す、魔王を倒す百年に一度の人材らしい。そこは一億年のほうがよくない?


 しかし、まさかあの美少年が言ってた通りになるとは……。


「つきましては、ミイナさまには惜しみなく支援をさせていただきます」


 気づくと、さっきのお姉さんがタブレットみたいなものをアタシに渡してくれた。


 お、おお……契約内容、すげぇ。


 なんかつよそーな剣、かたそーな鎧(逆に柔らかい鎧見てみたいよね)、いち……いちおくやん? やんって何だ? この世界の通貨かな?


「魔王について、ミイナさまはどのくらいご存じですか?」


 タブレットとにらめっこするアタシに、お姉さんが言う。


「何にも……っていうか、なんでアタシの名前とか、いろんなこと既に知ってるんですか? 怖いんですけど……」


 これだから極力連絡先交換はしないで、SNSもやらないでいたのに!


 お姉さんはアタシの質問には答えずに、魔王について話を進める。


「この世界には、空気と同じように魔力が満ちています。人々が魔法を使うとき、大気中の魔力を取り込み、魔法を発動されるのです」


「はい」


「もちろん、魔力も資源です。使いすぎればなくなります」


 なんか、アタシの世界と変わらないなぁ。


「今いる人々が普通に魔法を使う分には、魔力の自然回復分で事足りますが、魔王はそれを独り占めようとたくらんでいるのです」


「独り占めかぁ。それはよくないですよね~」


 事務所の契約とかな、利益が関わるとろくなことにならないよね。


「魔王は無尽蔵に魔力を溜め込むことができます。その気になれば世界の魔力をすべて吸い尽くし、私たちから魔法を取り上げることさえできるのです」


 うーん、そんなに大変なら、全員でさっさと倒せばいいのでは……。


 そんなアタシの内心を察したのか、お姉さんは困った表情で言った。


「それができたら、いいんですけどね」


 お姉さんの眼差しに、何も言えなくなる。まぁ、なんか事情アリってことか。


「で、アタシに倒してほしいとおっしゃるわけですか?」


「そうです。ミイナさまにしか、頼めないのです」


 そう言われて悪い気はしない。でも、これは譲れない。


「アタシは戦うつもりなんてないよ。ただ歌って踊っていたいだけなんです」


「では、好きなだけ歌って踊っていただいて構いません」


 お姉さんはアタシの手からタブレットを取り返すと、何やら書きこんだ。


 そののちに、アタシにタブレットを渡してくる。


「おお……これは!」


 そこに並ぶのは、魅力的な文字の数々!


「ボスを倒すごとに新曲発売!?」


「魔王の配下と言われるボスを倒すごとに、新曲を出しましょう」


「衣食住に加え、練習室とボーカルスタジオを設置!?」


「ミイナさま専用のスタジオをご用意いたします」


「すべてのプロデューサーをライムが務める! ……ライムって誰です?」


「私です。ちなみに、この契約は内緒ですよ。上司は」


 と、お姉さん……もといライムさんは、ちらりと部屋の外を見る。


 さっきの偉そうな人が上司なのかな?


「上司は、何がなんでもミイナさまに魔王を倒していただきたいようなので。脅されたり、しつこく迫られたりするより」


 ライムさんはアタシに向きなおると、ウインクをして言う。


「ミイナさまも私も、ウィンウィンでいきましょう」


「お姉さん……!!!」


 こうして、契約は結ばれたのである。

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