彼を図る

彗彩

最終話

 今朝の教室は、明らかに空気が違った。各々の表情にどこか清々した感情が見える。僕はあいつらの様にはならない。反対に気分は落ち込んでいた。いつも通りに過ごしていても、心の空隙は埋まらない。

 僕には唯一、友達と呼べる人がいる。彼は今日も欠席だ。

 「風邪」らしい。

 窓際最前列の座席。そこに佇む彼を、いつ見ても好きだと思った。惹かれたところなんて一切明確には分からないけれど。対角線上、廊下際最後列の僕。

 話しかけるのは毎回僕で、彼から話しかけてくれたことはなかった。美しく、静寂の心地良い人だった。

 あいつらはそんな彼が幾日も欠席していることを知らないようだ。僕は臆病な性格だから、そんなあいつらに果敢に意見など言えない。先生に彼の住所でも聞いて見舞いに行こうと考えた。

 先生はあっさりと僕にそれを教えてくれた。

 放課後、彼が好物だと言っていた「林檎」の入った袋を握りしめインターホンを押すと、母親らしき人が出迎えてくれた。彼はいないと言われた。買い物にでも気分転換に出掛けたそうだ。

「いつ帰ってきますか」

そう僕が尋ねると、彼女は天を仰ぐように言った。

「もうすぐ帰ってくると思うんだけど…」

 その顔は彼と似て美しく、若干の稚拙さを感じさせた。誤魔化しているようでも、全てを悟ることができた。

「またお伺いします」

 そう言い残して僕は立ち去った。彼女の顔が脳裏に焼き付いて消せない。歩くことさえままならない。地面がどっと近づいて、苦しい。

 あいつらはきっと知らない。でも、僕は知っている。その事実に憎らしさと哀しさを覚えた。

 ありきたりな言葉や事実では繕えない瘡蓋が、彼の存在を語らせた。僕には図れない彼の考えが、この現実を創った。

 そういえば、あれから一歩たりとも進められていない。

 僕は天を仰ぐ。時を進めることの恐ろしさに駆られながら。それでも次へ進もうとして。

 

 

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彼を図る 彗彩 @13579mg

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