第176話 マウンティングトーク(馬乗りの状態で喉元に剣を突きつけながらおじさんの泣き言を聞かされる)

 俺は王子に馬乗りになったまま負けを認める宣言を迫り、答えを待った。


「……い、やだ」

「わかりました。では」

 俺が王子の喉に剣をちょっぴり近付けると、王子は絶叫した。

「うわああ!嫌だ、死にたくない、怖い!」

 王子の、金の鎧兜に固められた俺より年上の薄毛のおじさんの、あられもない悲鳴、そして涙。

「やめろ。怖いよお、いやだああ」

 俺は思わず手を止めた。もちろん切先は突きつけたままだけれど。


「負けを認めたら、引きますよ」

「いやだ」

「では」

「いやだあ」

 あれもこれも嫌では困る。どうしようかと困っていると、王子が足をじたばたして叫んだ。

「お前に負けるくらいなら、こんな町、吹っ飛ばしてやる!」

「やめろ。殺すぞ」

「わあああ!」

 もがく王子を組み伏せ喉に剣をちくりとすると、王子は悲鳴をあげた。このくらい、血も出ないよ。


 王子はいやだいやだと泣きじゃくった。

「セーラレインは、僕に逆らわないはずだったんだ。だから妻にしたかったのに。家来にはたくさん金を出したのに。何でみんな、僕に従わないんだ。僕に優しくしないんだ!」

 頭の薄いおじさんが甘えた理由でべそべそする様は、非常に情けなく見苦しく惨めだ。何ともひどい。

「お母様も、兄にだけ優しくして、僕には怒ってばかりなんだ。マリベラも妻にしてやったのに僕を怒るんだ。お前を切り殺して、僕はみんなに褒められたいんだ。セーラレインに優しくされたいんだ」


「うちの殿下は、怖いですよ」

 呆れて言うと、泣きじゃくるおじさんは嫌々するように首を振った。

「そんなことはない。セーラレインはいつもにこにこして、僕の言うことを何でもはいと聞いていた。お前がセーラレインをあんなにしたんだ、僕のところに来たらまた優しくなるはずなんだ」

「ならないと思います」


 サリーさんが泣き出すほどのことをして、優しくされると思える王子の精神力がすごい。

「なるんだ、だってセーラレインは僕を怒ったことなんかなかったんだ」

「それは殿下にとって、王子殿下がどうでもいい人だったからですよ。女の人は、どうでもいい人には怒らないんです」


 王子が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら俺を見る。

「嘘だ」

「嘘じゃありません。俺には姉が2人もいるんです。それはそれは、怖かったですよ」

「僕はひとりだ。ひとりでもたくさんだ」

 王子は金の手甲のまま涙を拭った。


「じゃあ何で、セーラレインはお前に優しいんだ。何であんな目でお前を見るんだ。僕も、そう、なりたい」

 王子にもわかってしまうほど、サリーさんは俺を見つめていただろうか。俺は少し考えて、答えた。

「王子殿下は、優しくされたい人に、優しくしましたか」

「している。家来には他よりも高い給料を払っているし、マリベラにはドレスを買ってやったし、……お母様には何も、してないな」


 俺は王子の喉元に剣を突きつけたまま、尋ねた。

「殿下は、服を買ってもらって嬉しいですか」

「別に嬉しくはない。たくさん持っているし、ほしい服もない。僕は何を着ても素晴らしいから、……僕は何を着ても、兄みたいにカッコよくなれないから」

 王子のお兄さんは優秀な人なのだろう。そんな人と比べられるのはつらい。俺もそれはわかる。自分の名前より先に、兄の弟と呼ばれてきた。

 だからこそ通じるはずだ。すぐに卑屈になる王子に、俺はゆっくり話した。


「服を一緒に選んで、似合うってほめてもらえて、それを贈られたら嬉しいでしょう。それを着て、素敵なところに一緒に出かける約束をしたら、嬉しくなりませんか」

「……それは、嬉しいかも、しれない」

 しゃくりあげながら王子が答える。ようやくここまで話を進めることができた。俺はほっとした。

「殿下がされて嬉しいことをしてあげたらいいんです。そうしたら相手もそう思ってくれますよ」


 王子は考えながら、やっと答えた。

「それが、優しくするということか。お前はセーラレインに優しくしたから、優しくされるのか」

「そうですね。でも、先に優しくしてくれたのは殿下や、塔のみんなの方かな。俺はそれで生かされたから」


 王子がまた涙を流した。

「お前はセーラレインに怒られているのか」

「ううん、まあ、はい」

 答えにくいので雑にうなずく。王子は続けて尋ねた。

「僕を怒る女は、僕が大事なのか」

「そうですよ。怒るのは疲れますから。女の人は無駄なことはしないものですよ」

 全てがそうではないと思うが、俺はこれで押し切ることにした。


「僕は、間違っていたのか」

「今までは、そうかもしれません」

 王子は泣きながら考えている。俺は待った。


「……マリベラは、僕が大事だったのだろうか」

「聞いてみたらいいですよ。迎えに行って」

「怒っているだろう。あれは、怖い」

「確かに」

 王子が涙目で俺を見た。


「お前、一緒に迎えに行ってくれるか」

「え……いやです」

 俺はあんなに怖い思いはもうしたくない。しかし王子も粘った。


「一緒に行ってくれるなら、負けを認める」

 それは、願ってもないが、嫌だなあ。


「優しくしてみたい。優しくされたいんだ。どうしたら優しくできるか教えてくれ。一緒に行ってくれ。負けを認めるから」

 王子が俺に組み伏せられたまま手をあげ、立会人を招く。俺はまだ了承してないのに。気が早い。

「わかりましたよ、でもマリベラさんと話すのは殿下ですからね」

「お前もそばにいてくれ」

「えぇ……」


 嫌な顔をしているうちに、立会人のおじさんたちが来た。

 俺は慌てて王子のカツラと兜を戻した。

 王子がはっと俺を見て、嬉しそうに笑った。

「殿下、お呼びでしょうか」

 おじさんたちが恐る恐る、両側から王子をのぞき込む。


「見ての通りだ。僕の、負けだ」

 王子は晴れ晴れとした顔で、負けを宣言した。

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