第128話 あのね、クロノ

 リックさんに相談するため、席を外していたヨスコさんが戻ってきた。

「リック様が手助けすることはできないそうだ」

 ああ、ダメか。俺とヴィオさんは思わずうつむいた。


「だけど、鍵のついたままの車が1日放置される場所と時間を教えてもらえたよ」

 ヨスコさんがにっこり笑って後出しをする。えっ。それは、つまり。

「車を貸していただけたの?」

「うん。立場がおありだから直接手を貸すことは断られたけれど、車を手配してくださったんだ。経営してる会社の車を、家人の方が指定の場所に置いておいてくださることになった。それを使っていいって」


「やった!すごいわ、ヨッちゃん!」

 ヴィオさんがヨスコさんに飛びつく。

「いい男捕まえたわね!」

「ヴィオったらもう、その言い方!」

 ヨスコさんも負けずにそのヴィオさんを抱え上げて振り回した。きゃあ、ごめんごめん、とヴィオさんが笑いながら悲鳴を上げる。

「ヨッちゃん、ヴィオ」

 手紙を持ったサリーさんも食堂に現れた。みんなの顔を見て、ヨスコさんの交渉の結果を察したようだ。笑顔で駆け寄ってくる。


 3人は抱き合ってはしゃいでいたが、その笑い声はいつしか泣き声になっていた。

 女の子たちは体を寄せ合い、お互いを頼って泣いていた。俺の知らない、彼女たちと時を共に過ごしてきた仲間との別れを、一緒に重ねてきた長い時間と友情の終わりを悲しんで。

 俺は彼女たちを言葉もなく見守った。


 車は城からそれほど遠くない場所に、目立たないように日没後に置かれることになっていた。

 夜通し運転することになるであろう俺とヨスコさんは、もう数時間しかないけれど、時間まで休むことになった。留守番のサリーさんとヴィオさんはまだいろいろすることがあるらしい。申し訳ない気がしたが、事故を起こす訳にもいかないので寝ることにした。


 自室が使えない俺は、ヴィオさんの部屋を借りることになった。落ち着いた色合いの室内は、いいにおいがする。却って落ち着かない。

 ベッドを使っていいと言われていたけれど、中に入るのは気が引けた。自分の毛布を敷いて上に横にならせてもらうだけにしようかな。


 食堂に置きっぱなしの毛布を取りに行くと、ちょうどサリーさんがいた。

「クロノ、眠れないの?」

 引き出しからいくつか文房具を選び出しながら、サリーさんが微笑む。姫ではない、いつものサリーさんの顔だ。ほっとする。俺はこっちの方が好きだ。

「うん、女の人の部屋って緊張する」

 素直に答えるとサリーさんは笑った。


「それなら私の部屋に寝る?私は書類を書くだけだから食堂でも大丈夫だし。またうさぎを貸しましょうか?抱くとよく眠れるよ」

 だからサリーさんも女性だってば。サリーさんは自分も素敵な女性で、男にそんなことを言ったら相手がどう思うかを簡単に忘れてしまう。危なっかしいんだから。

 俺は苦笑して毛布を持ち、その魅力的な提案を断った。サリーさんのベッドで眠るという誘惑にはかなり心を惹かれるけれど、違う意味で眠れなくなりそうだ。


 じゃあ、と軽く声をかけて別れる間際。

「……あのね、クロノ。あの……」

 サリーさんがふと、あふれ出すのを抑えられないかのように俺を呼んだ。

 小さなその声にひそんだいつにない必死さに、俺はサリーさんを見た。


「どうしたの?どうかした?」

 サリーさんははっとしたようにうつむいた。

「あの……ううん、何でもないの」

 うつむいたサリーさんはいつもより小さく頼りなく見えた。

 そうだ、謁見に呼ばれて戻ってきて、廊下の向こうにいた時も何かおかしいと思ったんだ。

「何でもなくないんだろ?どうしたの」

 そっとサリーさんの肩に触れて少し屈み、顔をのぞきこむ。


 サリーさんは俺の視線を避けるようにしていたが、俺が再度問いかけると我慢できないように顔を上げた。

「まだ誰にも言わないで、私……」

 サリーさんの淡い色の瞳が動揺を隠せずに俺を見つめる。怖がっているようにすら見える。俺はひどく嫌な予感がした。

「言わないよ、教えて、どうしたの」

 肩を掴む手に力が入りすぎないように気をつけながら、続きをなかなか言い出さないサリーさんを促す。


 はやる気持ちを抑えて答えを待っていると、サリーさんは震える声でようやく、言った。

「クロノ、私、私……結婚が決まったの。相手はゴーベイ様、式は、再来週。さっき大叔父様に呼ばれたのは、そのことだったの」

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