第171話 引き続き最低な話(なかなか決闘が始まらないなあ)

 王子が指差したブルーシートの上には、タオルなどの布類と、丸めたティッシュや、果物の絵の描かれた入浴剤の空袋などのゴミが整然と整理されて並べられていた。


 サリーさんが愕然とする。

「そ、そ、それは、私の捨てた……」

「入浴剤を使ったな!風呂に入ったなら、することはひとつだろう!男を虜にするようなこんな甘い香りをまとって、一体、何をしていたんだ!」

 黄土色が差し出した空袋を得意げに振って、王子が叫ぶ。うわあ、今ちょっとにおいを嗅いだぞ。


「水をかぶって体が冷えたからお風呂に入ったのよ!ティッシュは、泣いたからたくさん使ったの!やめて!捨てて!触らないで!」

 サリーさんが真っ赤になって、泣き出しそうになりながら叫ぶ。

「泣いただと?可哀想に、僕のセーラレイン!メガネ、お前が不埒なことをしたんだな!」

「違うわよ!もう嫌、やめて!」

 サリーさんがたまらないように顔を覆う。


「ベッドにそのような跡はなかったと、清掃に入った客室係は申しております。備品もこの通り手付かずだったと」

 黄土色が続いて畳まれたシーツと小さな入れ物を差し出した。

 王子が真っ先に可愛らしい入れ物の中身を取り出して確認する。まわりから小さく、主に女性の悲鳴が上がった。

 そ、それはあの、ああいうところにしかない備品の、こういう公共の場で手にするようなものではない、いわゆるその、言いにくいけど、はっきり言えば男性側が使う避妊具。

 やっぱり部屋に置いてあったのか。気づかなかった。


「間違いないか!減っていないのだな!」

 黄土色の後ろの、くすんだ空色のワンピースのおばさんが必死にうなずいている。彼女が客室係なのだろう。緊張しすぎて手にした封筒がぐちゃぐちゃだ。それなりのお金が入っているようなのがここからでもわかる。


「やめて!わ、わ、私が、勧められもしないものを盗み食いするとでも思ったの!?」

 サリーさんが叫ぶ。え。

「そんなもので私を懐柔しようとしたの?いくらお腹が空いても、あなたの用意したものなんて口にしません!」

 サリーさんが真っ赤になって怒っている。ちょっと待て、何だか話が変だ。変だけど聞きようによっては際どい発言に聞こえてしまいそうな可能性がある。待て、品位に関わるぞ。


 俺は急いでサリーさんを黙らせるよう合図した。エリアさんとアユさんがすぐに理解して両側からまだ怒り足りないようなサリーさんを懸命になだめて物理的に丸め込む。


 ああいうものは女性でも抵抗なく手に取りやすいよう、きれいな入れ物を使って、ことさら可愛らしく包装してあるものだが、いや俺もそんなに詳しくはないが、まあここのそれは王子が開けてみせた通りにそんな感じで置いてあったようだ。

 サリーさんはそれを飴か何かだと思っているようだ。


 サリーさんはおそらくお風呂に入ったりしてお腹が空いていた時に入れ物に気付き、お菓子でも入っているのかと誘惑に負けてちょっとのぞいてみたのだろう。そして可愛らしい包装のお菓子だと思って、食べたいなと思ったのかもしれない。

 きっとその食いしん坊を恥ずかしく思っていて、だからこんなに怒っているのだ。人は自分の失敗を指摘されると怒るものだ。


 ……ヴィオさん、教育、全然なってないよ!

 塔に帰ったら是が非でも意見しなければならない。

 こんなでよくお嫁に出そうとしたものだ。女性には特に大事なことなのに、全然わかっていないじゃないか。


「とにかく、姫殿下にやましいことはありません!」

 まだ言い足りないサリーさんが何とか前に出ようとするのを負けずに押し込みながら、エリアさんが叫ぶ。

「本当だろうな、よく見たのか?」

 王子がシーツを広げてこと細かに調べる。また女性の声であちこちから悲鳴があがる。俺も少しぞわぞわした。ちょこちょこにおいを嗅ぐのは癖なのか。嫌悪感が増す。


「やめて!いや!気持ち悪い!触らないで!変態!」

 サリーさんが顔を覆って悲鳴をあげる。シーツを使った当人ならそれはそれは嫌だろう。

 だが王子はサリーさんがどんなに嫌がってもシーツをくまなく調べ回した。既にドン引きしている人々もさらに引き、さすがに金の騎士たちも引いている。


「いいだろう、セーラレイン、あとは僕がこの目でじっくり確かめてやろう!待っていろ!」

「やめて!気持ち悪い!もう嫌、絶対いや!気持ち悪いの!クロノ、その人を黙らせなさい!もし負けたら、あなたの帰る国はありません!」

 とうとう泣き出したサリーさんをエリアさんが人々の目から隠すようにして座らせている。いくら姫でも、これはもう仕方ないだろう。誰だって泣くと思う。本当に気持ち悪い。

 俺はとばっちりだ。


「ははは、恥ずかしがっているな!そんなに嬉しいか!可愛いぞセーラレイン!」

 あれがそう見えている王子もどうかしている。


「殿下、恐れながら申し上げます。お時間の方が、だいぶ……」

 俺と同じく背景と化していたおじさんがおそるおそる時計を示した。

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