第4話(最終話)

家に着き、家族はまだ誰も帰ってきていないことを確認してからお風呂場に行った。

猫を置き、自分の服を脱ぎ一緒にシャワーを浴びた。洗い場の隅に丸まっている猫を驚かせないように、お湯が顔にかからないように気を配りながら、暑くない程度のお湯を身体にかけ続けた。指で毛をとかしてみたら、最初はバリバリだったけれど、汚れが落ちるにつれ柔らかいあの気持ち良い毛並みが戻ってきた。

丁寧に顔も指の腹で撫で洗いした。猫は、されるがままに目を閉じていた。

「あったかいか?」


洗われるのは嫌いでは無いのだろうか、それとも観念しているのか、始終おとなしくしていた猫は、僕のしゃがんだ膝に前足をのせてきた。

「ん?どうした?」


僕の手をペロッとひと舐めして

「にゃぁ」


「わかった、わかった、もう終わりにするよ」


風呂場を出ると自分の部屋に直行して。持ってきたたくさんのタオルで拭いてやった。ある程度拭いてから自分も服を着て、後はゆっくりと向き合って話しかけながら拭いていた。

「辛かったな。良く耐えてたな。」

「にゃぁ」


ちゃんと返事をしてくれるんだな。

応えてくれるって嬉しいもんだよな。でも、鳴かなくてもその目がちゃんと真っ直ぐこっちを見てるのがわかると安心するよ。

今までそうだったから、僕の話を聞くとき、お前はちゃんとわかってたんだよな。返事をするところと、そのまま何も言わずに聞くべきところを。

どれだけそれで救われただろう、こんなどうしょうもない僕の話なのに…ありがとう。

感謝してるよ。



ドライヤーを使って乾かし終えたら今まで以上にホワホワの見事な毛並みになった。

「お前、器量良しだな。」


さて、ここからが問題だ。

うちは猫を飼えないんだ。

妹が喘息だから昔から動物は飼うことは許されなかった。内緒で部屋で飼うなんて、絶対に無理だろう。僕についた猫の毛は、僕の動きと一緒に家中に撒き散らされる。


でも、今晩一晩だけでも一緒にいよう。そして明日、貰い手を探そう。


何とか寝るまで家族にはバレずに夜を迎えた。


一緒のベットに入る。温かい。

生きてるんだな。

柔らかい。気持ちいいな、お前。

ゴロゴロと面白い音を喉で出しながら、猫は一緒に眠りへと入っていった。




…僕は仕事をしていた。いつも通りの光景。だけど、僕の周りに人がいない、何故?皆んなは何処にいるのだろう。一人は嫌だ、寂しくて、涙が出そうになる。僕は強がっていたんだ。自分でもわからなかった。傷つくのが怖くて、ならば傷つく前に人との交わりを無くしてしまえば絶対に傷つかないと思い込んでいたから。間違っていたんだね。

ねぇ、お前。

お前は誰なんだい?

猫の姿をしているけれど、本当は違うんじゃないのか…と、目の前の猫を捕まえようとしたところで目が覚めた。

夢だったんだ。

しばらく朦朧としていた。


ハッキリと醒めてきて、猫を探したが、いない。

慌てて、下の部屋へと行くと家族が驚いていた。こんな早い時間に階下に降りることなどないからだ。

僕には家族がいる。でも、皆バラバラなんだ。というか、僕だけが別扱いなのかもしれない。

学校も途中で挫折して、なんとか入った就職先でもなかなか続かない。今の職場は時間も短いし、なんとか持っている。そんな僕を家族はどう思っているのだろう。

朝ごはんも自分で作るのはみんなと違う時間に食べるからと、作ってもらうという行為が重荷になるからだった。


「あ、おはよう」

そう、僕が言うと、皆狐につままれたような顔つきで、一瞬の沈黙の後、

「おはよう」と、それぞれが声をかけてきた。

なんか、不思議な感覚だった。


母が、一瞬戸惑いながらも「ご飯食べる?」と聞いてきた。

猫が気になっていたものだから、素っ気なく、

「いらない」

と言った後、ふと、思い直して、


「ありがとう、まだ空いてないから大丈夫」と付け加える事ができた。


「じゃぁ、食べたくなったら言って、目玉焼き作るから」と、母さん。


あれ、前はこんな毎日だったのに、いつから変わってしまったんだろう…そんな事を考えながら、皆にはわからないように家中を探してみたけれど、猫はいなくなっていた。




昨日からの10月の冷たい雨は今日も降り続いていた。

また濡れてしまうよ。風邪ひかないといいのだけど…


不思議な猫よ、いつかまた会えるよね。






エピローグ



何度か、あの雨の中びしょ濡れだった猫がいたあの場所あたりに、同じような猫がいるのを見かけたと人から聞いた。

また、お婆さんとの思い出の公園に戻ったのだろうか。

誰かに拾われて貰えたらと思い、高さの浅いダンボールを買ってきて置いてみた。中には柔らかそうなタオルを敷いて。

この中に入っていれば、きっと、捨て猫かなって拾う人も出てくるかもしれないと思って…





あとがき


最後まで読んでくださってありがとうござい気が付かれた方がいるかもしれませんが、この物語は、ショートストーリー「ある記憶」の前に来るエピソードです。

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ショートストーリー 「神無月の雨」 柚 美路 @yuzu-mint

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