第2話

「ただいま」

毎日の動作を繰り返す。玄関の鍵をしっかりとかけ、ミロに話しかける。

「さみしかった?」


その日は、玄関で靴を脱いだ瞬間に違和感を覚えた。何か変だ!

でも、何が変なのかわからない。ミロはいつもと同じにすり寄ってくる。部屋の物は多分何一つ変わってはいないように見受けられる。いつもの私の部屋だった。

「気のせいかな」


着替えて、ミロを抱き上げてソファに座った瞬間に、また目眩が襲ってきた。この前と同じように何かが見えた。というか、激しい頭痛とともに誰かが見えた。それが誰なのか逆光なのか見えなかった。

また、一瞬だったのか、気がつくとミロが喉を鳴らして私に乗っていたのだった。

「何だろう…」

とても、嫌な感じがしてたまらなくなった。だけど、何かわからないものは何もしようがなかった。

「ねぇ、ミロ、何だろうね」

教えてよ、って言いたくなった。ミロには何かわかってるのだろうか…。なんとなくそんな気がしてならなかった。



そんなことがあって何日も経たないある日の仕事から帰る途中、いつもより後ろが気になってたまらなくなった。その日は飲み会があって、いつもより遅くなってしまった。終電にはまだあったけれど、あまり遅くなるのは好きではない。

日中、通学路になっているその道は昼と夜とではまるで別の場所のように違っていた。人通りが全くなくなった夜遅い時間は、全神経を背後に集め、振り返るのも怖い気もするが、直ぐ後ろまで何かが迫ってきたら嫌なので時たま振り返りながらアパート近くまで帰ってきた。その時、身体が凍りついた。アパートの二階に上がる外階段の下に誰かいる。こんな遅い時間に…

「ど、どうしよう…」

その人は反対側を向いているようなので、私はそのままの向きで数歩後ずさりをした後、クルっと振り返り足音を立てないように足早にアパートから遠ざかった。

最初の角を曲がって直ぐ、そぉっとアパートの方を覗いて見てまた心臓が凍りそうになった。

「いない!」

いなくなっている、どうしよう、何処へ行ったのか、アパートの先に目を凝らしてみた。暗くてわからなかった。もしかしてアパートの誰かの家に入ったのかもしれない。そうだ、そうに決まってる。なんだ、そっか、などと自分に言い聞かせしばらく動けなかったけれど、何分か経った後に部屋に入る事にした。それだけ時間が経過したんだから、その誰かも外にいたのなら何処かへ行ったのだろう。と、思う事にして…


「ただいま」

「ミロー!怖かったよぉ〜」

すり寄ってくるよりも前に抱き上げていた。靴も投げ飛ばすように脱ぎ捨てていた。ミロの柔らかい毛にスリスリしながら心臓がおさまるのを待った。しばらくおさまる気配もなかったけれど。ミロの温もりがジワーッと私を安心させていった。

「ミロ、ありがとう」

その日、目眩はおこらなかった。



第2話へ続く

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