第13話

男は一枚のタオルを手にとって、衣装ケースに入れた。この仕事で大切なのは、好奇心を持って見ることではなく、好奇心を持って見過ごすことであり、それは新聞記事やテレビのニュースに接するような関心だと男は感じていた。早朝もほとんどなかったが、太陽のだいぶ昇っている今も顔を触れる冷たい風はなく、周囲の裸の梢を駆け抜けることなく空気は停滞していた。朝のラジオが話している内容は毎日違うにしても、聞いているようで聞いていない中身は変わらず、職業訓練によって練りあげられた一本調子な語りと時折挟まれる海外の音楽は規則正しくあり、細かな違いはあるにしても、自身の散らかった何かしらを整理するようで、この汚れることを避けられない回収品の仕分け作業という仕事内容に男は、退屈ながらも瞑想のような役割を担っていると信じていた。考えてもきりがない生活の中のあらゆる自己の欲求と外界からの条件提示に惑う常常の中で、考えずにはいられない事から逃れることはできなくても、物を分けるという単純作業は幾分でも和らげる作用があり、砂場で遊ぶことを許された大人のように、膝を曲げて地面に体と心を近づけて、折折驚くほど豊かな世界の物を見せてくれる混雑をほどいていく作業は、素朴な興味をつついてくれる新奇が箱から腕を広げて飛び出してくる喜びがあった。

 無言の息遣いと様様な素材が仕分けられる少ない音の中で、ラジオが美形のイギリス人によるグラムロックの曲を流し始めてすぐに、トラックのエンジン音が低速の呼吸を膨らませて近づいてくる。肥えた大男の運転するトラックは荷台を空にして、後ろ向きで敷地内に戻ってきた。鉄くずの売値を伝えて、すぐに電化製品の雑品を積み始めた。

 最初に手をつけたのは業務用の複合型レーザープリンターで、これはドレッドヘアの男が自由が丘駅から少し離れた住宅街にある小さなオフィスでパソコンを数台回収している時に、外出から戻ってきた近くにある別の会社の男が、液晶モニターを丁寧に荷台に積む廃品回収業者らしき人物を見かけて、今すぐにレーザープリンターを処分したほうが良いと判断したらしく、その場で回収依頼をされた。軽トラックの荷台にすでに積まれていた荷物を半分以上降ろして空間を空け、エレベーターのない五階建ての古いビルの最上階から中に鉛でも仕込まれていると疑う程の重たく頑健なオフィス機器を、ドレッドヘアの男は浅黒くて紅潮しにくい顔を赤黒く光らせ、脂じみた汗を冷気が冴え渡る狭い階段に垂らしながら運び、どうにか積み込んだ物だった。荷降ろしの時にすでにその重さを知っていたので、男は腰を落として八分の力で持ち上げる真似をすると、十二階建てマンションの一角を持ち上げるのと同じ手応えだった(マアヨクモコンナ物ヲ一人デ回収シテキタナァ、ソレモ徒労ニナラナイ満足ノイク価格デ)。手伝う者が近くに存在するので一人で持ち上げる気は全くなかった。肥えた大男、顎の長い男、男の三人はタイミングを合わせて持ち上げ、荷台のリフトに載せて積み上げ、奥へと流した。鉄くずと同様に重量が値段になるので、完全に音の壊れたアップライトピアノや金庫とは違って価値のある重さだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る