第178話 がんばれ王子

 湖に鎮座していた、巨大な金の輸送艇が爆発していた。


 爆発が続き、風が吹き荒れる。

「何ごとですか!?」

 俺は何とか立ち上がってサリーさんを庇うようにし、シーラさんを見た。シーラさんも訳がわからないというように首を振る。

「とにかく、離れましょう!ここは危ない!クロノ様、こちらへ!」

 シーラさんがサリーさんをかばいながら建物の陰に移動する。


 燃料に引火したのか、輸送艇が激しく炎を上げた。熱がここまで届く。

「クロノ様、早く!」

 シーラさんが叫ぶ。呆然と湖を見ていた俺は、はっとしてうなずいた。


「おい、お前!」

 逃げようとしていたところを呼び止められた。

 鎧を半脱ぎの王子が、騎士を引き連れて、時折爆風に煽られへろへろとよろけながら、ベソをかいて走ってくる。何だよもう。

「どうしよう、僕の輸送艇が!」

「ひどいですね、何ごとなんですか」

 王子は俺にしがみつき、膝をついて泣き崩れた。な、な、何だ。


「僕のせいだ。僕が、この町を吹っ飛ばせと命令してしまったんだ……!」


「え」

 俺は立ち尽くした。輸送艇があげる炎の熱がじりじりと半身を熱くする中、王子が嗚咽しながら訴える。

「僕が負けたらもう何もかも消してしまいたかったんだ、だから、万が一、僕が負けたらすぐにこの町を焼き尽くすようにと、僕は負けるつもりがなかったから、そう、命令をしてしまっていて、まずは誰も逃げられないように輸送艇を爆破しろって、僕が」


 ぎぎぃ、と爆発の中に違う音が混じり出した。爆発を繰り返していた金ピカの輸送艇が軋み、歪む。ずんぐりした腹が落ち、それを機にあちこちが折れ、水柱を上げ、爆発までも飲み込んで、輸送艇が沈み始める。

「どうしよう、次は無人戦車だ。妖精だけで操縦できるように改造したものを作ったんだ。戦車が町を焼きに来る」

 王子が泣きながら震えている。


「な……何故そんな命令を!取り消してください!」

 シーラさんが取って返し、叫ぶ。王子は俺にしがみつき、ぶんぶんと首を振った。

「できない、操作盤は輸送艇にしかないんだ。もう輸送艇には入れないし、きっと壊れてしまっている。中止命令を出せない」


「殿下も危ないのですよ!」

 シーラさんが掴みかかり、それでも王子は首を振った。

「僕は避難するつもりだったんだ。すぐそこに王族専用のシェルターがある」

「なら、すぐにそこへ!姫殿下、クロノ様も!」

 シーラさんが王子の襟首を掴む。


 王子は強く、その手を跳ね除けた。

「僕は行かない!女どもを早く連れて行け!」

「殿下……」

 王子はぐしゃぐしゃに泣きながら、顔中から出せるものを全て垂れ流して、顔を真っ赤にして叫んだ。

「僕は行かない!お前、早く、セーラレインとそこの女どもを連れて行け!」

 騎士に怒鳴る王子は、ひと目でわかるほどがたがた震えていた。


「クロノ、シーラ、僕が悪かった。助けてくれ、何とか止めたいんだ。町を焼きたくないんだ、僕はみんなに優しくしたい……!」

 シーラさんが無言で電鈴を取り出し、連絡を取り始めた。騎士たちがサリーさん、エリアさんとそのお母さんの手を引く。エリアさんのお父さんも電鈴を使っている。


 王子が俺にしがみついていた手を離した。その手で押され、俺は戸惑った。王子はエリアさんのお父さんの肩も押した。

「女たちだけではさぞ、怖いだろう。お前たちも行け、僕の代わりに女たちを守れ」

 泣きながら王子が口元を歪ませる。笑顔のつもりのように。


 騎士が俺を掴む。俺は思わず手を払った。

「行けません、俺も残ります」

「町が焼けるかもしれない、行け!そして、マリベラに、僕が頑張ったと伝えてくれ」

 王子は泣きながら、がくがく震えながら口元を歪ませ続けた。騎士が俺の手を強く引く。俺は手を振り払った。


 頭上を、ひゅるひゅると花火のような音が過ぎていった。

「焼夷弾だ。もう時間がない、早く行け!」

「行ってください!」

 王子が泣き叫び、俺が重ねると、騎士は俺を諦めてみんなを連れて走り出した。


「クロノ、お前」

 ぐしゃぐしゃの顔で王子が俺を見る。言いたいことは山ほどあるが、話は後だ。

「いいから、どうしたら止められるか考えま」


 背後で炸裂音がし、俺たちは飛び上がった。悲鳴に続いて建物から炎が上がり始める。

「やめろ!やめてくれ!」

 王子が両手を広げてよろよろと前に出る。建物から女性と子供が飛び出した。騎士が駆け寄る。

「やめろ、僕が悪かった、やめろ!」

 王子はさらに前に出ようとして転び、泣きじゃくる。


「クロノ、手を」

 いつのまにかサリーさんが隣にいた。俺は驚いて叫んだ。

「サリーさん!早く避難を!」

「いいえ。クロノ、手を出して。早く」

 静かな声に求められるまま、俺はサリーさんとしっかりと手をつないだ。


「ゴーベイ様、あなたの気持ちはわかりました。婚約は破棄しましたが、今のあなたはそんなに嫌いじゃないわ」

 サリーさんが言いながら手を振ると、建物を焼いていた炎がすうと静まった。


「民を守るのは私たちの義務です」

 サリーさんは王子に微笑み、振り返ってきびきびと指揮した。

「シーラさん、みんなの避難を指示してください。必要な人はシェルターへ。身分は関係なく、あなたが必要だと判断した人から使ってください。騎士のみなさんはシーラさんの指示に従ってください。急いで、でも焦らないで。いいですね」


 サリーさんが念を押すように、大きな目でみんなを見つめた。

「あなたたちが人を、命を守って。私は」

 俺の中の力が破裂しそうに大きくなる。

 サリーさんの目が蒼く燃え、白い髪の毛が蛇のようにのたうった。


「私とクロノは、町を守るわ」


 サリーさんが歌い始めた。

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