第182話 有事だョ!全員集合

 頭上を飛行機が飛び去り、あまりの風に俺は煽られてよろめいて、そこに砲口が火を吹き、俺はあっと思って。


「むぐ!」

 頭上から降ってきた影に踏み潰された。弾がどこかに着弾して爆風がくる。

 俺に飛びかかってきた何かはすぐに俺の首根っこをくわえ、背中に乗せて、ぐん、と跳んだ。俺は慌てて大きな背中の黒い毛にしがみついた。戦車がみるみる遠ざかる。


 毛?動物?俺を助けてくれるのか?

 獣らしからぬ、いいにおいがする。あれ、これ、どこかで。いや、それより。

 助けなのか。助けてくれるのか。こんなに強そうなものが。

 すがりたい。助けてほしい。助けてほしい人がいるんだ。


「あ、あの、広場に行ってくれないか、そこにサリーさんが、俺の大切な人がいるんだ!」

 言葉が通じるかわからなかったが、俺は叫んだ。戦車が動き出している。

「おおぉーーーん!」

 黒い毛の生き物はちらりとこちらを見ると、ひと声高らかに遠吠えして、すごい速さで走り出した。


 すぐに広場に着く。キャタピラの音が追いかけてくるのが聞こえる。まだ遠いが、じきに来る。

「サリーさん!」

 俺は転がるようにして黒い毛の生き物の背から下りた。

「クロノ!まあ、それ……」

 サリーさんはそこそこ大きな木の枝を握っていた。それで何をする気だったのか。


「この、ええと、この、犬……さんが助けてくれたんだ。きっといい犬さんなんだ、だから乗って、じき戦車が来る、ここから離れて!」

 人の大きさほどもある黒い犬は、呆れたように俺を見た。犬の呆れた顔というのを初めて見た。

 サリーさんが木の枝を捨て、困ったように俺を見る。

「クロノ、あのね」

「いいから早く!噛まないから、大丈夫だから!」


 俺は急いでサリーさんを犬の背に乗せようとした。すると、唸るような爆音が聞こえてきた。

「あ、あれ、飛行機!戻ってきたのか!」

 飛行機は見る間に迫ってくる。俺はサリーさんをかばおうとして抱きしめた。

「待って、クロノ、あれは」

 サリーさんが俺の肩越しに飛行機を見上げる。もう赤紫の翼の下に装備してある火器まではっきり見える。高い建物がないからか、さっきより高度が低い。パイロットの顔まで見えそうだ。


 そのパイロットが、挨拶のように軽く手をあげた。そのまま敬礼して飛び去っていく。

「え?」

 ぽかんとする俺の腕の中で、サリーさんが声をあげた。

「お兄様!?」

 その言葉が終わらないうちに飛行機が戦車にミサイルを撃ち込み、戦車が火柱になる。さっきの火柱はこれか。飛行機は味方なのか。ではこの犬さんも。


「犬さん?」

 気がつくと犬さんの姿はなくなっていた。

「あれ、犬さんがいない?」

「クロノ、あれはね、犬じゃなくて」

「本当にご挨拶ね、クロノ」

 女性の声がして振り向いたそこには。


「ヴィオさん!?」

 ヴィオさんは今着たばかりのように青いワンピースの裾を直し、髪を触りながら、俺をにらんだ。

「犬、犬って失礼この上ないわ。この由緒ある狼伯爵のヴァイオレット・スプリングに向かって。私は狼 。犬はあなたでしょ」


「ヴィオ!」

 サリーさんが俺から飛び出してヴィオさんに抱きつく。

「サリー!良かった、無事みたいね」

「ヴィオも!」

 抱き合うふたりを見ながら、俺はまだぽかんとしていた。何?どういうこと?


「クロノ、ヴィオはね、狼女なのよ。本当はもっと北の方を治めているんだけど、今は塔に来てくれているの」

「サリー、少し離れてくれる?あの姿になった後はどうもお腹がすくのよ、食べちゃいたくなるから」

「それはまだ困るわ」

 サリーさんが笑って少し離れた。

 ヴィオさんの食べちゃいたくなるって、本当に食べちゃいたくなってしまうのか……!


 俺は改めて異世界に来たことを実感した。狼女って、本当にいるんだ。異世界すごい。全然気づかなかった。

「クロノ、お疲れ様。もう大丈夫よ、みんなが動いてくれたから」

「みんな?」

 サリーさんが首を傾げ、ヴィオさんが空を見上げた。


 さっきの赤紫の飛行機が町の上をひらひらと飛び回り火柱を作っていく。その向こうに、大きな暗い赤の輸送艇がこちらに向かっているのが見えた。

 ゴーベイ王子のよりはずっと小さな、しかし大きな暗い赤の輸送艇は、今そこで飛び回るのと同じくらいの大きさのモスグリーンの小さな飛行機たちを従えて悠然と進んで来る。

「あれは……お義母様!?」

 サリーさんは叫んだきり口が開きっぱなしになった。ヴィオさんがそうよ、と同じく空を見上げて笑う。

「娘の一大事だからね。サリー、こってり叱られるわよ」


 暗い赤の輸送艇は一旦岸辺の上空で停止した。下部のハッチが開き、中からロープが数本下ろされ、人が降りてくる。

 一番先に暗い赤のドレスの女性が岸辺に立った。あの色はお妃様ではないだろうか。映画で見た、どこかの国のスパイ並だ。


 他にも数人のモスグリーンの男性が降りるとロープは回収され、ハッチが閉まった。輸送艇が動き出す。着水するようだ。

 従えていた飛行機は先に着水していた。飛行機も全部水上機のようだった。その先にはいつの間にかさっきの赤紫の飛行機も停まっていて、既に操縦席のガラスが開いていた。


 強い風にドレスを激しくなびかせながら、お妃様がこちらへ歩いてくる。きれいな人だが、怒った顔をしている。3倍こわい。

「第四王妃のシャーロット様だわ。特殊部隊にいらしたの」

 サリーさんが呟き、緊張したようにずぶ濡れの髪を少し整えた。もう失礼のない格好をするのは不可能だが、俺も抜いたままの剣をしまい、上着の裾を少し引っ張ってみた。さほど変わり映えはしない。


 お妃様は目の前までくると、厳しく尋ねた。

「セーラレインさん。無事ですね」

「はい、私は変わりありません、お義母様。本日は……ええと」

 びしょびしょのスカートの裾をつまみ、サリーさんが言い淀む。この後はご機嫌麗しく、と続くはずだがどう見てもお妃様は不機嫌だった。


「無事なら、私からはあまり叱らないでおきましょう。ニッキーに任せるわ。この、バカ娘!」

 大声を出され、サリーさんがきゅっと体を固くする。

 お妃様は安心したようにほっと笑った。

「どれだけ心配したと思ってるの。全く」

 サリーさんは困惑したようにお妃様を見、俺とヴィオさんを交互に見た。


 お妃様は次に俺を見た。お、怒られるのだろうか。

 しかしお妃様は俺に深く頭を下げた。

「クロ君、セーラレインを守ってくださってありがとう」

「えっ、あの、や、や、やめてください!」

 俺は慌てて言い、お妃様より低く頭を下げた。もうよくわからないのだが、何となく。

「あなたのことはシズに聞いているわ。確かに陛下が好きそうな、面白い子ね」

 顔を上げたお妃様が腰に手を当てて笑った。何だか、豪快な人だ。サリーさんはまだ戸惑っている。


「よお!お前がクロノか!」

 ものすごい美男子がにこにこと近づいてきた。赤紫の航空服、さっきの飛行機のパイロットだ。ということはサリーさんのお兄さん、王子様か。

 黒髪に青い目、王様にそっくりだが若い分不敵な感じだ。姉が大好きな戦闘機乗りの映画の主演俳優よりカッコいいみたいだ。王子割増みたいな。


 ぼんやりしていたらサリーさんに強めにつつかれた。

「クロノ、返事して!お兄様が質問なさっているのよ!」

「え、ごめん、聞いてなかった、何?」

「もう、ちゃんと聞いて!」

 小声で叱られていると、お兄さんが笑い出した。

「何だ、もう妹の尻に敷かれているのか。気が早いな!」

「お兄様!」

 サリーさんが真っ赤になる。


「お前のおかげで親父がすっかりおとなしくなった。あの親父を丸め込んだ男を見てみたかったんだ。なかなかの男前だな」

 お兄さんは自分の右の頬をちょんとつついて笑った。確かに俺が男前なのは頬の傷くらいだ。まあここまで本物の男前に言われたら腹も立たない。


「まさか、戦車の前に剣で立つとはなあ。戦場でも見たことがねえや」

「そんなことしてたの!?危ないわ、無理よ!」

 サリーさんが今頃慌てて俺の袖を握る。もうしないよ。

「あの、ええと、王子様、あの、戦車はもう……」

 俺は戸惑いながら尋ねた。

「おう、5台とも潰したよ。戦闘機乗りには訳ねえよ」

 5台もいたのか。俺はまた腰が抜けそうになり、ヴィオさんに支えられた。


「頼もしいのか情けねえのかわからねえな」

「陛下のおっしゃっていた通りだわ」

 お兄さんとお妃様が笑う。情けない方で考えてもらえた方が間違いない。

 2人の笑顔を見て、サリーさんもやっと少し笑った。

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