第10話
朝の冷たさはそれほど変わっていないが、光は空気を緩ませて、動かし続けている体はすでに心地良くなっており、硬さはもうすでに溶けていた。男は手始めに、塊によりかかった斜めの桐箪笥らしい外観の物に手をつけた(アアァァ、勿体ナイ、マダマダ使エルノニ、丁寧ニ積ミ込ンデ、傷ツケナイヨウニ運ベバ、売レ……、ナイダロウ、価値ハワカルノニ)。引き出しを引っぱり出して地面に置き、重ねてから手で持ち上げ、どんな素材でも一緒くたに引き取ってくれる業者の置いたコンテナの近くへ運び、そばにある大型の衣装ケースに中身を入れてから地面に置いて、慣れた足つきの安全靴で角度よく踏んづけ、組み立てられた部位を破壊して板に戻し、コンテナへ投げ入れる(結局、回収スル者ノ目利キニ拠ルカラ、作業効率ヲ重視シテ、回収料金ヲ上ゲレバ、思ワヌオ宝ナド気ニセズニ回収デキルカラ、コレデイインダロウケレド……)。一つの魂が成仏したと男は思わなかった(……勿体ナイ)。引き出しを抜かれて中身を晒された桐のような箪笥を抱えて、男は再びコンテナの前でうつ伏せに寝かせて置き、背を思い切り踏んづけると、板が抜けた。続いて側面を上に位置変えして、角を数回斜めに力を込めて踵で踏み潰すとタンスの各組織は分離して、何枚もの板は地に平伏した。以前はバールで角を叩き分解させていて、たまに叩く点を損なうと板が裂けて木くずが飛び散ったりしていたが、慣れると鉄の棒一本でたやすく解体できるようになった。たまたま足の保護の為に鉄板入りの安全靴を履き始めたところ、分厚い靴底で踏みつける方が早く解体できることに気づいた。この仕事を始めた時と変わらぬ業務の喜びの一つとして、適正価格でスムーズに仕事を片付けた時や、思わぬ掘り出し物を多く回収して売上が大幅に伸びた時とは違った実感として、物を遠慮なく壊すという背徳感を秘めた衝動欲を満たすものがあった。誰かと喧嘩してかっとなったり、思うようにうまくいかず物を投げつけたくなるのと違って、理性を持って、慎重に、かつ大胆に物を破壊できるのは男にとって不道徳な喜びだった。電化製品や金属の取扱いに比べて、木材で作られた物は男の好物だった。四脚の椅子を角度よく思い切り地面に叩きつけ、花火のように弾けてそれぞれの具材がきれいに分離する時などは、物の気持ちを汲んだ上品な解体だと自己満悦を感じていた。仮に失敗したとしても、仕留め損なった闘牛にとどめを刺すようなきまりの悪さはなく、しぶとい相手に追い打ちをかける執拗さで無慈悲にさらなる一撃を加える。観客はおらず、男のみの舞台では仕損じることを咎める輩はいないので、専門家のような極度の完璧主義はなく、好事家のような気ままで程度の低い仕事への意識で都合良い成果だけに焦点をあてる。毎日回収されてくるあらゆる物に対してかすかな感傷を懐きながらも、仕分けして分解していくうちに甘さの変質した耐久力が増して鈍感になっていたから、言い訳などたやすく拵えることができた。箪笥だった物をコンテナに放り込み、男はテーブルや本棚など木材の調度品を壊していき、姿見のガラスは割れないようにコンテナ内に置いてから、そばにあった汚れたプラスチックの衣装ケースを持って敷地中央にそびえる現代アート作品ともいえる巨大なオブジェに戻った。
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