第175話 魔女の刃、歌う剣

「クロノ、戦いなさい!」

「はい!」

 凛とした声に勇気をもらい、俺は剣を構えて踏み込んだ。


 王子が盾を構える。金色の塊は、何の隙もないように見える。

 なければ作る。王子の間合いに入って、剣を誘って、大きく盾を振らせて、こっちから行くと見せかけて逆をついたところを攻撃させて。

 かわすだけに集中すれば、倒そうとするより疲れない。

王子が消耗してきた。速く動ける分、余計に疲れやすいのかもしれない。

 しかし俺は王子を休ませなかった。

 俺の攻撃が単調になっていることに、王子は気づいていない。むしろ、やっと狙い通りに先を読み始めたような気さえする。そう、そうして先を読んでくれたら。

 

 少しだけずらす。

 俺は王子が剣を振り下ろした時、そのすぐ横で剣を振り上げていた。


 王子が焦って盾を構える。俺は構わず剣を振り下ろした。

 その時、剣が歌った。


 弾かれると思った剣は、盾を切り裂いた。

 がらん、と盾の上半分が落ちた。

「な……」

 王子が呆然とする。何かが起こった。何が起こったのか俺にもわからない。だが、今だ。

 迷いのない、王様の強い剣をイメージする。俺はこの剣を託されたのだ。サリーさんのために。

 俺の全ては、君のためだ。

 俺は必死に剣を振るった。


 剣が風を切る音が、歌っているように聞こえる。


 王子は何とか防ごうと盾を出し、剣を振ったが、盾は切り裂かれ、剣も先ほどまでのように俺を圧倒はしなかった。

 俺の剣が届く。

 王子の肩当も、胸当も、頬当から頸甲も、俺の剣は弾かれることなく、断ち切った。


 ぼろぼろの鎧を引きずり、王子が大きく下がる。

「何故だ!何故、獅子が吼えなかった!くそ!」

 見る影もない盾を投げ捨て、王子が叫んだ。

「何が獅子吼盾ししほえるたてだ!咆哮で敵を震え上がらせるのではないのか!嘘っぱちだ、こんなもの!」

「獅子吼盾は持つ者の闘志を糧とするからです。今のそれは、ただの骨董品です」

 シーラさんが告げる。王子は真っ赤になり、盾の残骸を踏みつけた。

「兄の時は吼えたのに!僕も王子なのに!」


 俺は王子に気を配りながら、手の剣を見た。美しい剣はなお輝きを増し、まるで意志を持ったかのように生き生きとして見えた。

「その剣が歌うと、戦場を駆け抜ける嵐のように、後には何も残らない。それが、嵐を呼ぶ者の名の由来なの」

 サリーさんが微笑む。

「剣があなたを認めたのよ」

 俺はサリーさんを見た。サリーさんがうなずき、目を鋭くする。


「行きなさい、クロノ。魔女の刃がどんなものかを見せなさい!」

「はい!」

 俺は懸命に息を整え、踏み込んだ。


「お前たち、僕を守れ!」

 なりふり構わず王子が叫んだ。金の騎士たちが広場に雪崩れ込んでくる。

「で、殿下!騎士が助力を乞うなどもっての外です!」

 隅に追いやられながら、黄土色の立会人のおじさんが叫ぶ。金の騎士にがっちり囲まれた王子が喚く。

「知るか!そいつが悪いんだ!僕は悪くない!」

 余った騎士が俺に向かってくる。騎士は王子ほど速くはないが、何しろ鍛え上げた剣士の集団だ。王子より遥かに厄介だ。


 騎士に背を向け、俺は走り出した。

「何だ、逃げるのか!負けを認めろ!」

 王子の嬉々とした声を背中で聞き、俺は手を伸ばした。


「サリーさん、頼む!さっきの魔法!」

 サリーさんははっとして俺を見つめ、手を伸ばした。

 指先が掠る。弾けるような力の流れを感じた。


 騎士に掴まれそうになり、俺はすぐさま踵を返した。サリーさんが俺の背に叫ぶ。

「十秒よ!」

「わかった、ありがとう!」

 俺はそのまま騎士の手をかわして走り、落とし穴に落ちた。

 

 もちろんわざとだ。人の視線を切るために。

 ここから十秒、サリーさんの魔法の時間が始まる。


 すぐに落とし穴を飛び出し、俺は走った。騎士は俺を見失い、隣を駆け抜けるのに気付くこともできない。

 騎士の群れを抜け、王子だけを目指す。剣が歌い始める。その声が導くように、金の騎士が順に振り返る。だが、今気づいてももう遅い。


 体ごとぶつかるようにして王子を組み伏せる。

 倒れ込んだ勢いで兜が飛んだ。

 俺は王子の喉元に剣を突き付けた。

 そして、はっとした。


 王子の金髪のカツラが、ずれた。


 王子が俺に気付いた。

 そしてすぐに自分の状況を理解して、はっと頭に手をやった。

 ふさふさの金髪が兜とともに外れて、ほぼ頭皮の頭頂部があらわになっている。よく見ると頭頂部には産毛のような金髪が汗でべったりとへばりついている。

 王子がぺたぺたと頭頂部を確認している。手袋をした手でも感触の違いがわかったようだ。

 王子の顔が絶望する。


 王子に剣を突きつけ、俺は叫んだ。

「誰も動くな!動いたら王子を殺す!」

 がちゃがちゃと俺を追ってきた金の騎士たちが固まる。


 俺の陰になり、王子の今の姿は誰にも見えていないはずだ。

 俺は小声で迫った。

「負けを認めてください。でなければこのまま、続けます。俺は死んでも負けを認めません」

 王子が頭を押さえて息を飲む。

 俺は王子に馬乗りになったまま、答えを待った。

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