第3話

「行ってくるね」


私が玄関を出る時のミロは、ちゃんとわかってるから気にしないで行っていいよ! とでも言うように、ゆっくりと目の前で眼を閉じる。私はそれを見届けてから家を出るのが日課になっていた。


玄関を出ると、一階の外階段の下あたりに、一階に住む私と同じ歳位の一人暮らしの女性と、男性が一緒にいた。

ん?昨晩みた人かも、背格好が似てるような気がした。なんだ、そっか、そうだよね!

ちょっと安心しながら仕事に向かった。そうそう、そんな怖い事件はなかなか起こらないよね。なんて、いいながら足早に駅に向かった。



秋晴れの清々しい日だった。ミロは今頃窓辺で日向ぼっこでもしてるのだろうか。仕事中に窓から空を見上げてそんな事を考えていた。今日の仕事はちょっと厄介だったから、ミロの毛並みを思い浮かべスリスリ顔を埋める妄想をしながらテンションを上げてみたりしてなんとかこなしていったのだった。


ふぅ〜!終わった。

今日は、疲れたから帰ったら早く寝よう。そう思いながら、帰路についた。

まだ、遅い時間ではなかったせいか、人通りもまぁまぁあって、アパートまで心細い思いもせずに帰ってこられた。

いつものように周りを見回してから玄関の中に入る。素早くドアを閉め、鍵をかけた。


「ただいま」



その目眩はまた急に襲ってきた。必ずミロを抱き上げてソファに座る時にそれはおきた。そして今回は床に倒れこむ感覚と、誰かの足元が見える。ボンヤリとしてよくわからない。そのうち意識がなくなる。…程なく気がつき、以前の時と違って冷静に考えられるようになっていた。前の時よりほんの少しこの感覚は長かったように思える。これは誰かの意識なのだろうか、ミロのせい?ミロから何らかの記憶が流れ込んでくるのだろうか。ミロと一緒の時にしかそれはみなかったから…


気のせいかな…

だよね…

ミロは相変わらず気持ち良さそうな顔をして、ゴロゴロと喉を鳴らしている。


まさかね…


「ミロ、何か言ってよ」


少し不安になって言ってみたところで喋るわけもなく。

抱きしめてスリスリしようとしたら、スルリと床へ逃げてしまった。


「もう!ミロったら、冷たいなぁ」


ゆっくりと歩くその後ろ姿を眺めながら、いろいろと考えてみた。


最初に眩しさがあって、手をかざしてた。二回目に頭痛と逆光に誰か見えた。三回目に倒れこむ感覚と誰かの足元。これは誰かに襲われて倒れた時の記憶なのだろうか。私は襲われたことなんかないし、もしかしてミロの前の飼い主が誰かに襲われた時の残留意識がミロに乗り移っていたとか、そして犯人がミロを捨てたのか。ミロが入っていたダンボール箱には何も書いてなかった。野菜や宅配便のダンボールではなかった。全くの無地の物だったので、前の飼い主を探す情報が何もなかった事をおもいだした。

まさかね、そんな犯人が猫をダンボールに入れてなんか捨てないよね。そのまま放置するとか、何処かへ投げ捨てるとか、それとも殺そうとしたのかな。平和そうなミロの顔を見ながら、想像は膨らんでいった。



第3話へ続く

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