運命




 龍曰く。

 吸血鬼は嗅ぎ取るらしい。

 たった一人だけしか存在しない、運命の相手の血のかぐわしき甘い匂いを。


 だと言うのに。


「クラス全員とは言わないが、半分くらいはいると思う。運命の相手。なんなら、全校生徒の半分くらいはいると思う。甘い匂いが充満しすぎてわからない」


 悲壮感たっぷりの顔を向けられた流竜は、あららと思いながら、よもぎのぬいぐるみを見れば、気のせいか、紅葉がさらに濃く鮮やかに彩られているように見えた。


「一人前になればこんな、こんなふしだらな身体にならなくて済むはずなんだ。たった一人。たった一人の運命の相手の匂いだけ。だから。頼む。笹田。魔法使いなんだろ。どうにか俺を一人前にしてくれないか?」

「同じ吸血鬼に相談した方がよくない?」

「こんな恥ずかしいこと言えるかよ。他の吸血鬼は一人だけしか。運命の相手だけしか匂いは嗅げなかったって言ってたしよ」

「へえ」


 本当かな、脚色してない。

 疑わしいが、純情な同級生の夢を守るためにその点については黙っておいた。


「うーん。魔法はあるとは思うけど」

「本当か?」

「うん。けど。多分、身体も精神もまだ未熟で色々戸惑っている状態だろうから、匂いがうまく嗅ぎ取れてないとも考えられるし。時間が解決すると思って、状況を見た方がいいと思うけど。もしくは、恥を忍んで吸血鬼に訊く」

「え?」

「………そんなに辛いの?」

「まあ」

「私が吸血鬼に訊いてこようか?」

「いや。訊くなら自分で訊く」

「そう」

「とりあえず、今日一日考えてみる。ありがとな」

「うん」

「で、その葉っぱのぬいぐるみはなんだ?」

「神字屋の恋心」

「は?」

「だから、神字屋の恋心。この前の雨の時にぶつかって私にくっついてきちゃったんだよ。どうしてか逃げようとするから。ごめん。強く握ってるけど」


 ガタタ。

 いきなり立ち上がったせいで席が倒れてしまったが、龍はそれどころではないようだ。唇を震わせて、目も手も右往左往させていた。


「おまえにくっついたって………つまり、俺の、運命の相手は」

「いや、違うと思うよ」


 流竜はバッサリ切った。

 龍は顔を真っ赤にさせた。

 流竜がいなければ床を転げ回りたいくらいに恥ずかしい想いを抱きながら、小刻みに震える身体をなんとか動かして席を元に戻して座った。


「ぬいぐるみが恋心だって認識したら戻ると思ったけど、まだ逃げようとしているから。うーん。ちょっと待って。放課後にもう一回話そう。助っ人を交えて」

「助っ人?」

「そう」


 流竜はスカートのポケットからガラケーを出して家に電話をかけようとしたが、その前に教室の扉が開いて、助っ人を頼もうとしていた相手が入って来た。

 途端、よもぎのぬいぐるみが小さく分裂して、流竜の手をすり抜けて逃げて行ってしまった。










(2022.6.8)


    

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