皐月賞(前)

 本当に駒興さんは競馬に興味があるんだろうか。俺は、女性の多くが競馬(というよりギャンブル全般)を毛嫌いしているものだという偏見を抱いていたから、どうしても彼女の言葉を信じられないのだ。

 それに、駒興こまおきさんが俺に近付く理由などないはずだ。今まで接点もなかったのに……俺が競馬好きだって情報も、どこから仕入れたのだろうか。


 午前9時、LINEにメッセージが届く。

『お疲れ様です😊 競馬って何時からやってますか?』

 別に俺は疲れてなどいないのだが、これがうちの学科の挨拶として通用しているのだから仕方がない。

 1レースから見たら6時間も競馬を見続けることになる。いきなりそれだと初心者にはきついかもしれないし、平場とか特別戦は説明したところでピンと来ないだろうからメインレースだけでいいような気はするが……一応早いところで第1レースの発走時刻が9時50分なのでその旨を伝えると、

『わかりました〜 今すぐ行きますね』

 無料のスタンプとともに返信が来た。


「……おお、マジかい」


 部屋は片付いていたものの、客人をもてなすのに何もなかった。これではまずいと思って、紅茶とかコーヒー、茶菓子をコンビニに駆け込んで揃えておいた。


 人が遊びに来ることも、自分から訪ねることも殆どなかったため、こういう時どうしたらよいのかわからないのだ。一つ言い訳をさせてもらうと、それは1キロ四方に同級生がだれも住んでいないような田舎暮らしの弊害ではあるのだが……。嘘です、私がただコミュ障なだけでしたすんません。



 そうやって22にもなる大の男があたふたしていると、普段は鳴らないインターホンの音がした。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る