第187話 君にふさわしい相手
「この度はご機嫌麗しく、皆様……?」
サリーさんが自分の言葉に違和感を感じたのか、首を傾げる。ひざまずくサリーさんの目の前には王様が足を組んで座り、その後ろには椅子がないのでお妃様が4人、王子様が7人、美男美女がそろって立っている。壮観だ。
「それで、本日は、どのようなご用件で……」
サリーさんが様子をうかがうように尋ねた。王様は答えなかった。先日サリーさんを呼び出したことといい、そんなに結婚を急いでいるのだろうか。いい人がいたのかな。
しばらく待って、俺は椅子を集めてこようかとヨスコさんに断り、そっと動いた。すると、王様が何かを投げた。
「あいた」
それは俺にぶつかり、ばさりと床に落ちた。
「貴様はじっとしてろ」
それは俺がお兄さんに渡したファイルだった。あっと思ってお兄さんを見ると、お兄さんは片手をひょいと前に出し、ごめん、と声を出さずに言って苦笑した。
そんな。王様に見せる前にと思って相談したのに。
唖然とした俺は、王様が強く杖で床を鳴らす音ではっとしてそちらを見た。
王様はやっぱりすごく男前な顔を冷たく薄く微笑ませて、青い目で俺を見据えた。
「おい、セーラレインの犬。貴様は飼い主の目を盗んでこんなものを作るほど暇なのか?しかも肝心な男の名前が抜けている、何にもならねえ代物を」
杖ががんがん床を叩く。女の子たちが震え上がっている。まるで昔の、横暴な王様だ。
「すみません」
反射的に謝りながら、俺は必死に考えた。
そんなに有望な人を忘れただろうか。誰だろう。伯爵以上に限定してしまったから抜けたのかな。でもトマ師はそのくらいの地位からでないと釣り合わないと言っていた。
年か。俺は二十才前後から二十五才をピックアップしたが、若くてもしっかりしている人はいるのだ。年下も見ておけば良かった。
誰だろう。でも、王様の胸の内には誰かの名前があるのだ。
俺はファイルを拾いながら懸命に動揺を隠した。
今度こそ、今度こそサリーさんがお嫁に行く。結婚する。
誰かのものになる。
手が震え、俺はファイルを取り落とした。みんなが俺の手元を注目する。それがわかって俺はますます緊張してしまい、ファイルをなかなか掴めなかった。
イライラと床を突いていた王様の杖が遂に俺に向かってぶん投げられた。俺は全くかわせずにまともに食らい、ファイルを拾おうと不安定な姿勢だったこともあって、あえなく尻餅をついた。
「ダメな犬だな!どうしようもねえ!」
怒鳴られ、不意に胸が詰まった。
初めてわかった。俺は、平気じゃなかった。サリーさんが誰かのものになるなんて、耐えられない。他の誰かがサリーさんを見つめ、手を取って、抱きしめるなんて。
顔を上げられない。俺はそのまま動けなくなった。動いたらきっと泣いてしまう。
「クロノ」
そんな俺をみんなの視線から遮るようにして、サリーさんが俺の前にかがみ込んで手を差し伸べた。
サリーさん。君はいつも俺をわかってくれる。どうしてだろう。魔女の魔法だろうか。
さすがにみんなの前でその手にすがって泣くことはできないから、俺は心の中で歯を食いしばり、そっと感謝だけして姿勢を直した。
君の結婚相手はそんな優しい君を抱きしめ、一番近くで見つめるのだろう。彼はその幸せな一瞬に、その美しさを改めて思うのか、それとも君を得た幸せを噛みしめるのか。
俺に手を断られたサリーさんは、少し持て余したようにその手を引きあぐねていたが、微笑んでうつむいた。
「無理なら、いいよ」
「えっ」
サリーさんの声が震えて、俺は慌てた。そんな、だってこんなにみんなの前でサリーさんの手は触れない。でも、それが嫌とか嫌いとかではないということは、サリーさんもわかってくれているはずなのに。
焦って考え、俺ははっとした。
結婚相手のことか。もう自分に合うような相手がいないとでも思っているのか。
それは違う。サリーさんは素敵だ。どこに出しても恥ずかしくない、俺が世界で一番誇りに思う立派な姫だ。
君は可愛くて、優しくて、強くて儚くて。
時折無鉄砲なのも、ちょっとだらしないのも、全部長所として説明できる。サリーさんは最高だ。
相手がいないんじゃない。まだ、巡り会えていないだけなんだ。なら、俺が探す。
つらいけど、サリーさんが他の男のものになるのは
君がずっとずっと幸せでいられると誰もが信じられるような、君の花嫁姿を見たい。
「絶対に、見つけるよ」
サリーさんに誓った途端、俺は両側から殴られた。
「ヨスコさん、ヴィオさん」
訳がわからず、頭を押さえて目をぱちくりする。ふたりは口々に、大きくため息をついた。
「本当に……本当に、あなたってダメね!」
え。
「鈍いにも程があるぞ。この鈍感、朴念仁、唐変木」
ええ。ダメ出しがすごい。それ、俺のこと?有望な婿候補を書き逃して、それは確かに無能だけど、そこまで言われる?
俺が落ち込むと、王様が追い討ちのようにことさら大きくため息をついた。
「セーラレイン。どれだけ待ってもこれは、無理だぞ」
王様のよく通る声が俺をダメ押しのように打ちのめし、目の前のサリーさんが諦めたように笑って首を振る。
「クロノらしいわ」
優しく微笑まれ、俺は困惑した。
「がんばるよ、絶対君にふさわしい人を探して」
間をおかず再び両側から鉄拳が降り注ぐ。
「痛い」
ヨスコさんは収まらないのか、ヴィオさんより多く殴ってくる。力が強い分ヨスコさんの方が痛いのに。ひどい。
王様がまたため息をつき、急に低い、冷たい声で言った。
「おい犬。貴様はセーラレインの伴侶に、どんな奴ならふさわしいと思うんだ」
「そ、それは」
俺は息を飲み、答えた。
「若くてカッコよくて優しくて頭が良くて、サリーさんのことを何よりも大事にしてくれるお金持ちの王子、です」
「そういうところだけ、つっかえないのね」
ヴィオさんが呆れた。うん、これは譲れないから。
「王子は……ねえ」
お妃様方が難しい顔になった。
「うちの養子にする訳にはいかないし」
「実家に頼んでみましょうか」
「でも、王子は必ずってことではないんだろう?ファイルには王子でない貴族もかなり載っていたし」
お兄さんが口を挟んだ。それは、まあ。
「殿下がお金や家柄で苦労しなければそれで」
「それならいいわね。財産はたくさんあるようだから」
お妃様方は納得したようだが、王様はまだ難しい顔をしていた。腕を組んで、唸っている。
「若くてカッコよくて、ううん。頭が良くて。うううん」
胸の中の人物は、そこが難点らしい。
「おい、犬」
王様は膝に肘をついて片手で顎を支えながら、イライラと言った。
「そこは、諦めろ。何ともならねえ」
「え、でも、よく探せばきっと」
「顔なんか骨になりゃみんな似たようなもんだ。頭は、時としてとんでもなく悪いが、普段はそこそこだ。それでいいだろう」
「え、でも、そんなに悪いんじゃ困ります」
「困ってんのはこっちだ、バカ野郎」
怒られた。俺は黙ったが諦めてはいない。サリーさんにふさわしい人は、きっといるはずだ。
「若さは」
サリーさんがひどく真剣な顔で俺を見つめた。
「そんなに若さが必要なら、
「サリーさん、知ってるの」
俺は動揺を隠せず尋ねた。夜会で会った人だろうか。年上なのか。
「ダメよ!サリー、絶対ダメよ、危ないわ」
「いくらサリーでも無茶だ、
「だって」
ヴィオさんとヨスコさんが必死に止め、サリーさんが青ざめて首を振る。そ、そんなに危ないのかな。龍ってやっぱりすごいのかな。
ぼんやりそれを見ていたら、遂に王様が立ち上がり、つかつかと歩いてきて思い切り俺の頭を殴りつけた。
「この大バカ野郎、俺の娘にしなくてもいい苦労をさせるんじゃねえ。
そのまま王様が怒鳴る。
「貴様は、何だ。言ってみろ!」
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