近くて遠い

Forest4ta

繋がっているからこそ

─1─


 近くて遠いだなんて言葉、今まで比喩としては詩的だなんて思っていた。まさか本当にあるとはな。

 まさに今なんかしら愛の言葉を言えば相手が応えてくれそうな親愛の距離だ。俺がお前を好き、そう言えば相手も俺のことが好きって返答を期待出来る。問題は、そいつには既に好きな人が居るっていう点だ。しかも美少女だし俺も友人の友人としてこんな人と知り合いなのは嬉しいって思う程だ。

 相手が高嶺の花ならば、そいつはどうせ振られて落ち込むだろうだなんて軽く相談に乗ってはいたんだが、御二方は上手く関係を築けているというオチが待っていた。正直、俺自身もほんの少しだけこの二人が結ばれるように、だなんて真逆の願いを抱いていた背中をプッシュしてしまったんだけどさ。

 言わなきゃ気持ちは伝わらない?俺自身が出来てないのによくも言えたものだ。しかし、こいつの純度百パーの気持ちを見ていれば背中を押してやりたくなるのは無理もないと思う。見ていて気持ちがいいんだ。それが憎たらしく、好意を抱いている彼女に対しての嫉妬心が湧くほどだ。どうして俺じゃないんだろうって。


─2─


 今日もまたいつも通りの1日だ。変わりがない座席で日々、脳みそに色々な知識を取り込むことが求められる勉学に対して「なるほど」「なんだよこれふざけてんのか」「なにもわからん」と心の中で悪態をつく。そしてその間の休憩にはこの前あったことを話したりその愚痴や、皮肉を言い合う楽しい時間。変わりがないよう時間。変わりがないからこそずっと続いてほしいと心の底から思っている。

 しかし変わってほしい部分もある。今、目の前で話している俺が好きな奴、もとい名前は釜田純に対しての心の奥底に無理やり沈めている悶々とした気持ち。そしてこいつが好きな人である湯川さんに対しての嫉妬心の二つ。

 実のところ、俺自身が純に対しての気持ちを理解したのは、こいつが湯川さんと初めてデートする際に応じた相談の時だ。その時だ、純と話していてこの皮肉を言い合える安心感とパズルのピースがハマったかのような相性を自覚出来たのは。その後、自分の考えを整理してみるとこいつに惹かれては可愛らしくと思える部分もわかってきた。

 それで変に俺自身がそのパズルのピースのような相性を伝えたり放っておけない気持ちを伝えたが、それで終いだ。それだけ。好きと言う気持ちは察せるには察せられるだろうけど、そんなの今の純に気づくことなんてできない。だって他にもっと想いを寄せてる人が居るんだ。これで気づけってのが酷すぎないか。

 とにかく、分不相応な達観した視点を持つ割に人間関係に対してはヘタレというギャップ。そこが放っておけないから自分も相談に応じたり、自分の壁を取り払って絡みたくなったのかも。その手段が皮肉を言うってのは、我ながらみっともない気がする。


 「なにジッと顔を見てるんだ、珍しい」


 「うん? そりゃお前の顔は珍しいモン持ってるからな」


 ほら、今のように。こう言っておけば仲がいいと思いがちなの、自分でも治さなきゃならないのは分かってはいるんだ。いつか本当に傷つけてしまいそうだし。こいつを揶揄ったり、小動物の顔を揉むようにいじわるしたくなるってなんかの支配欲なんだろうか?

 俺自身が自分を理解出来てない。素直な気持ちを吐こうにも恥ずかしい、というよりこの友人の輪の中でその素直に好意を吐くという行為をバカにされそうな気がしてならない。

 そう、こういう素直な気持ちってだいたい馬鹿にされがちだ。普通、バカにした態度の方が馬鹿にされるべきだろ。それに、皆がみんな愛に性別は関係ないと思っているわけじゃない。男の俺が同じく男性の純が好きだって言ったことが他にバレたらそれこそ、格好の的だ。

 別に、俺自身はそういう同性の壁は感じてはいない。ただ、こいつの内面に放っとけない感情と好意が愛に変わっただけだと思っている。でも、もしこいつと身体を交えることが出来れば遠慮なく躊躇わずまぐあうだろう。要は、性別関係なくこいつだから愛したいのさ。

 なんだか純の前でそんなことを考えていると、気まずく感じるので一旦教室から廊下に出ることにした。


「ちょっとお花摘みに行ってくらぁ」


「そんな隠語使わねえで素直に小便って言えばいいだろ」

 

「いやだよ恥ずかしい」



─3─


 帰り道、ちょうど夕陽が顔に当たる時間帯だった。夕陽が照らしだす光の色と、純の顔が惹かれるグラデーションを持っていた。真っ直ぐ道のりを歩いている最中、俺は隣を歩いているこいつの顔に余所見をしていた。


「なんだよ悠、また俺の顔じっと見ちゃってさ」


「……いや、お前って夕陽の光当たるとけっこうイケメンだなって」


 嫉妬かぁ?と、純は言う。お前の顔に嫉妬はそこまでしてない。俺の方が純粋にイケてる。なんて言ったが、実際こいつも意外と顔が良い。最近は湯川さんが自分から離れないために身だしなみを整える準備として身体を動かしているし身体と顔がタイトになってるし。なにより、恋する人間って輝いているのだ。だとしたら、俺もなかなか輝いて見えるのかもな。そう解説してやったらだ。


「お前も恋してるって? なら今度は俺がお前を支える番か」


「よせよ、自分の心配のが先だろ」


「それ言ったらおしまいだよ」


 そう。純は最近、湯川さんとの距離感が遠く感じている。デートを一回できて良い雰囲気を作れたと話された際はとんだ大成功でアドバイスした俺は嫉妬心よりも大きな喜びが先に頭で過った。こいつが幸せならそれはそれで良いのかもしれないという前向きな諦観だったが、同時にそんなこと思う自分が許せなかった。

 しかし、それでいて、もしこいつが失恋した時は俺は純を支えられるのか?その時に俺はつけ込んで自分から離れないようにきっちり甘えさせて挙句は自分の気持ちを伝えるのだろうが、おそらくその罪悪感に耐えきれなくなる未来が見える。そんな未来を避けたい気持ちがあるから諦めようとしているのか。そうその時は自分の気持ちを解釈していた。

 でも、今はこいつの幸せそうな顔と心を見ているだけで十分だ。しかしそれとは別に二面性を持つ心はまだ諦めきれていない。


「で、お前はいつになったら3回目のデートするんだ? いや、そもそも俺がこんなこと言うのおかしい気がするが」


「そこなんだよ。なぁ、お前から見たら俺と彼女の関係ってどう思うよ?」


 どうって。そりゃ最近二人だけで絡んでる所が見られてないからどうだなんて考えがつかない。というかまず、お前たち二人の世界の邪魔をしたくないから見ようだなんて思わないし。一言添えてやるんならそうだな。


「そうだな……お前、自分から積極的に行こうとした?」


 純は言葉に困っていた。というか図星の戸惑い方だこれは。いや、これは俺にも十分に当てはまる。俺だってこいつに自分の思いを中途半端に伝えているようでそうじゃない。純にとって俺は面倒見の良い友人としか思われていない。

 いっそのこと、今自分の想いを伝えてしまえばいいのだが、まだその時じゃない。じゃあいつ来るんだよ。



─4─


 ほら、また都合の良い奴として動こうとしている。俺は結局、なにがしたいんだよ。湯川さんが純に対してどう思っているか。どうしたいのかなんて聞いて、それを純に伝える。そう、間接的に聞いて彼を安心させる。

 というより、俺も安心したいのだろう。あの二人が本当に想い合っているという事実で、純が傷つかないということで安心したい。

 純に対しての想いとあの二人が想い合って欲しいという矛盾したこの気持ちなんて両立する訳がないのに。いずれにしても、もう何処かでどっちかを断ち切らなきゃならないんだ。俺にそんなこと出来るかどうか気持ちの問題は置いていくしかない。

 くそ、こんなグラついた考えのまま湯川さんに話すだなんてボロが出そうだ。俺が純に対して気持ちを寄せてるってことをバレたくないし。そんな不安とは裏腹にアプリで彼女のことを通話で呼び出す。通話するほど仲がいいと言われると微妙な所だが、文字だけのやりとりで悶々と悩むよりはマシだ。結局、自分の気持ちを両者に伝えたいってことが無意識にあるのかもな。


「あぁどうも。俺です、谷口なんすけど今大丈夫?」


《あれ? 珍しいじゃん。どったの》


「あー、なんだ、その……もういい、単刀直入に言うけどさ、あいつのことなんだけど、どう思ってる?純のことね」


《いきなりなんかすっごいこと聞いてくるね......》


 俺だってびっくりしている。単刀直入にこんなこと聞くかよ。もっとなんかワンクッション置くとかあるだろ。


「心配なんだよ。あんたら二人が。いや、余計なお世話だと思うけど」


《どうおもうか......? うーん、ちょっと待って? あたしと釜田くんが付き合っているって思ってくれてるんだよね》


「え、違うの」


《いや、照れるなぁって。だってたった二回お出かけしただけだよ?それで付き合ってるって言われるの......いいんだ?》


 待て、これは予想外だ。そもそも彼女が純と付き合っているという認識じゃなかっただなんて。じゃあたった二回で彼氏面してるってことなのか純は。それを当然のように思ってた俺も俺だ。恥ずかしい。恥ずかしいというか今かなり赤面顔していると思う。しかし、勝手にカップル扱いしている割には嫌な感じがしていない。むしろ照れが声になって聞こえた。


《いいんだ? あたしなんかが釜田くんの彼女で?》


「......良くないの?」


 そう聞くとむしろ凄く良い、と返されるが俺はどう反応すればいいのだろう。二人が両想いであることに喜ぶか、これで俺が純に対してのチャンスがなくなったと唇をかみしめながら失望するべきか。俺自身の感情が両方に寄っているだけに、この身を二つに分けることが出来ればだなんて無理な話を願うだけだった。そう俺が黙りながら、この通話を続けていると、今度は彼女の方から話を振ってきた。

 

《すっごい良いけど、どうしてそれを聞いたの?》


 俺は理由を話した。湯川さんと純が最近は距離が離れているような気がしている。その証拠に二人だけで居るということがないと純から相談を受けたことも。最後のは言わなくても良かったか。これじゃあ純が意気地のない男と見られるんじゃあないのか?と、心配していたがむしろ彼女は気にしてないようだ。


「え、純の代わりに聞いたのにそこ気にしないのはすっげー意外なんだけど」


《いやー、あたしも人のこと言えないし。だって、あたしも谷口くんから聞こうとしてたんだもん。釜田くんがあたしのことどう思ってるかって》


 つまり俺は便利な間に挟まる人間って認識されてるって訳か。なんだそれ。でも、都合の良い人間って思われてるのに悪い気はしない。あぁそうか、俺はこの二人が好きなんだ。この二人と、そこから出るお互い同士が好きって感情が。要は、愛し合ってる夫婦を見てるのが好きで、自分も愛してくれる子供の視点のようだ。

 もっとも、この二人の間に立つことや俺を含めて三人で一緒にいること自体は少ないが。それでも、この二人が結ばれてほしいという気持ちがあるんだ。違う、結局は純が彼女と結ばれて幸せであることを願ってるだけか。その証拠に、湯川さんに親しい気持ちを抱いたのは純が彼女に好意を本格的に抱いていい感じの友人関係以上になれてからだし。そう、この人を手段に純が幸せになってほしいだけということに変わりがない。

 だとすれば、なおさら俺が彼女に嫉妬するのはお門違いなのかもしれない。もう理屈じゃあ純を諦めるべきなのか。そうじゃなきゃ純の幸せを叶えることなんて出来ないだろ。


《ところでさ、谷口くんはどう思ってるの?彼のこと》


「そうだね……まぁいい友人、そう親友とまでいくかもしれないやつかな?」


 そうじゃない。自分で言ったことを忘れたわけじゃない。パズルのピースが嵌まったかのような関係だ。そうさ、今言わなきゃ絶対に伝わらない。彼女に伝えるんだ、俺だってあいつが好きだ。あんた以外にもあいつが好きな奴はいるし他にもいるかもしれないぞ。なにせあいつは顔がいい。性格も気弱さと斜に構えたのがなくなって真っ直ぐになってきてる。なによりあんたより長い付き合いなんだ。そんな簡単に、理屈であんた達の幸せを願ってるからって俺自身も諦めきれない。


《やっぱいいや。たぶん察してる通りかも》

 

「なら言わせてくれ」


 俺は言った。自分の考えてたこと一言一句を腹の底から言葉を形にして息吹くように。なにが俺を急に駆り立てたのだろう。この状況に対しての鬱憤が爆発した?嫉妬心か?二人の関係を引き裂けるのは俺だけという独占的な破滅願望?なんにしても、俺は俺自身が思いを言わないことにもう我慢できなかったのは確かだ。


「……驚いた? それとも察してるからそうでもなかった?」


《いや、そんな魅力ある彼と付き合えて良かったなって思ってるよ。でも、安心した。あたしにそんな考えをさ、吐き出してくれて》


「まぁそれは、我慢できなかったし。つーか、対抗心?宣戦布告?なんか、言っておくのが筋じゃないかなってさ」


《ふーん、じゃあ負けてられないね》


 あぁ分かった。言わなきゃ分からないから伝えたいんじゃないんだ。言って相手がどう思ってるか伝えてほしかったんだ。そうじゃなきゃ自分のぐちゃぐちゃになった考えに飲み込まれちまう。そうなりたくなかったから純への好意を彼女に伝えて真っ直ぐ対抗心を持ってくれることに安心したかった。

 彼女が察してたのって、俺と同じくいつか純を取り合うことを予想してたから?じゃあ彼女も俺同様に相手の考えをはっきり理解したかったのか?俺の独特の不安じゃない。みんな自分と相手の思いを言って言わせてはっきりさせたいんだ。


《言っておくけど、あたし君にも釜田くんにも都合のいいやつにはならないよ?自分の芯をちゃんと持って彼と付き合っていくから。もし彼がダメな奴だったらその時ははっきりダメって言うし、君が変なことしたらその時は引っ叩くからね》


「あぁ、それでいい。俺は俺自身の良さで、あいつをもっと振り向かせる。俺だってあいつがクソ野郎になったらその時はツッコむよ」


 本当に遠くに離れていかないように思いを伝えるんだ。良いことやダメなこと、好意や嫌悪も。近いからこそ、自分の思いを根を持って伝えることが出来るんだから。


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