第181話 パンツァーファウスト(があれば良かったんだけれども)

「絶対に帰ってきて!約束したわ、私をあなたのお嫁さんにしてくれるって!」

「俺が君にふさわしい男になったらね!」


 答えた俺の声を聞きつけたのだろう。金属を軋ませ、砲塔が動く。

 サリーさんと直線にならないよう、俺は少し走る道をずらした。


 サリーさんの気力が尽きたのだろうか。雨が上がり、霧がみるみる晴れていく。

 直線で走ると、戦車は思ったよりも広場の近くまで来ていた。

 これ以上は進ませない。町も壊させない。

「こっちだ!」

 俺は叫びながら剣を抜いた。

 歌ってくれ、俺の大切なサリーさんを守ってくれ!

 風を切って剣が歌いだし、砲塔がこちらを向いた。


 霧が晴れて、改めて向かい合う戦車は、大きかった。

 こんなのと生身で対峙するって、俺はバカだ。だが、バカでなきゃ戦車と戦うことなんてできない。


 弾は避ければ当たらない。一発避けたら装填するのに時間がかかるだろう。その間に距離を詰めて、例えば砲身の下に潜り込んでしまえば弾は届かない。

 その隙に砲身を切り落としてやる。

 付与魔法のおかげでいつもよりずっと早く走れる気がする。俺は的になりにくいように少しずつ歩幅や位置をずらしながら走った。


 大砲の真ん前に入るのは勇気がいった。

「当たらない、避ければ当たらない!」

 俺は叫びながら走った。砲塔がこちらを向く。

 砲身が火を吹いた瞬間に俺は思い切り横に飛んだ。


「うわわわ!」

 俺はバカだ。

 妖精はバカじゃない。洗濯機の妖精は、どんなに様々な布や汚れの程度の洗濯物を一度に入れても、全てきちんと処理していた。

 その妖精がわざわざ動き回る俺を直接狙うはずがない。動かない建物を狙って、それで俺の足止めをするに決まっているじゃないか。

 どん、どんと石が落ちてくる。俺は這うようにして瓦礫の雨を逃れ、必死に走った。


 幸い死ぬほどの瓦礫が直撃することはなかった。本当にただただ幸運だった。

 ちょっと作戦は良くなかったけれど、弾を装填している今のうちに、砲身を!


「うわあああ!」

 俺はバカだった。

 砲塔は動く。砲身ももちろん動く。撃ってすぐ弾を装填しなければいけない訳じゃない。敵が向かってきたらそちらを向いて当然だし、それがただの人だったら砲塔を回転させて砲身で吹っ飛ばしたらそれまでだ。

 俺はすんでのところで砲身をかわし、転がり込んだところをキャタピラに飲み込まれそうになり、必死に這い出た。そうだ、下はこれか。台座に固定されてるんじゃないんだ。

 死ぬ。本当に死ぬ。俺は戦車をわかっていなかった。


 わかるか、実物を見たのだって初めてなんだぞ!

 俺はひとり怒った。剣が歌うのをやめている。そう呆れるなって。


 行こう、考えたって仕方ない。俺には、今あるもの以外はないのだから。全てを使ってサリーさんを守るんだ。

「弾は避ければ当たらない!」

 俺はまた叫び、剣を構えた。下は装甲とキャタピラ、水平は射程範囲、それなら上だ。俺は空を見上げた。

 抜けるように青い。雨は完全に上がって、雲もすっかり取り払われてしまった。雨上がりの空はどこまでも青く、眩しく、……何のつかみどころもなく。


「……何とかしたら空を飛べないかな、異世界だし」

 くだらないことを考えている暇はなかった。

 俺は砲撃に飛び上がり、必死に転がって難を逃れた。建物が崩れる。休む間もなく逆に走る。砲撃音が続く。戦車は見えるもので3台、他にもありそうだ。俺を狙う戦車は建物を崩す弾を使っているが、他の戦車は町を焼く弾を使っているものもいる。


「やめろ!町を壊すな!」

 俺は叫んだ。サリーさんが守ろうとした町だ。サリーさんを悲しませるようなことをする奴は許さない。


 やっぱり砲身を切る。俺は雑な覚悟を決めた。

 砲塔がまたこちらを狙う。俺は剣を構え、動かなかった。

 吹きつける風を切り、剣が歌い出す。俺は動かなかった。剣よ頼む、俺の覚悟と共にあってくれ。


 狙え。俺を狙って、撃て。

 それがお前の百年目だ。


 集中しすぎていた俺は、だからそれがこんなに近付くまで、全く気づいていなかった。

 俺と対峙している戦車の後ろでどぉん、と火柱が上がって初めて、俺はそれに気づいた。

「飛行機!?」

 輸送隊に比べたらずっと小さな、しかしその分遥かに速い飛行機が建物すれすれをこちらに向かってくる。今の火柱は飛行機の攻撃によるもののようだった。


 飛行機まで来るなんて聞いてない!

 俺は唖然とした。そこを妖精が見逃す訳がなかった。


 はっとして砲口に注意を戻すが、手遅れだった。

 頭上を飛行機が飛び去り、あまりの風に俺は煽られてよろめいて、そこに砲口が火を吹いた。

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