第169話 人の心配をできるような身分や状態ではない、けれど

 王子は一際豪勢な、輝く金の鎧兜に身を固めていた。

 例の豪華な椅子に座り、それを担がせ、軽くうなずきながら歌う人々に応えている。前には楽団と旗、後ろには輝く剣と金の盾を掲げた騎士を引き連れて、王子は広場に入った。


 す、すごい鎧だ。板鎧プレートメイルというのだろうか。金ピカで眩しいのは仕方ないとして、生身の部分が目しか見えない。これに盾を持つのか?どこを攻めたらいいんだ。

 金の盾にはライオンらしき彫刻がしてあり、いかにも強そうだ。もちろん隣の騎士が掲げる美しい剣も、名のあるものに違いない。


 ……その装備、俺相手に、いる?

 ただの服を着た、帽子も忘れてきた俺は呆然とした。


 担がれていた椅子が降ろされ、王子が両側から支えられて立ち上がる。

 その一瞬、王子の足元がふらついたのを俺は見逃さなかった。

 やっぱり、あんなものを着てまともに動ける訳がない。よし、始まったらすぐ、鎧や盾に構わず斬りかかろう。


 しかし王子はそのまま動かなかった。何だろうと思っていると、背後がやや騒がしくなった。

 振り返ると、金のローブの魔術師団の老人たちが懸命に体の前で手を横に振ったり、バツを作ったりしている。

 椅子を担いでいた従者が慌てて王子を支え、魔術師団の警護をしていた騎士ががちゃがちゃと飛んできて王子に何か耳打ちした。王子が小声で何か叱りつけている。

 騎士はまたがちゃがちゃ老人たちの方へ戻って行った。すると今度はあちらでも揉めている。騎士がまた鎧をがちゃがちゃ言わせて王子の元へ走る。ご苦労なことだ。


「姫殿下が魔法を封じたので、付与魔法エンチャントが使えないのです」

 付き添ってくれているシーラさんが教えてくれた。

付与魔法エンチャント?」

「一時的に力を強くしたり、素早さをあげたりする魔法です。決闘の前に殿下にかける予定だったのでしょう。そうでなければ、殿下は鎧を着ては動けません」

「じゃ、このままなら勝てそうでしょうか」

 俺がちらりと期待すると、シーラさんは首を振った。

「このままということはないでしょう。ほら」


 シーラさんに促されて見ると、金の騎士が2人がかりで老人を運んでくるところだった。前列の老人は全員運ばれてくるらしい。広場を取り囲んだ人々が、騎士の活躍に歓声をあげる。活躍……なのか?

 金の騎士が金のローブの老人をわっせわっせと次々に運んでくる光景は、祭りの神輿のようで確かにちょっと面白い。俺にとって、笑いごとではないことはわかっているけれど。


 サリーさんの魔法は空間にかけてあるので、直に触れて魔法をかければ何とかなるらしい。王子は老人に取り囲まれた。

 老人たちが歌を歌う。王子はその度に何かの力を得るようだ。よろよろと覚束なかった王子の足取りが確かになり、ひとりでは腕も上げられなかったのが剣を取り、盾を持ち、その盾が光を帯び、剣が輝きを増す。


 人々がザワザワしている。確かに、ちょっとドーピング感の強い光景ではある。当人同士は卑怯は了承済みだから、俺は責めないけれど。

「あれは兄殿下の獅子吼盾ししほえるたてと、宝剣、心斬しんざんです。よく持ち出せたものだ。守りの魔法と速さの魔法がかけられましたね」

 シーラさんの解説が耳に痛い。サリーさんが目つきを悪くしている。

「私だって、薬の準備さえ間に合えば、クロノをドラゴンより強くしてみせるのに」

 魔法で出し抜かれたのが悔しいらしい。


「エリアさん、この辺りに金剛アナバチと大御台おおみだいグモがいそうなところはないかしら。力が増す魔法があるの、今すぐ搾って飲ませれば」

「の、飲ませないで、そんなもの!」

 俺は慌ててサリーさんに呼びかけた。魔女らしい材料ではあるが、そんなことを聞いたらサリーさんの薬が怖くて飲めなくなる。


 王子の魔法のドーピングが終わったようだ。騎士が老人を元の席へ運んでいる。

 やっと普通に動けるようになった王子は、高らかに宣言した。

「皆の者、僕がお前たちの宝、ゴーベイ王子だ!」

 騎士が鎧をがちゃつかせながら全力で拍手する。人々もそれを見て、そんなものかと拍手に混ざった。

「僕の戦う姿を死ぬまでにひと目見たいと願うお前たちの夢は叶ったぞ!僕はこれから、愛のために戦う!僕を愛してやまない姫、セーラレインを悪の手から救うた」


 どがごん。キンキンと早口でしゃべりながら歩いていた王子が突然半分になり、金属のぶつかる鈍い音がした。

 落とし穴に落ちたのだ。そんな視界の悪い兜をかぶって歩くからだ。

 穴の中でじたばたもがきながら王子が叫ぶ。

「貴様、悪のメガネめ!なんて卑怯なんだ!」

「いや、それは……」

 その落とし穴は王子の命令で掘られたものだ。大声で反論しなかった俺は、まだまだ卑怯者になりきれていない。


「責任者出てこい!処刑してやる!母親の首を刎ねさせ、その首を持たせてお前の首を刎ねてやる!」

 場がしんと静まり返った。

 まさかと思ったが、王子は本当に、こんな風に口にした処刑を実行してしまったことがあるのだろうか。背後に控えていた黄土色の小男が、手帳に何やら書き込んでいる。


 それでも俺がありえないだろうと思っていると、少し離れたところで小さな騒ぎがあった。逃げ出した兵士が捕えられたようだ。

「助けてくれ!」

 悲鳴がすぐにくぐもり、消える。まさか、本当にこれを掘っていたあの3人の誰かが捕えられたのか?処刑されるために。

 広場の反対側の方でも同じくらいの騒ぎが起こったが、まさか彼のお母さんじゃないだろうな。


「殿下が覚えていて取り消してくだされば、処刑は中止されます」

「忘れたら……本当にあの人、お母さんを切って、自分も切られるんですか?」

「ええ」

 シーラさんが短く答えた。そんな。


 王子が4人がかりで引っ張られている。落とし穴は俺が見た時より、思ったより深くなっていた。深さ1メートルくらいはありそうで、重い鎧を着た王子を引っ張り上げるのは大変そうだった。

「こんなことで処刑なんて……やめさせることはできないんですか」

 俺はシーラさんに尋ねた。俺より若いくらいの兵士だった。自分の母親を切らせるなんて酷すぎる。シーラさんにとっては部下だった人のはずだ。


「クロノ様。あなたのそのお気持ちはとてもありがたいですが、あなたにはそれよりも優先しなければならないことがあるでしょう」

 シーラさんの声が少し厳しくなった。

 俺ははっとした。そうだ、自分のことも満足にできるかわからないのに、人の心配をしている場合じゃない。


 けれど、そんな処刑なんて。

 どうしても気になってしまい、兵士の声のした方を見てしまう。騒ぎはもうすっかり収まって、名残もない。

 不安に目をさまよわせていると、ふと、サリーさんと目が合った。

 サリーさんは少し微笑んで、うなずいた。

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