天敵
よもぎのぬいぐるみは逃げたが、即刻回収された。
今しがた教室に入って来た、全身黒づくめで痩せ型の男性によって。
流竜はありがとうと言って立ち上がり彼の元に行こうとしたが、その前に風のような俊敏さで辿り着いた者がいた。
龍だ。
龍は目を真っ赤にさせて、彼の細腕に嚙みついていたのだ。
流竜は慌てて龍を彼から離そうと背中ポケットから杖を取り出して構えたが、彼が片手でそれを制した。
口を一文字に結んで杖を下ろし、状況を黙視する姿勢を取った流竜を確認した彼は、不敵に笑って龍を見下ろした。
「すたこらさっさと逃げずに天敵の俺に向かってきた気概は認めるがな。小僧。まだまだ役者不足だ」
鋭さを増した視線を真っ向から受けた身体に重さが圧し掛かって来たかと思えば、彼の細腕から口を自然と放していた龍は呆然と彼を見つめていたが、乱暴に頭を掻き回される感触に、はっと顔を赤らめたかと思えば、瞬時に蒼褪めた。
「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか。俺保健室に行って薬を取って来ます待っていてください!」
「お。ったく。すばしっこいやつだな」
「
「ああ、服に少し穴が開いただけだ。血どころか噛み跡もないな」
ほらと、いつもの少し青白い細腕を見せられた流竜は胸をなでおろして、龍が駆け走って行った廊下を見たあとに、世司を見上げた。
「吸血鬼の天敵のふくろうだって直感的にわかって襲ってきたのかな?」
「だろうな。やられる前にやれって本能が叫んだんだろうが。律せられないあたりまだまだだな」
「そりゃあ、中学生ですから」
「で。このぬいぐるみはあいつのか?」
世司が麻縄袋に回収しておいたよもぎのぬいぐるみは敵わないと察したのだろうか。妙におとなしくしていた。
「うん。恋心だって言ったから帰ると思ったんだけど。どうしたらいい?」
「だれに恋しているか訊いたか?」
「全校生徒の半分」
「思春期真っ盛りだな」
「うん。でもだれかれ構わずに恋しているみたいでいやなんだって。だから一人前の吸血鬼にしてくれって頼まれちゃった」
「時間の問題だろ」
「言った。だから今日一日考えるって」
「ならこいつらは今日も預かるか。逃げだしたら厄介だしな」
「うん。世司が持っててよ。おとなしくなった。て言うか、あれ。一つに戻ってる」
「お待たせしました!」
龍は飛びつく勢いで世司に腕を見せてくださいと迫った。
世司はなんともないと言って、服をまくったままの傷ひとつない腕を見せると、龍が急に涙を流し始めた。
ぎょっと、流竜と世司は目を丸くした。
ごめんなさい。龍は乱暴に袖で涙を拭うと、深く頭を下げた。
「ごめんなさい。俺、頭、わけわかんなくなって」
頭が混乱しているのだろう。
涙が止まらないばかりか、しゃっくりまで出始めた龍の後頭部に手を添えた世司は、ぐいっと腹の辺りに引き寄せた。
「いろいろあって頭も疲れているんだろう」
「う、うえい」
「目をつむれ」
「う、ぶえい」
「そのまま眠れ」
世司は言通りそのまま眠りに就いた龍をお米さま抱っこした。
流竜は杖を背中のポケットに収めて、龍が掴んだままの薬箱の取っ手から指を外しては持って世司を見上げた。
「先生に言っとく。神字屋は具合が悪くなったから保健室に行ったって。よろしくね。魔法部の顧問の先生」
「世話が焼ける」
(2022.6.8)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます